【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE02:餌を喰らえ、おいしくな(第28部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  10709文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  早朝。  光の代行となっている、天井に設置された発光物が淡く輝きはじめる。  その熱に晒されたのは、一人の少女――レイ。  ううんと寝息を乱し、身動ぎによってはだけた衣服にしわをひとつ増やした。  唐突に、レイの鼻へ食欲をそそる刺激的なにおいが届く。  レイの鼻がくんくんと動き、綺麗に閉じられたまぶたがゆっくりと開かれた。  透き通った蒼い瞳が、寝ぼけ眼ではあるが辺りを見回す。 「ああ、ぴったしだよ。魔法を解いた途端に起きてくれるなんて、主夫としても嬉しくてたまらないな」  レイに屈み、にっこりと微笑むのは一人の青年。  青年の名はエルだと、レイはぽけ〜としつつ考えた。  それが引き金のひとつ。思考回路がゆっくりとエンジン音を鳴らし始め、暖まっていく。 「おはよう――お嬢様」  もうひとつの引き金。  レイは呼ばれなれない呼称に目を瞬かせ、覚醒した。  弾かれるように立ち上がったレイがみたのは、薄汚れていた『はずの』食卓に並べられている料理の数々。  その迫力に思わず唸りをあげ、レイは首をぶんぶんと振った。  屈んでいたエルは、立ち上がりつつ少女の前に歩く。  料理の前で立ち止まると、レイへと振り向いた。 「ちょっと、作りすぎたかな?」  苦笑じみたエルの声。  見てわかるほどの――後悔の念が含まれていた。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜  パスタといくつかの野菜を絡めて作った、水気のない炒め物。  スープに浸したものもある、それをラーメンというなど、エルとの談笑を楽しいながら食卓に並ぶ料理の数々を平らげていくレイ。  最後の一口を食べたのはレイで、一口一口顔を蕩けさせるレイの表情をエルは嬉しそうに見ていた。 「もうお腹いっぱ〜〜〜い♪」 「お粗末さまでした――っと、僕はちょっと出かけるね」  区域にあるただひとつの井戸から引いた冷水。貴重ともいえるその水を節約しながら皿を洗い終えたエルはそう呟く。  レイは首をかしげた。 「もうひとつの使命。《|生命の奇跡(ユグナ)》の調査だよ。 夜には戻れると思うから、また僕が料理を作るね」 「おいしいのは確かなんだけど、働かなくてもいいですよ?」 「働かなかったら、旅の習慣が崩れるからね」  両手を軽く振って水気を取るエル。  レイは人差し指で唇を押さえ、考え込んだ。  感情の波を表すであろう、レイの耳元で浮遊する羽が、曖昧な光を放つ。  元々それ自体が発光しているため、よくよく見なければその照度の変化はわからないだろう。 「……あの、私も連れて行ってくれませんか?」 「え?」  思わず目を丸くして問い返したエル。  レイは和やかに微笑むと、口を開く。 「私、何度か《|生命の奇跡(ユグナ)》の樹門へ行ったことがあります。 そこまでなんですけど……案内は必要ですよね?」 「――でも、危険だよ」  困ったような笑みを浮かべ、制するエル。  レイは意地悪な光を瞳に宿して、顔を近づけた。 「エルさんが守ってくれるから、大丈夫です♪」 「……ははっ」  いきなり笑い出したエル。  その瞳は嬉しそうに細められ、押し殺すように口元を押さえる。  今度はレイが目を丸くする番だった。 「……いや、なんでもない。レイは良い子だな」 「いえいえ、それほどでもないです♪」  そういって頬をほんのり赤くしたレイ。  エルは笑うのをなんとかやめると、レイに微笑む。 「僕が守る。だから、大丈夫――そのとおりだ。