【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE3:初めての試練とともに(第3部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  13405文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE3:初めての試練とともに  キィン、キィン、キィン――  剣と剣がぶつかり合う音が響く。  俺の剣は奴の剣を横面から叩き、狙いをそらさせる。  奴の剣は俺の足元を通り過ぎる。  俺の剣の柄と、奴の剣の柄がぶつかり合い、がりがりと押し引きする。  奴の赤い仮面に包まれた顔が俺に近づく。  二人の戦場の周りを覆う、崖の向こう側で二人の少女が俺を見つめている。  俺は奴から距離をおくと、黒光りする両手剣を構え直す。  奴も俺と同様に、炎のごとく輝く片手剣を縦に構えた。  奴の姿は赤一色。紋章のように黄色い線が入っている 『試練ヲ受ケシ者ヨ、汝ノ全力ヲ見セヨ』  何度か聞いた奴の言葉、俺を焦らせる。  崖は徐々に広がって、俺たちの戦場を縮めている。  崖のしたには煮え立つ溶岩が、気泡をだしている。  俺は顔にしみ出す汗を軽く拭うと、もう一度剣を振りかざした。  ――初めての試練、それは俺に、戦いの恐怖を、勇者の苦渋を、死の存在を教えるものだった――  奴の剣が俺の腹部を斬り裂く。血が吹き出る。勇者の魔法が発動しない。  試練では勇者の力を自らで引き出さなければいけない――予想以上に負担がかかった。  そしてもうひとつ、はっきりとわかる俺と奴の実力差。  俺が一度の行動を起こす度、奴は二度の行動を起こす。  どれだけ考察しても、突破策が生まれない。  俺は両手剣を地面に突き刺し、奴の剣をどうにか押さえきる。  だが、奴はすぐに回転すると、俺の腹部を深く斬り裂いた。  剣が俺の手から離れ、体がゆらゆらと後ろ向きに歩み出す。  待つのは崖、溶岩、炎の精霊。  やつは剣を構え、俺の心臓を一突きしようとする。  二人の少女は魔力を解放し、飛び上がる。  彼女たちは間にあわない、結末は――死――  物語の結末。早すぎた結末。魔王に会ってすらいなかった。いや、戦ってすらいなかった。  ――そのとき、俺の心が反転する。  コインが表から裏に変わるように、徐々にではなく一瞬で切り替わる。 【俺】という存在へと…… 『クライマックスだ――壊されてぇなら、こいよ』  白い世界。創始されぬ世界。なにも生まれない、他世界からの旅人を受け入れる世界。  その世界はどんな人間にも存在する、【自分】というもの。  そのなかには三人の人格が佇んでいた。  一人は【勇者】と呼ばれ、世界を救った者。今は新たな勇者を精神面でサポトする存在。  だが、彼にはただ観ることしかできない、言葉を木霊させることしかできない。 なぜなら、彼にはそのような【設定】しか施されていないのだから。  無限のダ・カーポ。その真理を知ったのだから、このような縛りを【三流野郎】に付けられた。  その真理を伝えることもできず、ただ何度と繰り返されるシナリオを観るしかない存在。  何回目かの今、彼は一つの賭にでた。  どちらに転んでもこのシナリオからは抜け出せる。だが、あの人がこの程度しか考えていないとは思えなかった。  だが今はこのシナリオを終わらせるしかない――そう考えた彼は、黒い影の人格と白い影の人格が入れ替わるのを見届けた。  ――それは多重人格。【調律者】と【狂者】と【主】という多重人格者の基礎とでもいうべきもの。  このリュークスもそれに属するが、かなり異質なものになる。  人格ごとに、実力や使用可能な魔法、使用可能な技が変わるのだ。  肉体がほとんど意味を持たず、ただ三つの魂を受ける器にしかなっていない。  そして、その肉体すらも人格ごとに変異する。  ――おまえは眠ってろよ――  黒い影がニヤリと笑う。  そして始まる……残酷でいて華麗な、ショータイムが……  【俺】の剣がやつの剣を弾く。  それも一度ではなく五度、やつの剣が崖の下に振り落とされる。  斬撃がやつの真っ赤な鎧に傷跡をつける。それだけでは終わらない。 「弱いぜ、もっと抵抗してこいよ!」  