【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE03:この世界の――旧世界に変わる新たな摂理が、君の中には宿っているんだ(第29部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  6643文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  私は選ばれた人間。  それ以上に私は私。  私には光が宿った。  私には闇が宿った。  それを見ている自分が私で、それ以外は自分じゃない。  なら――自分じゃないものは、私じゃないんですか?  新世界において、人が生きることの許された樹の下。  樹の深奥、神に接触する禁断の聖域。  その聖域を、三人の者が侵犯していた。 「≪食事の時間は終了だ≫」  そう呟いた一人は紅色のマントを着込み、灼熱の炎を思わせる髪を揺らせ、人の心を燃やし尽くす炎獄の瞳を鋭く細めている。名をミーティスという。  その視線の行先――鼠色のマントガッポリと被り、鳶色の瞳を穏やかに揺らしていた。名をエルレイドという。  その者の瞳は、抱きかかえている少女を見下ろしている。  金色の髪をふんわりとウェーブさせ、きらきらと光っているようにも思える。  閉じられた目蓋の中では、無邪気で透き通った蒼い瞳が揺れているだろう。少女の名を、レイシアという。 「どういう、ことだ」  ミーティスがエルレイドを睨む。  エルレイドはレイシアから視線をはずすと、クスリと微笑んだ。 「どういうことでもないよ、元々【神託】はあったことだ。 それが少し早まって、強制開放だっただけ」 「……【神殺し】の動向を、お前はしっていたのか?」 「うん。だって僕は――『|無限の正義(インフィニットジャスティス)』だからね。彼の直属だよ」 「………………彼の存在を、知っているのか? すべてが空虚で、嘘という真実の顔をもって我々を指揮しているシークレット。|冒険団総団長(ギルドマスター)である彼のことを!? ≪救会≫の私が知らなくて、≪救会≫のお前が知っている――それほどまでにてめぇの≪|正義の印(エムブレム)≫は特別なのかよ!?」  男口調でエルレイドへと掴みかかろうとするミーティス。  エルレイドは穏やかに笑い続けながらも、レイシアを庇うように抱きしめる力を増した。  その行動に気づいたミーティスは、唐突に足を止めた。  ミーティスの眼光を笑みを崩さずに受け止めるエルレイド。 「てめぇは……なんでそこまで強い」 「――僕は強くないよ。僕の存在意義から見れば、ね」  エルレイドの手が動く。  その手を視線で追ったミーティスは、同時に動き出していエルレイドの足に気づかず。  バランスを崩されると同時に、エルレイドの片手に抱きとめられた。 「さあ、帰るよ。旅支度をしないとね」  ミーティスに有無をいわさず、黒水晶の御前から去っていったのだった。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜 「ん……」  本日二度目の眠りについているレイ。  レイの耳元にある、光を失っている灰色の羽は、物体をすり抜けてまでしてレイの耳元に浮いていた  小さく身じろいだ後、光を失っていた羽がポッと輝きだした。  同時に飛び上がるようにして上半身を上げる。 「ほえ……」  寝ぼけ眼で辺りを見回したレイは、物ひとつない少し傷み始めた木の床を見つめてヒョコンと飛び起きた。 「やっと起きたか、『|天使巫女(エレクサ)』の少女」  起きたばかりの思考回路で眠るまでの経路を考えていたレイに声をかけた、ミーティス。  ミーティスは開け放された扉に片手を置き、壁に背を当てていた。 「旅支度を整えてくれ。この区域が大事だったらな」  エルはあんなにも穏やかなのに、女性であるはずのこの人はなんでこうも男口調なのかなー……などとレイは考えていた。  ミーティスの鋭い視線を和らげようとするかのように、穏やかな笑みを浮かべたエルが現れた。 「レイ、良く眠れたかい? できれば今すぐに出発したいんだけど……説明は、いるよね」 「えっと――はい。おねがいします」  身を縮ませたレイが、まっすぐとエルを見つめる。  レイは感じていた。