いっしょに来てくれるかい?」 「はいッス♪」  レイは小さく敬礼した。  両者はただひたすらに笑みを浮かべ、嬉々とした感情に幸いを得ていたのだった。  黒く変色した『物影』が治める土地を、警戒する様子なく歩く者が一人いた。  その者は紅いマントで全身を覆い隠し、テンポ良く足音が響く。  ビルガァ……ビル………ガァ 「――来たか。結構遅かったな」  マントから覗く紅い瞳が、獣の欲に染まる。  その視線の先には、ひとつの線となった『物影』の群。  その中にはだるまのような巨人型『大罪の物影』が抜け出ていたり、両腕を展開していくつもの銃や砲を突き出させている『大罪の物影』がドシンドシンと足音を響かせていたりする。  その装甲に物理的攻撃は効かない。対『物影』洗浄兵器≪概念≫が生まれたのも、新世界で《|生命の奇跡(ユグナ)》が生まれたのと同時。 「……情報連結」  『物影』を前に屈んだ者が一人。その片手が横へと突き出され、空を掴んだ。  その口元に笑みが浮かぶ。 「――展開構成、座標指定、『地獄喰らい』起動」  片手を包むようにして発火する大多数の概念。  それを燃料にして構築されたのは、腕全体を包み手の甲から刀身を伸ばすキラー。  手に持つのは、横へ伸びる棒。  その全体が赤と黄色で輝いており、猛る炎の灼熱で空気が揺らめいた。 「来い。てめぇらのほしがってる《|正義の印(エムブレム)》はここにある」  そういって親指がつきたたられたのは、紋章が縫われたマントの一部分。  『物影』が殺到した。  だが、そのすべてをなぎ払うようにキラーが振られる。 「≪餌を喰らえ、おいしくな≫」  軌跡を這うようにして概念の残りかすが爆ぜる。  その爆撃は壁となり、『物影』の障害となった。  爆撃に触れた存在は、その部分を掻っ攫われる。  痛みを訴える悲痛の叫びが上がるが、爆撃はさらに膨張した。  消えぬ永久概念。その存在を主に否定されぬ限り貪欲に喰らいつくす攻撃因子。  『物影』は一瞬にして炎の糧となり、『大罪の物影』も満身創痍と化した。  それでも尚欲望の元に罪を重ねようとする『大罪の物影』 「さぁて……そろそろ温まってきたかな」  柄や鍔を腕全体を覆うガントレットとしたキラー。その刀身は燃え盛る炎に熱せられているからか、不自然に歪んで見える。  炎の明かりで埋め尽くされた『大罪の物影』に、赤い光が反射する。 「技構成連撃構成設定開始。浮遊用射出型支援因子不構成状態で噴射開始」  マントが舞い上がった。  地面から噴出した光の風流が、マントごとその持ち主を空へと押し上げる。  噴水のようなと形容できるそれは、勢いをつけて大空へと高く高く立ち昇った。 「≪|瞬殺の罪喰らい(マギル・キルバーン)≫」  宙にて剣先が地面へと向き、キラーが濁流のごとき爆炎を纏って弾け落ちる。  その落下地点にいた『大罪の物影』は不気味な音を響かせ貫かれ、貪欲な炎は八方へと広がりをみせた。  周囲へと波となって押し寄せる炎は獣のごとく巨体なはずの『大罪の物影』を丸呑みにしていく。  『波紋の大洪炎』――ノアの大洪水に真っ向から対抗する火の化身。  その中心で、熱さを訴えることなくマントを着こなしたままの『波紋の大洪炎』創造者は、一言告げる。 「≪食事の時間は終了だ≫」  すべてはまやかしとなった。  幻と変化し、蜃気楼という痕跡となり、無かったこととなる。  荒野の色をさらに濃くした、暗黒の大地でふと深呼吸をする者がいた。  その者は、そこで起こったすべてを知らぬかのように今一度テンポ良い足音を響かせて、『物影』の治める土地を横切り始めた。 「区域としての規模は小さいんだね……」 「狭いなんていっても、人が多くなるから友達もたくさんできていいんですけどね♪」  町という状態を保つ区域の家々をきょろきょろと眺めるエル。  強固に作られた家並みに隙間はなく、冗談を言い合って大笑いし合う者までいる。  