両手剣を片手に持ちかえ、振り下ろす。  やつは縦にまっすぐの亀裂をつけ、吹っ飛ばされる。  【俺】は一歩踏みだし、やつに追いつくと、もう一度剣で吹き飛ばし、また【俺】はやつに追いつく。  やつに回る亀裂は全身に回り、抵抗もなく崖の下へ落ちようとする。 「くたばらせると思うか?」  【俺】はやつの頭を掴むと、上空に投げた。 俺も跳び上がると、奴の上に剣を押しあて、地面にたたきつけるように振り下ろした。 「『カロンクラッシャ』砕け散っちまえよ!」  奴は地面にブチ当たり、クレタを作り上げる。  クレタの衝撃により、少なかった地面がまっぷたつに割れ、やつが溶岩の海に投げ飛ばされ、音もなく消える。 「【主】は俺を生み出しておきながら、押さえ込みたいみたいだぜ。無理だってわかってるのによ!」  負の力が【俺】を味方する。すべてを壊せといってくる。  剣を振りあげたが、そこで動きは止まる。体が負の力を拒絶し始める。負の力を失った肉体は重力に従う。 「もう終わりかよ、身勝手な奴だよなぁ! まあいいさ、いつか俺がこの肉体を――」  ――コインは反転する―― 「今のは・・・・」 「そんなことよりも、弟君の救助を!」  私は弟君の体が地面に叩きつけられないようにするため、脇に手をいれ支える。  船の戦闘時にもしたけど、今日は恐れと疑念が多い。  ――弟君がピンチになったとき、なにがあったのか。  ――それと同時に、体が負の力を纏い始めたのはなぜなのか。  ――そして、いきなり気を失ったのは、負の力が消えたのはなぜなのか。  すべてを弟君は知っているかもしれないし、知らないかもしれない。謎につつまれる。  私の知っている情報から仮定は作れるけど、できたら真実であってほしくない。  ――私がつらいだけじゃなくて、弟君にもつらいことがあったんだよね――  私はそっと、弟君の頭を包み込んだ。  赤い雨が、漆黒の大地に降り注ぐ。  壊れた景色、トチ狂った色――夢だと理解した。  リュークス(俺)は一歩踏み出す。  音は鳴らない、砂利は足をすり抜ける。この夢に俺は存在していないのだと理解した。  リアルすぎる夢、手当たり次第に動いてみる。 『な……で、こん……に』  声がする。気のせいにしたいほど、気に入らない声だった。  目の前で一人の少年は膝を抱え、座り込んでいる。  泣いているのか、すすり声も聞こえる。  それだけなら慈悲もかけた、だがこれは夢だ。夢とは自らの理解するものから無 作為に組み立てられる。  色は違えど、この現象を昔に体験したことがあった。  過去の――――村に拾われた頃の――――俺の夢か。 『なんで、みんなは僕をあんな目で見るんだ――』  少年の声がする。過去に俺がいった言葉、予想が確信に変わる。  このさきになにがあったのか――おぞましさに体が震えそうになる。  マイルやカイルのいなかった村にすんでいたが、村人からよそ者だということで 白い目で見られたころの、不安定な精神の俺。村に受け入れられることを望み、孤独を恐れ、【あいつ】を生み出してしまった。 『寂しいのか』  あいつの姿は漆黒。  あいつが少年の横で煙草をふかす。  少年は顔をあげる、ゆっくりと頷く。  あいつは狂った笑みを浮かべ、少年の頭を撫でる。 『俺がいてやるよ。いつまでも、いつまでもな』  この言葉を、昔の俺は救いだと思った。今の俺は絶望だと思った。  少年は迷った。迷った挙げ句、またゆっくりと頷いた。 『約束だぜ――』  あいつの姿がなくなり、俺の影が二つになる。  ひとつの影がにやりと笑い、少年が高らかな笑い声を漏らした。 「嫌なこと思い出させやがって……」 『嫌なこと? 恩を忘れてんじゃねぇのか』  白い世界、あいつがおれと同じ姿で、俺に近づく。 『俺はおまえを助けてやった、仲良くしようじゃねぇか』 「ウゼェよ、消えろ」 『変わらねぇな、俺に対する態度が全く変わってねぇ』 「ウゼェよ、消えろ」 『ほかに仲間ができたら俺を捨てるか、約束やぶりだぜ』 「ウゼェよ、消えろ」 『あの女どもがそんなにいいのかよ』 「!?」  ――こいつがセレとフレイアを知っている  やつは俺の反応に満足したのか、影に戻る。  そして最後の声が響く。 『俺はおまえだ、おまえは俺だ。