自分という存在の『改変』を。  自分というもののなかにある『異質』を。  エルがその答えを紡ぐと知っていて、レイはエルの唇が動くのを待っている。  エルの唇が動いた。 「この世界の――旧世界に変わる新たな摂理(プロヴィデンス)が、君の中には宿っているんだ」  新世界は概念という因子を元に攻撃、防御、援護という戦闘が成り立っている。  それというのも魔物に変わる魔の存在、旧世界の崩壊を生んだ人間の罪が誕生させた『物影』は、外殻が硬化しすぎているからだ。  旧世界の産物はほとんど効果をなさず、急激な衰退という絶望の中で生まれたのが――《|生命の奇跡(ユグナ)》  その周囲なら作物が、草が育つという事実を、瀬戸際にて得た人間は、さらに『旧世界の英雄』から『新世界の常識』を手に入れた。  それが概念。  死という概念、生という概念。それだけとはいえないが、旧世界では到底考えられない真理。  死という概念を攻撃因子とし、『物影』に接触させる――討伐方法が作られた瞬間だ。  野放しにされていた《|生命の奇跡(ユグナ)》を争奪した人間は、その元でなら食物が育つことを知る。  そして作られたのが区域。  『旧世界の英雄』が治める三つの小規模区域。そして、新世界で唯一『国』となりつつある大規模区域 小規模区域には《|生命の奇跡(ユグナ)》がひとつずつある。  大規模区域【旗艦】には《|生命の奇跡(ユグナ)》がふたつ存在していた。  【旗艦】が区民を守るために作った戦闘組織が『|冒険団(ギルド)』  『冒険団』を構成している『冒険者(プレイヤー)』の仕事のほとんどが、『物影』だ。  『物影』は旧世界の力に惹かれる性質をもつ。。  そして作られたのが旧世界の動力――魔力――を保留させた『|正義の印(エムブレム)』  『正義の印』と同等の波長を持った、旧世界の摂理そのもの――それが、『|天使巫女(エレクサ)』によって運ばれる『五体』  『五体』には【勇者と魔王】という機能を作る多大な力が含まれ、在るだけで『物影』の餌となる。  呪いの道具でしかないのだが、《|生命の奇跡(ユグナ)》という存在そのものを創る『五体』がなければ食物は育たない。  《|生命の奇跡(ユグナ)》が壊れることはないが、その恩恵を受ける人々すべてが安全というわけにはいかなかった。  《|生命の奇跡(ユグナ)》の聖域が狭すぎるという事実を皆が知ったが故に、『冒険者』が存在する。 「『|天使巫女(エレクサ)』の仕事は、『五体』を内に秘めて運ぶこと。 その名のとおりレイの中にあるのはそのうちのひとつなんだけどね」 「……これのために、私は区域から隔離されてたんですよね」  胸に手を当てたレイ。  影が差した表情、目は伏せられている。  『|天使巫女(エレクサ)』として区域すべてを回ることを余儀なくされたレイは、一定の年を境にひとつの家を与えられた。  不幸を呼ぶ体質――それが周囲からの目であったからこその待遇だろうが。 「レイ。君は天性でこんな運命を託された。 『五体』の強い旧世界の匂いが、『物影』を引き寄せる。 だから、僕たちは|冒険者(プレイヤー)として君を守る。 君はどうしたい?」 「……私は………………」  羽の光が弱まる。  だが、すぐに強く繊細な輝きを取り戻し、レイが顔を上げた。  まっすぐと向けられた蒼い瞳が、鳶色の瞳であるエルを見つめる。 「この区域でお友達はいないし、良い思い出もない……けど、ここのパンはおいしいんです。とっても、おいしいんです。 だから――私はここを出て行きます」 「………………『武装屋』と『パン屋』の顔を持つマリオルさん、か」  呟いたエルは、朝に食べたパンの味を思い出していた。  レイは身を乗り出して、言う。 「お願いします! 私に何ができるのか――あのパンを食べるために、あのパンを食べる人のために、何ができるのか。教えてください」 「……わかった」  エルはレイの手を握り締め、笑顔を浮かべる。 「レイが望むなら、僕は君に全てを教えるし、君の意志を通すための――剣にもなろう」 「ありがとう、エル♪」  レイはにっこりと微笑み返した。  薄汚れた宿。  木に腐った箇所はないが、所々補強がなされた、光の足りないその場所で。  一際赤く輝くところにマリオルはいた。   マリオルは鍛冶をしていた。  