平和だった。  外の世界を知っているエルは、その平和に冷ややかな恐怖を感じた。  現実から目を逸らしている――極度の幸福状態からはそう読み取ったエル。  新世界と旧世界は隔てられはしているが、差はない。  まだ旧世界の人間は多く存在し、『物影』に失われた人口は現在の人口を遥かに上回っていた。   新世界の人間増幅が、人類消滅速度に追いつくか――無論。  立ち止まったエルを急かすように振り向いたレイ。エルはレイに視線を向けて歩き始める。 「『|天使巫女(エレクサ)』の仕事とか、大変じゃないか?」 「ん〜、あんまり苦じゃないです。しんどいですけど」  そういって舌を出したレイ。エルはレイを覗き込む。 「疲れてるなら、無理しないほうがいい。今からでももどろうか?」 「大丈夫大丈夫、朝からおいしいものいっぱい食べて、元気ひゃくぱ〜せんとですから♪」  心配そうに見つめるエルに、レイは満面の笑みを返した。  エルの片手を掴み、引っ張るようにして陽気に走り出したレイ。  その先では――区域のどこからでも見ることができる大木が、世界を見下ろしていた。 「世界(・・)は新(・)という衰退(・)の道(・)を進むか」 「え? 何か言いましたか?」  《|生命の奇跡(ユグナ)》の樹元で見上げるエルは小さく何かを呟く。  首を傾げたレイに目を向け、穏やかに微笑んだ。 「この《|生命の奇跡(ユグナ)》は、落ち葉を降らせるたりはしないかい?」 「えっと……いつも若葉ですね、おっきい若葉。降ってくるなんて一度もなかった気がします」 「そうか……正常稼動しているんだね」  門に絡まる幾重もの樹手に触れ、それが干乾びていることに気づく。  門と樹の間には隙間があることを指で感じとり、そこを覗いたエルは――苦渋に顔をしかめた。  腐っていた。  爛れたかのような黒くまがまがしい樹の内部が晒されていた。  まるで、門で覆い隠していたかのように。 「……中を調査するから、行くよ」 「はい♪」  初めて入るからか、表情をときめかせているレイ。  エルは笑みを浮かべながらも、沈み込むような本心が終始漏れ出していた。  緑の葉に囲まれた、儀式場のような広間。  そこは樹の中心部であり、深奥。  祭壇まで続く道は草木が生えながらもしっかりとした段差があり、祭壇の上にある等身大ほどの黒水晶の中では青い光が渦巻いていた。  その揺らめきは人を魅了する黒い欲望の光。  【刻魔】【紅桜】という妖剣と同じ、生きとし生ける存在を生贄とした神器。 「正常稼動、か……波動トーンも一定」  黒水晶に手をかざしたエル。  それを覗き込んでいるレイは、しきりに首をかしげた。 「滞在概念容量確認……過去履歴容量と照合……一致確認。 干渉因子特定暗号再発行……妨害因子多数設置……対妨害因子除去儀式防御膜発行……状況解析によって強度硬化……」  青い光の渦巻きが激しいものになると、ピタリと元の速度へもどった。  エルは長く息を吐いて手を離す。 「仕事のひとつは終わったよ。 あとは『|天使巫女(エレクサ)』――レイの守護だ。【星託の儀式】までのね」 「あの日まで、ずっといっしょにいてくれるんですか?」 「ああ、それが仕事だし――それ以上に、僕は君といるのが楽しいから」  何のためらいなく屈託ない笑みを浮かべたエル。  だが、すぐにその瞳が刃となる。 「……下がって」  レイの前に飛び出し、この儀式場へといける唯一の道を睨んだ。  何かが来る姿もない。それでも、エルは片手を突き出し、紡ぐ。 「攻撃因子【カラミティ・メーカー】因子特性情報登録、具現率100%。座標設定完了。媒体なし」  片手が何かを掴んだ。  掌から溢れるような光が散り、引き出されたのは銃身(バレル)の短い、なめらかな表面を持った深緑の単装銃。  弾は銃自身の因子を増殖させてできる【物体ではない物】 「≪我が手に有れ≫」  安定したその構成物は、すぐにその猛獣を放たされる。  