いつでも頼ってこいよ、【力】と【絶望】を与えてやるぜ』  戦線布告、最終忠告――いろんな意味でとれる言葉だった。  俺は奴を消せない、奴は俺を消せる。どうすることもできない事実は、変化しない。  ――君なら、大丈夫さ――  声が響く、一人の青年の後ろ姿が見える。  夢から覚める――まだ覚めるわけにはいかなかった、無情にも夢という世界は崩れ始める。  青年が振り向く、優しい笑みを見せる、俺は叫んだ。 「あなたは、誰なんだ! なんで【俺たちの世界】に存在するんだ!!」  ――その問いに、答えは必要ないよ――  夢が壊れた。  目を開ける。予想外の世界が広がる。  桜の大木があった。自分の下には桜の花びらが敷き詰められ、即席ベッドになっていた。 「あ、起きたみたい」  声がする。起きあがってみると、この場にあっていないテーブルがこの場にあうピンク色をして設置されていた。  三人の人間がイスに座って紅茶を飲んでいたが、そのなかの一人が俺に駆け寄ってくる。 「弟君、大丈夫?」  少女の名はセレ、俺を弟君と呼び、お姉ちゃんブルのが特徴だ。  ――おれは何を言っているのだろうか? 「大丈夫だ、大丈夫なんだが――ここはいったい?」  気を失ったのは戦闘中。場所が変わりすぎている。  俺がキョロキョロあたりを見回して、セレが説明しようと口を開いたとき、もう 一人の少女がにょきっと俺の視界に入ってくる。 「うおっ!?」 「それはボクから話すよ」  それは初めに聞いたこえ、外見とともに幼い。  背は小学生ほど、金髪のツインテールで碧眼をもち、童顔の少女だ。  服装は大きめの黒マント、すそが地面にだいぶ垂れている。  その少女が、満面の笑みを浮かべていた。 「な……だ、誰だよ、いったい?」 「ん? ボクはサクラ、【えれめんとますた〜】だよ」  なんか、発音が違うような…… 「え、えっとね。このかたはすべての精霊の支援及び恩恵をうけられる【オール・エレメント】をその身で創造した、大賢者様なの」  へぇ〜・・・・・・オール・エレメント。 「勇者のアイテムだろうが!?」 「うにゃ〜、気づくの遅いよ」  サクラが笑みをやめて呆れてくる。セレも苦笑いだ。  フレイアは紅茶をゆっくりと飲んでいたが、俺を横目に見ている。  ――それはいい、いいとして勇者のアイテム、超レアを小娘が! 「ボクはこれでもすべての魔法を取得したただ一人の天才なんだから、こんな世界を創り出すのなんて簡単だよ! エッヘン♪」  サクラは胸を張って言ってくるが、俺としては納得できるか難しい。  たとえ戦う力無き村人であっても、勇者ぐらいの力量の持ち主が近くにくれば自然とその威圧を感じ取ってしまう。  だが……サクラからは何も感じ取れない。  瞳の中をのぞいても、心が全く読めない。  ――本当にオール・エレメントを持っているのか……? 「あ、信じてないね? これだから最近の若者は……」 「本当の実力者は自らの力を三つまで分けられるんだよ? 教えてなくてごめんね」  体に似合わない言葉を吐くサクラ、セレは俺にこっそりとフォローを入れる。  だが、俺としてはまだ半信半疑である。 「まあどうせ戦わなくちゃいけないし、今見せちゃっといていいか」  サクラは目を細める。  すると、膨大な魔力がサクラの肉体からあふれでる。  それは目に見えるほど濃度を持ち、魔物と比べれば月とスッポンだ。 「【開眼】――――リュークス君だっけ? 傷は直ってるみたいだからはじめよっか」  何を始めるんだ――言えなかった。呆然とするしかなかった。 「そういえば言ってなかったね。 セレとフレイアはボクの知り合いなんだ。洞窟にいくように方針付けたのもボク。 あそこで手に入るものをとってからここに来てほしかったんだけど、ヤバそうだったから先に来てもらったよ。 まあ今きみがボクに勝てる可能性は0だけど、ゲムをやろうと思ってね。 ハンデとしてセレとフレイアを仲間にしていい、ボクと戦いなよ、そんなゲームだ、楽しみだろ?」  俺は剣をたぐり寄せる。  ここにいる理由も、洞窟にいない理由もわかった。  だがなぜ戦わないといけないのか、それがわからない。だが戦闘にはいる。  サクラが浮かび上がる。ゆっくりと、着実に、魔力を纏って。  魔力はいきなりおおきく燃え上がると、オレンジ色の炎に変わり、サクラの周りを動く。  