金属の輪を鉄の杭で叩き、薄く強度にしていく。  最後の仕上げというように、輪の一部へと埋め込まれた新緑の宝石。  その光が輪全体に広がると、輪はチャクラムとして開花した。  そのチャクラムは【エンジェルハロゥ】と言われる金色の装飾がなされた輪。 「さすがですね、マリオルさん」  マリオルは顔をあげた。  伸びきった黒髪が目元を隠すのも気にせず、音源を見つめる。  鳶色の瞳が穏やかに微笑んでいる青年――エル。  その隣では、マリオルの作るパンを毎日といっていいほど購入する常連者、『|天使巫女(エレクサ)』のレイがいた。 「レイ、ちょうど出来たところだよ」  立ち上がったマリオルが、キョトンとするレイへと【エンジェルハロゥ】を渡す。  その外側を指でなぞったレイ。刃があるというのに、レイの指は切れていなかった。 「君を守る力だ。何かあったときは、邪なる存在から君を守ってくれる」 「マリオルさん………………ありがとうございます」  律儀にお辞儀をしたレイ。  その横で無愛想にしているミーティスには目も暮れず、エルへと視線を動かした。 「レイは死んではいけない存在だと、思いませんか? レイの旅の理由がなんなのか、私は知っています。 レイは世界を見てきました。真実の、荒れ果てた世界を。 彼女はそんな場所にいてはいけない存在だと思います。 彼女は、新世界の希望となってくれるでしょう。 だから――エルレイドさん。あなたにすべてを託したい」 「【カラミティ・メーカー】の御代ってことでいいですか?」  エルの言葉に笑みを浮かべたマリオル。  レイに背負われた小さなバックをみて悲しく目を細めながらも、レイへと笑顔を向けた。 「帰ってきたら、新作パンを食べさせてあげますよ」 「なら、絶対に帰ってこなくちゃですね」  レイの両手に握られた【エンジェルハロゥ】を一瞥し、名残惜しそうにしながらもレイから目を離したマリオル。  カン、カンという音が響き始め、エルがレイに目を向ける。 「……行こうか」 「……はい」  胸に両手を当て目を閉じると、小さく頷いた。  『旗艦』  国という形態を持ち、『物影』から奪われたもの全てを取り戻そうという思念のもとに、《|生命の奇跡(ユグナ)》二つを持つ大規模区域と同じ名をもった組織。  それを知っている者は、それに属している者のみ。 「《|生命の奇跡(ユグナ)》は滅ばない存在」  【五体】のすべては『|天使巫女(エレクサ)』の下に終結される。ひとつでも足りなければ【術式再構成】は不可能となり、《|生命の奇跡(ユグナ)》は滅ぶ。  安定しているようで、不安定な希望。それにすがっていながらも、それの裏に当たる恐怖を忌み嫌って異端する人という存在。 「汚らわしい――『物影』に世界を明け渡すべきなのだと、思わないか?」  エル、ミーティス、レイの去ったマリオルの宿。  床を踏み鳴らすことなくマリオルの背後に立つのは、濃い青のショートヘアをした中年の男。  丸眼鏡が赤い光を反射して、妖しく輝いている。 「……『狂者』が哲学論を言うか」 「そういうわけではない。ただ、『私と彼は同一』『私は新世界の悪』なのだからな」 「『彼は新世界の光』だと思うが、対立するつもりか?」 「元からそのとおりだ。『親の元を離れた小鳥に構うつもりはない』」  中年男の容姿が変わった。  成形されたのは、漆黒の髪をした少年。  不敵な笑いは年不相応――マリオルは眉を顰めた。 「あいつの『|冒険団(ギルド)』とやらは、【神殺し】の『帝王』である俺にまでたどり着いてはいない。 一度も姿を現していないであろう 容姿を変化させているのだから当然だろうが――『エルレイド』もそうだ」 「……彼が、君の『人格者』基か」 「ギャップがあるだろう? 私ですら目を見張った。大人になったのだろうが――少し平和ボケしたらしい」  少年はマリオルの手から、赤く燃え盛る鋼鉄を奪い去った。  片手で鷲掴みにしたまま、その煌きに見惚れている。 「マリオルよ。愚かな茶番を望む者よ。こちら側へ来い。そして――『アレ』を完成させろ。『姫』を屈服させるのはその後だ」 「……ふむ」  マリオルは目を閉じた。  己の中の何かと決別し、心の中にいるレイへと別れを告げる。  約束は果たせないと――  廃墟を歩く三人。  エル、レイ、ミーティス。  