一発一発の合間は大きく、それぞれ色が違うその猛獣は草木の道を駆け抜け―― 「≪餌を喰らえ、おいしくな≫」  膨れ上がる爆炎がすべてを喰らい尽くし、熱い風がエルの髪とマントを揺らした。  その炎は身をくねらせて、持ち主の周りを蠢く。 「誰かと思えば、エルだったか」  赤い瞳がエルを貫く。  穏やかさはないというのに、エルは緊張を解いた。 「……ミーティス」 「『|天使巫女(エレクサ)』がその隣のやつ、か?」  マントを剥いだ炎の主人。  流れるような業火の髪に目を眩まされたエルは小さく目を細めた。 「かったるい。結局どちらが目標なのかわからないか……」 「そっちは何を追ってるんだ?」 「――聞くか?」  不敵な笑みを浮かべるその者――年不相応な性格と口調をした少女。  ルビーのような瞳を見つめていたレイは、小さく呟いた。 「女の……方?」 「そうそう、ミーティスはこれでも女の子。 男っぽい口調だけど、性格は可愛いから、仲良くしてあげてね」 「ッ!?……エルはいつもいつもそうやって――」 「ん、違ったかな?」  穏やかに首を傾げたエルに、ミーティアは言葉をつまらせた。  だが、ミーティアの周りで渦巻く炎に不穏な斑点が疼く。  咄嗟に苦渋の顔をしたミーティアは、真剣な顔つきでエルに向き直った。 「時間がない。ここは後数分で戦場になる」 「――【洗場】ではなく?」 「来るのは【物影】ではない。【神殺し】だ」  エルの眉がピクリと動く。  レイはエルの様子を見て目を瞬かせた。 「【神殺し】……あの集団。まだいたのか」 「お前が前に殲滅したのは中心部。時が経ち、新たなるリーダーが現れたとみるが……ここへ、向かっている」 「ここに? それは的確なのか?」 「ああ。【物影】の量が極端に減っていた。そして――すでにこの中にいる。音もなくな!」  そのとき、炎が大きく唸りをあげる。  広がった炎は三人を守る壁となり、唐突に迫ってきていた【何か】を防いだ。  レイを両腕で抱えたエルは、炎の先を睨み殺そうとするかのように目を細める。  その先にいるのは黒き堕落者。  新世界となることで衰退したというのに、足並みを崩そうとする愚者。  旧世界の余韻を貪り食う、【神と呼べる《|生命の奇跡(ユグナ)》に逆らう者】 「【神殺し】――【旧世界という幻夢の依存者】」  レイは思った。  エルの心は――痛く締め付けられているのではないか、と。  炎の防護盾の向こうに、敵がいる。  私はそっと、手の中にある長爪を握り締めた。  その向こうにいるのは、二人か三人。  我々の動向を知ってここまできている|冒険者(プレイヤー)が一人は確実。  私独りでやれるか――私は陽動。  やらなくていい、ただ手数で圧倒すれば勝機はある。  体中に仕込んだ細工をフル活用すればどんな敵も一瞬の隙を作ることになるだろう。  そしてその瞬間、フルバーストでこの長爪を叩き込めばいい。  炎が急激に収縮していく。  第一劇――先攻をとれば狙える。  あの人に託された陽動任務。なんとしても完遂を―― 「……【神殺し】か」 「ッ!?」  私は愚図だったろうか。  そんなに遅いほうじゃなかった。手で数えられるほどの装備しかしていない上、さらに身軽なほうのはず。  ならなぜ――私の首元には、銃口(マズル)が押し付けられているのか。 「用件はなんだ? 陽動だということはわかっている。あと何人ここに潜伏しているか――十四人だな」 「なぜそれを!?」 「図星か」  ニヤリとした笑いを浮かべられた。  私は長爪を握る手を振り上げる。  だが、長爪は豪快に空を斬った。 「お前は――眠っとけ」  背でカチャリという音が響く。  身体を雷光が走り、視界が一瞬にしてブラックアウト……  消える。消える消える。消える消える消える。消える消える消える消える。  誰か……助け――  一人の【神殺し】と呼ばれる黒装束の者をぶち抜いた銃【カラミティ・メーカー】が、己の頭上へと向く。  