剣を握る手に力がこもる。  ――さあ、始めようか――  動き出す、二人が同時に。 「うおぉぉぉぉぉぉ!!」  俺は跳びあがると、サクラに剣を降り下ろす。  サクラは炎を塊に変え、俺の剣にぶつからせる。  炎は予想以上に力強く、圧力をかけて剣を押しとどめた。  サクラの左右から同じような炎の塊が飛び出し、俺を押しつぶそうとする。  俺が慌てて後ろに逃げると、三つの炎が一つの巨大な炎に変わる。  サクラがその炎に手を掲げると、魔法陣が現れ、炎がその魔法陣を包み込むように集まる。 「受けきってみせなよ、無理なら避けなよ、それができなければ死が待つよ!」  バーンFLAMEH"(フレイムエッジ)  魔法陣が粉砕され、その勢いで細長い槍状の炎が俺に向かって飛び出す。  反射的に動くと、炎は俺の腕をかすり、桜の花びらの中へ落ちた。  花びらは舞い上がり、神秘的な光景を創る。  それをみていたが、その俺の足元に炎の槍が落ちる。  俺の視界が反転し、気づくと地面に倒れていた。  視界の端でサクラが魔法陣を構えているのをみて、俺は転がりながら構えを直す。  転がったところに、一回りも小さな槍が刺さっては、地面に小さな穴をつくる。  俺の額をねらうように迫る巨大な槍――俺は剣を横に振るって、それを叩き飛ばした。  サクラを視界に入れながら、俺は円上に動く。  姿勢は低く、剣を振るうことは考えずに。 「ボクの技が一つだけだとでも思ったかい?」  サクラは炎の円球を持った片手を地面に当てる。  すると数瞬前に俺のいた所から火柱があがり、徐々に拡大する。  唐突に炎は消え、あとには大きな穴が残った。 「遠距離魔法か!」  俺は剣を構える暇もなく、ただただサクラの魔法を避け続けるしかない。 「三つめ――いこうか」  FLAME タワー  地面から吹き出した火柱は渦を巻き、俺を中へ中へと誘う。  ――中にはいれば一瞬で焼け死ぬ! 「弟君!」  俺の体が誰かに抱えられたかと思うと、サクラから離れていく。  俺の後ろには魔力で浮遊するセレが、俺を抱えていた。  エンジェルスラッシュ  サクラの背後に回っていたフレイアが、ピンク色をした羽の双剣を、二・三度振るう。  振るった後には羽根が舞っていた。  サクラはその剣を二つの炎で防ぎ、炎を膨張、爆発させる。  フレイアははるか後方、桜の並木道まで吹き飛ばされ、戦闘場所に戻るまで数分かかってしまうだろう。  サクラの炎が俺の視界でゆらめく。  ぎりぎりまで凝縮された炎は、真っ赤に輝いている。  ――俺では対等に戦うこともできない―― 「三対一、一人ずつ減らさないとね」  サクラは妖しく微笑むと、炎をフレイアに放った。  フレイアは傷を負ったのか、膝をついたまま立ち上がっていない。  ――フレイアが死ぬ。  ――俺に守る力はない。  そのとき、俺の中に巣くうあいつが飛び出そうとする。  こいつを解放したら勝てる。だが、気づいたら俺以外が死んでいたということになりかねない。  ――俺じゃ、どうすることもできない――  『君なら大丈夫さ』  『自分を信じ、みんなを信じてみなよ』  『君はここにいる、みんなとともにここにいる。あのころに、君はいない』 「……そうだ、俺はここにいる」  俺はセレを振り解き、地面を駆け出す。  フレイアと炎の間で、俺はサクラを炎越しにみる。 「俺はここにいる!! セレと、フレイアと、カイルと、マイルと……そのすべてに関わり続けるために、俺はここにいる!!」  剣を掴み取る。  刀身が白く輝き、光を放つ。 「そして、俺に関わるすべてを守り抜く。一人も欠けさせやしない!」  俺は剣をふるう。リミッタがとれる。力があふれ出す。  闇ではない。光の力。  ――合格だ。さすが【主】、俺の宿り主だ――  心の世界。【勇者】が穏やかな笑みを見せる。  俺に手をさしのべてくる。闇の斑点をまとったあいつが俺と【勇者】に迫る。俺は【勇者】に手をのばす。手が触れる。闇が晴れる。あいつの声が聞こえる。 『おまえは必ず俺を求める。俺はおまえをいつでも受け入れる、変わらねぇ、俺たちはなにも変わラネェ!!』  俺はそれをかんじながら、現実へと戻っていく。 流れ込む【勇者】の記憶。バズルの一ピースでしかなかったが、優しい記憶だった。  