エルははしゃぎまわるレイを穏やかに抑制し、ミーティスは無言でつまらなそうに歩いている。 「俺はなんでこんなことを……」 「ミーティス、せめて『私』にしようよ」 「………………細かい、エル」  お互い顔を向けることなく言葉を交わすミーティスとエル。  ラフにだらけ、容姿からは想像もつかない性格をしているミーティス。  雰囲気は穏やかというより、無礼講という感じ――レイはミーティスを見つめて思った。  レイの視線に気づいたミーティスは、にっこりと微笑んだ。  小さく手を振っていたりするミーティス。掴みにくいと思いつつもレイは手を振りかえした。  エルのような穏やかさがあって、しゃべりやすさがあって、でもしっかりと物事をみていて、自己をしっかり出していて。  何より、かっこいい――レイは思った。 「俺としては、【大光使セレスティア】【生贄天使フレイア】のほうを先に回ったほうが良いと思う。 【旗艦】があるほうは厄介だからなぁ」 「ミーティスはただかったるいだけだろうけどね」  レイはおもむろに口を挟んだ。 「その方も【英雄】さんなんですか?」  その問いに答えたのはミーティス。 「小規模区域、大規模区域。《|生命の奇跡(ユグナ)》の 指定だけでいえば四つに分かれるんだけど……今言ったふたつの小規模区域だけは結託してるんだ。 姉妹らしいけど、実質的には新世界は三つに分かれてることになる」 「《|生命の奇跡(ユグナ)》は【五体】が入ってて、五つしかないんですか?」 「だから、旧世界と比べるとすごい衰退なんだよ」  最後をエルが言い、レイを覗き込んだ。  新世界で生まれたレイにとって、どれくらいの衰退かはわからない。  それでも、人がいる世界が三つしかなくて、それ以外が廃墟だということはレイにとって驚愕の事実だった。  レイの瞳は僅かにだが動揺で揺れている。  エルが思うのは――出会った時のこと。 『……こんなにも、『世界の罪』が存在していたなんて』  そう思う人間はたくさんいる。  藁にすがっていたいのだ。幸せな幻にすがっていたいのだ。度が過ぎれば【神殺し】普通であっても旧世界の幻を噛み締める者は多い。  もう二度ともどってこないというのに――目の前の危機を忘れることが、そんなにも大事なことか。  思うエルの表情に影が差す。 「あ……えっと、私なら大丈夫ですよ?」  エルの不安を取り除くかのように言ったレイ。 「確かに、『物影』さんは予想よりも遥かに多いみたいですけど、私が私じゃなくなるわけじゃなくて、この世界が好きってことも変わらなくて、ですから、ついてくのをやめるってことはないです、はい」  にっこりと微笑んだレイ。  エルは鳶色の瞳を揺らめかせた。  ――だが、すぐにその表情は引き締められる。 「数は……50くらいか」  レイとエルの前へとび出したミーティス。  遥か先、まだ何者も現れていない虚空を睨み、エルへと告げた。  エルの着ている鼠色のマントへ隠されたレイ。  無音――  そして訪れる、殺戮劇(グランギニュール)。  現れた鉄の使徒。三人を包囲する漆黒。 「……『大罪の物影』もいるな。いや、いないほうがおかしいくらいか」 「そういう暇があるんなら、俺は動かなくていいか?」 「いえ、手伝ってください」 「仕方ないな」  笑みを漏らしたミーティスに、痺れを切らした『物影』がとび出した。  一閃。 「≪餌を喰らえ、おいしくな≫」  片腕が炎に包まれたミーティスは、迫ってきた『物影』を豪快に打った。  炎が侵食し、『物影』を喰らっていく中――戦闘が始める。  猛獣のような叫びをあげる『物影』と、それに目も暮れない『大罪の物影』が、包囲網を縮める。  レイを引き入れたマントを脱ぎ、両手を突き出したエル。  増殖した炎で乱れた『物影』もいる中、牙の矛先がエルへと向く。  一体の『物影』がエルへと飛び掛り、足関節のひとつから鋭利に反った刃を抜刀した。  エルの呟きが響く。 「≪我が手に有れ≫」  世界具現率100%。具現範囲標準設定。破壊対象負概念保留無機物。空間制御壁展開。  構成情報烈火爆炎。活動習性共通化。形態設定開始。形態破損後追尾機能付攻撃因子発散設定付属。  攻撃因子特性【内破壊】浸透速度並行世界移動速度指定。顕現実行。  そして。  世界に。  ――裁きの光が降り注いだ。