ほとんど同時に頭上を覆う緑の根が粉々に砕け、両手に長槍を構えた男が弾丸のごとく飛来する。  薄い水色のかかった髪を揺らし、狩人の瞳をしたその者――髪と同じ色をした槍の柄を、カラミティ・メーカーの銃身(バレル)が押さえる。  押し合いを続け、互いが互いの瞳を睨んだ。 「【神の代行者】――エルレイド」 「【絶望の散乱者】――アウル」  槍が舞を踊る。  斬撃ひとつひとつに圧倒されながらも、エルは的確に銃身(バレル)で防ぎ続けていた。  ――いや。  エルは防ぐことしかできず、アウルの斬撃に射線を逸らされ続けている。 「【神殺し】がいったいなぜここに――」 「答える必要は……」  アウルが跳びあがる。  それを追うようにして振りあげられた槍が、エルを一歩退かせた。  無防備になった懐へと、渾身の一撃が叩き込まれる。 「ねぇよなぁ!!」  一閃。  槍の大まかな構成である、柄と刃。  その狭間となる部分を掴み取ったエルに、渾身の一撃は狭まれた。  驚愕に目を見開くアウルの額に、【カラミティ・メーカー】の銃口(マズル)が押し当てられる。  小さな舌打ちがもれると、アウルの胴体から青白い光が噴出してエルを包み込んだ。  その勢いで、アウルとエルの間には人二人分ほどの距離が空く。  エルは動じることなくアウルへ銃口(マズル)を固定していた。 「確かに強い……『|無限正義(インフィニットジャスティス)』も伊達じゃない、ということか」  容姿は良い。  おどけた風に口元を歪め、まるでゲーム盤をみるかのように心躍らせる【神殺し】の【絶望の散乱者】――アウル。 「狙いはなんだ? ≪|正義の印(エムブレム)≫なのか?」 「――貴様ら下等な存在は、間違った真実を得ることが得意のようだなぁ!」  叫んだアウルの頭上。  炎の龍を、柄と鍔を腕全体を覆うガントレットにしたキラーという武器に纏わせ、流星のように落ちてくる――ミーティア。 「≪|瞬殺の罪喰らい(マギル・キルバーン)≫」 「この状況で――同じ|冒険者(プレイヤー)を殺すつもりか!?」  叫び、もう一度青白い光を噴出して強引移動したアウル。  大洪炎の余波を受け、小さくうめき声をあげた。  炎によってできた傷痕の中心にいる、ミーティア。  紅く流れる髪が火の粉を巻き――その姿はまるで炎の女神。 「……【神の代行者】を負傷させる貴様の大胆極まりない行動、醜いとしかいえないな」  槍の先をミーティアに向け、そう吐き捨てた。  だが、ミーティアは不敵な笑みを返す。 「――物事はしっかりとみたほうがいいぜ【神殺し】」  ミーティアの男言葉には、勝利を確信したかのような余裕がみられた。  まだ大洪炎によって巻き上げられた煙に包まれている場所があり、炎は燃え移る暇無くミーティアの元へ戻っている。  その煙を突き破るようにして、三つの猟犬が牙を剥いた。  アウルは目を丸くして後ろへと下がろうとする。  一つ目がアウルの槍に防がれ、二つ目が槍に噛み付き、最後の一匹がアウルの心臓へと伸びる。 「クッ!!」  アウルの着込んだ黒スーツからまた青白い光が噴出して、猟犬から弾かれるようにして離れた。  猟犬は地面に小さな穴を開ける。  樹の中だというのに燃え広がったりしない、それ以上に穴が大きくならないのは、樹に詰まる旧世界の動力――魔力が豊富にあるからだ。  それが表面を守るかのようになっているため、破壊は最小限に抑えられる。 「まさか……ッ!? エルレイド、貴様は何なんだ!?」  煙から出てきたのは、無傷のエル。  服に汚れすらなく、概念使用をした後の疲労状態ですらない。  元々、|冒険者(プレイヤー)は概念行使者。疲れなどあってはいけないのだが。 「アウル――退いてくれ。僕の守るもののために」  一筋の煙を上げる【カラミティ・メーカー】が、アウルを今度こそ追い詰めた。  苦渋の表情をしたアウル。 