ふと気づくと、炎がまっぷたつに割れていた。  サクラに傷はない。血は流れていない。だがサクラまで地面の亀裂が伸びている。  俺は白く輝く半透明の両手剣を片手に持ちかえ、肩に乗せる。  セレとフレイアは呆然としながら俺を見ている。 「力をコントロールできるようになったみたいだね。1%の可能性を押し通されるとは思わなかったよ」  わずかな動揺、すぐに平常に戻る。  炎が龍の形になると、威嚇するようにくねくねと這い回る。 「いくぜ、受けきって見せろよ、無理なら避けて見せろ」  俺の言葉に――サクラが俺を睨んでくる。  俺はまっすぐ縦に剣を振りあげる。  時空歪曲斬  俺は剣を振りおろした。 「【時空歪曲斬】!!!!」  俺は剣を振りおろした。  剣から斬撃がとびだし、その斬撃が空間を斬り裂きながら極太線となりサクラを襲う。  地面を削る音、斬撃は白く輝いている。破れた空間が修復されているのがわかる。斬撃の周りが半透明にぼやけている。力の大きさを表している。 「時の精霊を宿らせた、空間を斬り裂くほどの技――甘い、甘いよ!!」  サクラは龍の口を斬撃に向ける。  ゴスペル・インフェルノ  真っ赤に輝く炎が、極太で斬撃に放たれる。  押しあい――同等だった。 「無理だよ! 私でもその技には勝てなかったんだよ!? 弟君が死んじゃうよ!!」  セレがあきらめろといってくる。  剣がギシギシと壊れ始め、斬撃が収縮し始めた。  ――俺が負ければ、フレイアが  フレイアは倒れている。魔力を消費しすぎて弱々しい。吹っ飛ばされたときに消費したのだろう。  セレは俺たちの力のぶつかりあいで生まれた衝撃で近寄ることができない、少しずつだが後退している。  ――ピキッ、ピキピキ  刀身がそんな音をたてながら、大きな亀裂がはいっていく。  猶予はない。まだ剣があるうちにできるだけ大きな力を放つ。  そう決意すると剣を横に構えた。  斬撃と炎は相互ともに消滅し、サクラがまた魔力をためていることがわかる。  ルナティック・クラッシュ  ファイア・オーバー・エンド  淡い輝きを持った剣から、青白い魔力の斬撃が放たれる。  それと同時に、サクラにまとわりついていた龍が牙を向いて俺に襲いかかってくる。  龍と斬撃がぶつかりあい、目が見えなくなるほどの光の爆発が起こるが、俺には勝った確信があった。  案の定、サクラの腕に傷がついている。  それはかすり傷で、血がじんわりとしみだしているだけ。  剣は砕け散り、柄だけが残っている。  サクラは顔を下げて傷口を押さえていたが、唐突に顔をあげると、満面の笑みでこう告げた。  ――合格だよ――  途端、俺は膝をついて倒れ込んだ。誰かの声がする。  返答する前に、意識がシャットアウトした……  驚きだった。セレ(私)は呆然とするしかなかった。 フレイアちゃんが声を張り上げながら、倒れた弟君をゆすっている。 サクラさんはふらつきながら、イスに腰掛けている。 ――そう、サクラさんは手を抜いたに決まってる―― ――私が勝てない相手に、弟君やフレイアちゃんが勝てるはずがない―― ――でも、サクラさんは私たちと戦ったとき以上の力を出して、負けた――  私の体が震え始める。これは嫉妬の心だった。 フレイアちゃんや弟君、才能でのし上がってくるすべてのものが憎らしかった―― 私には昔、双子のお姉さんがいました。 お姉さんには才能があり、技能もあり、勇者とともに戦うものとしてふさわしいものすべてが備わっていました。 そのてん私はふたつほどレベルが低く、親には毎日と言っていいほど怒られ、才能がないと罵られ、影のように薄い存在になっていました。 数年後、私に妹ができました。 両親は煙たがることなく私たちに接しはじめ、同様に私の姉しかみなくなりました。 私はそのとき理解しました。 ――私たちは用なし、姉しか必要とされていないのだと――  私はそれでも明るく振る舞い、気づかない振りをして、妹と過ごしていました。 いつか両親が私たちをみてくれると信じて――  あるとき、勇者復活のおつげがきました。 両親は余計に私たちの姉を誉めるようになり、よりいっそう姉に訓練を与えたのです。 それが原因になるとも知らずに―― 私は複雑な気持ちで親を眺めていると、妹が手を握ってきました。 ――お姉ちゃん、いつまでも一緒だよ―― ――うん―― その誓いが良い意味で破られることはありませんでした、悪い意味では破られることになりました。 でも、そのころの私は妹の手を握り返しました―― その数年後、あっけなく姉は亡くなりました。 原因は魔法詠唱ミスによる、魔力暴発。初歩の事故でした。 疲労していた姉は後頭部強打。両親は嘆きました。 嘆いた理由――勇者に贈れるものがいなくなり、地位が亡くなることだと気づいた私は、悲しくなりました。 ――人間とは、なんと汚らわしいものなのだ、と―― それでも、私は両親に必要にされ、姉以上の教育をされ、満足でした。 姉を蹴り落とした優越感に浸っていた私は、新たな出来事を信じることができませんでした。 ――私の妹が、生け贄天使として神に選ばれるなんて―― 妹が天使としての力を手に入れたと同時に、実力に大きな差が現れ始めました。 どんなに手をのばしても届かない、才能を持った人しか通れない道、妹は私を越えていこうとしていました。 約束は破られたと思いました、私の中で何か人として大切なものが音をたててなくなりました。 妹は私がどんなに努力しているかわかっているから、私の前で力を見せなくなりました。 私と妹の仲が気まずくなり、私はそんなことがわからなくなるほど勉強をしました。 すさまじい早さで魔法をマスタし、才能あるものしか通れない道に手をのばしました。 そして、私は初めて両親に誉められました。 勇者の贈り物としてふさわしい力量を持った私、ひさしぶりに妹に微笑みかけることができるようになりました。 そのとき私の中に方程式ができました。 ――才能があるものでも、私に勝つことは許されない――  妹は私にくっつくように実力をあげ、いつもすこし下になる。 そして今私はここにいる。 勇者を【助ける者】として、私という存在がどれだけ有力かを知らしめるため。 勇者を弟君と呼ぶのにもそれが理由。 ある時現れたサクラさんは私や妹に一つずつ力を与えました。 ――嫉妬心はこんなところでも働きました。―― 天才と呼ばれる、私の一番嫌いな人間。 私とサクラさんは闘い、私は敗れました。 サクラさんに傷一つつけることできずに。 そしてサクラさんは私の妹とも闘おうとしました。 妹に勝てるはずがない。そう思っていた私は目を丸くしました。 サクラさんと対等になり始める妹、私のせいで埋まっていた才能が芽を出しました。 いつになく真剣な表情な妹。妹はサクラさんにかすり傷をつけて敗れました。 私が妹に駆けやると、妹はつぶやきました。 「ごめんね、サクラさんを越えたいと思う自分、本気で闘いたいと思う自分、抑えられなかった」 私は理解しました。妹はいつも手を抜いていたのだと。私が全力を出していたとき、妹は気を抜いて私をいつも心配そうにみていたのだと。 私のもろい壁が崩れました。今と同じように体が震えました。 方程式が崩される――嫉妬が体を支配しました。あのときは希望がありました。 開花していない幼き勇者――私をまだ越えていない存在、だから私は妹を赦しました。 聖母のように暖かく、壊れた笑みをつくって…… 数分の回想、駆け寄ってきたフレイアちゃんによって停止する。 憎しみがよみがえるができるだけ抑える。 「お姉ちゃん! お兄ちゃんを助けて! 私、なにをしたらいいのかわかんないよ――」 ――私が必要とされている、の?―― 憎しみが消え、ただ愛しさが残る。 妹はなにもできない。私は今なにをすべきかわかる。 急激に復活する方程式、縛られながらも私は喜ばしいことだと思う。 ――私は狂ってるからこそ力があるのだから――  リュークス(俺)は起きあがった。  下には前と同じく桜の花びらが敷き詰められている。 「お兄ちゃん!――――良かったぁ」  泣きついてくるフレイア、いつもとキャラが―― セレは呆れたようにため息を吐きながらも、ぴったりとくっついてくる。 「にゃはは、ハーレムだね〜青春だね〜」  サクラは楽しそうに、かすり傷にある絆創膏をさすりながら笑う。 ――それはそれとして。 「そろそろ離れてくれないか、フレイア?」 「!? に、兄さんのエッチ!」 ――俺かよ!? フレイアは赤くなりながら俺を罵り、楽しそうに笑っている。 セレはフレイアいじりをしながら俺の首に腕を回し、乗りかかっている。 