「さあ、答えてもらおう――なぜ≪|正義の印(エムブレム)≫を狙う」 「『物影』も≪|正義の印(エムブレム)≫に宿る防護概念に引き寄せられる性質がある。 てめぇもそれを狙ってるのか? ……いや、【神殺し】程度であっても、概念混入物に困るなんてあるはずないよな」 「ミーティス、口調」 「それがどうした、エル」  小さく苦笑いを浮かべたエル。  アウルはニヤリと嘲笑った。  そして、口を開く。 「『すべては整った』」  そのとき、闇の光が発せられる。  黒水晶を中心にするように、黒水晶から一定の距離を置いた光が五つ。  それは、瞬く間に膨張すると、音も無く消え去った。  別の存在を生み落として―― 「黒の魔道士部隊最新鋭――そいつらのための陽動なんだよ、全部な!」  濃い青のマント、紅色に輝く宝石のついた長杖――顔はマントですっぽりと隠されている。  アウルの開けた、樹の再生で少しずつ小さくなっていく穴から、数十人の【神殺し】が降りてきた。  そのどれもが、先ほどエルが撃った【神殺し】と同じピッチリとした黒装束の黒剣士。 「目的を教えてやろう」  辺りに目を走らせたエルに、そう声がかかった。  声の主、アウルはニヤリと笑う。 「《|生命の奇跡(ユグナ)》に眠る旧世界の――【勇者の力】と【魔王の力】を纏めた【五体】のひとつを、頂く」 「……だから【神殺し】か、くそったれどもが」 「ミーティス、口調」  呆れたように言ったエルは、アウルへクスリと微笑む。  まるで、愚かなる存在を蔑むかのようなその瞳に――アウルは牙を剥いた。  横へと薙がれた槍はエルの手に鷲掴みされ、アウルの片腕に銃口(マズル)が押し付けられる。  猟犬が放たれた。  燃え盛る炎がアウルの片腕を火達磨にする。  全員が行動を起こした。  黒魔道士はぶつぶつと詠唱を始め、黒剣士はミーティスとエルへ長爪を振るう。  長爪は数本の刃を並列にして作られているため、ほとんど剣に近い。 「情報結合構成解除及び乱活動膨張発光。収納因子【刻魔】【紅桜】顕現開始。対抑制因子破壊因子注入。完全究極顕現同化開始。世界概念破壊率測定」  ミーティスはキラーを振るう。  ミーティスとエルを守るように広がった炎は増殖をはじめ、黒剣士を火達磨にしていく。  その間に何事かを呟くエルを妨害せんとするアウル。  厳しい目つきをしたアウルを軽くあしらうエルは、光輝き始めた【カラミティ・メーカー】をアウルの顔面へ叩き付けた。  【カラミティ・メーカー】が破裂し、アウルの顔面をじりじりと焼く。 「≪我が手に有れ≫」  エルの、空いた両手が突き出される。  次の瞬間――エルは覇者となった。  黒剣士の間間を縫って進み、一撃の元に切り伏せる。  ギラリと輝いた瞳に呼応するかのように、神魔剛剣の双に光が帯びた。 「《慈悲無き罪殺し(マギル・ブレイヴ)》」  エルは腰を捻り、渾身の一撃を振り切る。  斬撃に沿った極太の因子爆発が、光速で駆け巡った。  極少数の因子によってできた集束体、構成する極少数因子がぶつかりあいをはじめ、プラスマイナスゼロになる。  その衝撃が光となり、一瞬の光も無数となって光の刀身ほどのものになる――それが、因子行使による防御や速度を無効化するほどの大技なのだ。  それが斬撃によってできた残痕に沿い、放たれる。  一瞬にして黒剣士のすべては地へと倒れた。 「ククク……すべて遅い!」  黒剣士とともに倒れたアウルは身を震わせながらも勝ち誇ったように笑みを浮かべる。  構成された術式が――展開した。  黒魔道士の足元を繋ぐ円、円内に線が広がり、円の中に星をいれた紋章が刻まれる。  その紋章は紫色に妖しく輝き、黒水晶を崇めた。 「封印が……紐解かれる」  アウルの蕩けた声。  黒魔道士が一人、また一人と黒煙となって消え、最終的には全部が消えた。  紋章の輝きが増し、空間が振動する。  空間に伸ばされた、特定行動信号を起こす構成概念――俗にいうウイルスが、黒水晶というファイアウォールへ入り込んだ。  