「はいは〜い、バカップルぶりはよくよくわかったから、ボクに注目して〜」  フレイアが何か言おうとするが、サクラの真剣さに口を止める。 サクラは目を細めて、俺をみている。 「残念だけど、君に【オール・エレメント】を渡すことはできない」 「――そうですか、わかりました」  俺は軽くズボンを払い、立ち上がる。 桜の花びらが地面に落ちる。 「でも約束していただけますか、必ずともに闘うと……」 「理由は聞かないの?」  ――ほら、自分で言えよ。【勇者】様!  自分の意識内で構成させる、人格【勇者】をコインの裏に設定、自らを表に設定、反転させる。  無理矢理表に出された【勇者】は一度咳払いすると、穏やかな笑みをした。 「かったるいからいいよ、愛しきわが娘」  サクラは目を見開くが、すぐに背を向けて桜並木に駆けた。  俺たちの周りに風が吹き、視界が桜の花びらのピンクに覆われた。  ――あれでよかったのか。  ――ああ。  俺と【勇者】の言葉の交わしあい。長くは続かないが、なぜか笑みが漏れる。  ――気づくと、洞窟前に立っていた―― 「さて、帰るか」  俺は洞窟に背を向けてあるきだそうとする。  俺の腕にセレは自分の腕を絡めて、俺を立ち止まらせる。 「もうっ! サクラさんが言ってたこと、もう忘れちゃったの?」  ――うっ、上目遣いに弱いんだよ。俺は。  フレイアも俺をジト目でみている。 「この洞窟にある剣をとらなくちゃいけないの! わかったらお姉ちゃんの後についてきて!」  セレはずかずかと洞窟に入っていく。  フレイアもセレの後について、洞窟に入っていく。 「……そんなことを言ってたような言ってないような……ま、行くか」  俺はかったるく思いながらも洞窟に入っていった。 「はぁ……はぁっ!」  桜の木しか存在しないこの世界で、どこにもつながらない並木道がある。  完全に整備された、美しい道。  だが、この金髪少女には足りなかった。  少女は桜の木に手を当て、下にある黒い土を足で軽く掘る。  土はパラパラと消滅し、土の下には黒い無が広がる。  不完全な世界――手動メンテナンスをしなければすぐに廃墟となるだろう。 【オール・エレメント】――これがなければどうすることもできない。少女は自分の心臓とともに鼓動する桜色の宝玉を感じ取った。 「時間がないんだ――」  自動メンテナンスを可能にしなければならない。世界が魔力を創れるようになら なくてはいけない――やることが多すぎた。  少女の刻限は勇者が自分を求めてくるまで――長いようで短い。 「一分でも、一秒でも――無駄にはできないんだ」  少女はそういうと、もういちど歩き始めた。  リュークスたちは洞窟最下層に来ていた。  そして今、赤い皮膚を持った三つ目のドラゴンと戦闘を繰り広げている。 「セレ! そろそろいけるか!」 「もうすこし時間を稼いで!」 「兄さん、前!」  俺(リュークス)のまえで羽の双剣を交差させて構えるフレイア。  ドラゴンの尻尾が鞭のようにしなり、フレイアを吹き飛ばす。  フレイアを抱きかかえた俺、ドラゴンの左右に数十発の光線の雨が降り注ぐ。  雨は、フレイアの出した六本の羽からでている。  怯んだドラゴンは地団太を踏んだ。  セレは魔法の光を全身から出しながら、空間に指を滑らせている。  俺はフレイアをしっかりと立たせる。 「ありがと」  フレイアは一言放つと、ドラゴンに向かっていった。  ドラゴンはフレイアに牙を向くが、光線を浴びせられて集中力が途切れる。  フレイアは飛び上がると、ドラゴンの三つある目を切り裂いた。 「ギュオォォォォォ!!」  ドラゴンが叫びをあげたそのとき、ドラゴンの頭上に六星陣があらわれ、回転を始める。 「光はすべての者に希望を与える」  セレは指を止めると、杖を高らかに掲げた。  六星陣にある六つの頂点にまばゆい光を放つ、魔力でできた剣が姿を現す。 「罪なき者に祝福の生を与え、罪深き者に解放の死を与える」  剣がドラゴンの体を串刺しにする。  血が全身から吹き出し、ドラゴンはゆらゆらとぐらつく。 「我【最高・光天魔道士】汝【罪深き敗北者】 我が名において、解放の光を降り注げ!」  ジャッジメント・ランス  六星陣がドラゴンを押しつぶすように落下し、纏っていた光魔力でドラゴンを消滅もとい浄化する。  六星陣が消えた頃、その場に平穏が戻った。 「ふぇ〜お姉ちゃん疲れたよ〜」  セレはそういいながらも、魔力が漏れでるほど正常だ。  フレイアは七つの羽を背中に戻し、一つの羽から生命のシャワを降らせる。  傷が元通りになっていくのをみて、俺は感嘆のため息を吐いた。  ――とそんなことよりも。 「ここのどこに剣があるんだ?」  階段になっている岩。そのうえには超巨大な炎の結晶がドンと構えている。 試しにその結晶に触れてみた。  ゴゴゴゴゴゴ……  地響きがする、俺は地面に膝をついて、セレとフレイアを腕の中に手繰り寄せた。  炎の結晶の一部が俺の横に落ちる。  その後、地響きがぴたりと止むと、俺は観察するように落ちている結晶を眺めた。  ――大きさは俺の背丈ほどか。ん? 中に何か埋まってるように見えるぞ!  俺はもっと近くでみようとするが、腕の中でもぞもぞと動き回る気配が二つ。 「あ、わりぃ」  と言って離そうとする俺だが、両腕を頭にあげても、セレとフレイアは離れることなく俺の体をほおずりしている。 「はぁ……弟君のにおい……」 「兄さん……あったかいよ……」  ――あぁ、なんというか。この姉妹は男好きなのか……?  いつまでもくっついてるわけにもいかず、二人の頭を軽く叩いてみる。  フレイアはビクッとなってものすごい早さで離れるが、セレはてへへっなどといいながら可愛らしく微笑んでくる。 「この結晶、なんか中にあるように見えないか……?」  俺は気を取り直して、落ちている結晶を掴みとった。 『勇者指紋認識完了 封印解除申請 封印解除完了』  結晶に一本の亀裂が入ると、まっぷたつ割れる。  中には真っ赤で、のこぎりのような刀身を持つ大剣があった。 「これは……」  大きめのルビがはめ込まれた柄を掴み、明かりにかざしてみる。  刀身の中心にある帯のようなものには、意味不明な文字が刻み込まれている。 「サクラさんが言ってたのはそれだよ! 弟君、みせて♪」  俺はセレに剣を渡すと、セレは難しそうな顔で文字とにらめっこをし始める。  フレイアはやることがなくて暇なのか、炎の結晶の鑑賞をしている。 「【隠されし 黄金の 太陽】だと思うよ」 「【隠されし 黄金の 太陽】ねぇ……」  ――俺には全くわからない。  セレが持っていた包帯を慎重に大剣の全身に回すと、おそるおそる背負った。  重みは軽いどころか、無に等しい。 「ま、これでお目当てのものが手に入ったんだな」 「次は【希望ヲ 生ム 光】がどこにあるか調べるために、王国に行こうと思うんだけどいいかな?」  確か、詠唱にもよくでてくるつづりらしい。  その象徴とも言うべきその剣は、見る者すべてを幸せにするとか。 「それしか手がかりなさそうだし、俺は賛成」 「私もいいですよ、きれいなのがみつかりましたし」  フレイアは手の中にあるいくつかの結晶を自慢げに見せてくる。  ――持ってくのか。ま、別にいいけど。どうせ何言っても無駄だろうし。 「よし、それじゃ出発! 先頭は任せたぞ、お姉ちゃん!」 「お姉ちゃんに、まっかせっなさ〜い♪」 「兄さんがお姉ちゃんなんて呼ぶの、似合わないですよ」  そして、俺たちは王国へと歩みだした。  そこにすべての元凶、魔王がいるとも知らずに……  雷が鳴り響く。漆黒の剣士の後ろには数人の女、一人の男が立ち並んでいた。 「王も取り込んだ。あとは【闇の娘】を増やすだけか。 いや、魔神の復活も必要かな?」  この王国で王よりも高い地位を持つ、【鍵の少女】とそれをとりまく【七聖神】と呼ばれる七人の男。殺るには手間がかかるだろう。  ごつごつした灰色の鎧を着た王。彼はすでに漆黒の剣士の手中だった。 「【蒼の魔術士】も敵だな。倒す――いや、【闇の娘】に取り込むか」  戦争が始まろうとしていた。内戦とも呼ばれる愚かな人間どもの血の流しあい。 漆黒の剣士も、兵士にいくつかの仕掛けを施しておいた。  フレイアにも放った、合成獣の類をこの剣士は兵士に巣くわせたのだ。  あのときよりもより完璧で、より邪悪な合成獣を。 「さあ、勇者よ。場は整いつつあるぞ。貴様は何を揃えたかな、楽しみだよ。クククククク……」  剣士の腰で、巨大な生々しい目玉の柄を持つ、紫色の剣が妖しく輝いていた。