その中で渦巻く青い光への干渉、その阻止。二つの流派の衝突が行われ、その余波ともいうべきものが空間を震わせているのだ。 「……アウル、ひとつ聞いて良いかい?」  穏やかに話しかけたエル。  アウルは満足げな表情でエルをみた。 「もし封印を解いたとして、それで開放された情報はどこに行くんだい? まさか保留しているのを回収するんじゃないだろう?」 「当たり前だ。そんなだるいことはしない。 この紋章は二種類あってな。封印解除と、ある特別信号の元へ転送する概念とが組み合わされている。 止めることはできないさ。信号解読をしない限りはな」 「へぇ〜……ってことは、やっぱり『|天使巫女(エレクサ)』の能力を知らないんだな」 「………………何?」 「よく見てろ」  ミーティスの言葉に押し黙る。  紋章の中心、黒水晶から何かが飛び出した。  それは地へと零れ落ちる砂。  ただの砂ではなく、現実のものではありえないみどりみのあおをしている。  零れ落ちても零れ落ちても、なくならない砂。  紋章が光り輝き、端々から消え始めた。  まるで切り取られていくかのような削除――アウルが目の前に訪れた勝利に惜しみなく口元を歪める。 「『|天使巫女(エレクサ)』の能力――それは、超拡張型情報収納スペースを持つことと、儀式を速やかに終えるために【優先】されるという力がある」 「【優先】……?」 「来たぞ」  ミーティスのほくそ笑み。  紋章が消えていく中、砂は不自然に動き始めた。  黒水晶へともどっていくかのような下降。  そしてすぐに、砂の移動経路には黒水晶ではなく――少女がいることがわかった。  少女は、『|天使巫女(エレクサ)』という命を得てこの世に生まれた超人、レイシア。  そして、アウル――【神殺し】にとって予想外のことが起きた。 「アアア……」  少女の胸へと突き刺さった砂は、小さな波紋を少女の身体へと走らせる。  そのまま溶けていくかのように混ざり合い、少女の絶叫が響き渡った。 「アアアァアアアァァァアアアアアアアァァアアアアアアアアアアア!!」  気が狂ったかのような叫び。  三人がそれを見つめ、一人が目を丸くし、二人が無関心な瞳をしていた。  ――その悲劇は即座に終わる。  砂という存在が消え、少女は力尽きたかのように地面へと落ちようとする。  それを抱え上げたのは、【刻魔】【紅桜】を脇の床へと突き刺したエル。 「一体何が……転移失敗だと? そんなことがありえるはずがない……【神殺し】の長『帝王』様が構成なされた術式だというのに!?」 「『|天使巫女(エレクサ)』の天性には勝てないってことだね」  少女、レイの身体が光に包まれた。  エルの手から離れたレイは、瞬く光の連鎖を起こす。  レイという存在概念が改変されていき、淡い光からは白く輝かしい清らかな翼と、黒く禍々しい絶えることなき汚濁の翼がその巨体を広げる。  そして、少女レイシアという姿へと――戻った。  ゆっくりと地面へと下降し、待ち構えていたエルへと抱きかかえられる。 「――神託された」  エルの呟きに、アウルが苦渋の表情を浮かべた。  だが、何事かを叫ぶ前に、アウルの首元へミーティスのキラーが押し付けられる。 「………………今回は見逃してやる。次はないと思え」  最後の言葉。  アウルはスーツの関節部から電撃を帯びたナイフを飛び出させると、ミーティスのキラーを退かせた。  その一瞬の隙で、スーツの噴出した青白い光の強引移動がなされる。  人三人分距離が置かれると、アウルは一目散に去っていった。 「追わなくて良いよ、ミーティス」 「……だからてめぇは爪が甘い」 「いいんだよ、この事態は予想してたからね」  アウルの消えた先を睨んでいたミーティスはハッとエルへと視線を向ける。  エルは動じずに、穏やかな笑みを浮かべ、レイの穏やかな寝顔を見つめていた。  ――時の旋律は――  ――今一度奏でられ始めた――