【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE04:お姉ちゃんは全員にチェックメイトを示しました。(第30部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  7374文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  レイがマントを剥がれたのは、耳鳴りのように頭で響いていた音が消えた頃だった。  頭を押さえて蹲るレイをみたエルは、慌てた様子もなく時間を置く。  正常を取り戻したレイはエルを一瞥――するより先に、目を丸くした。  自分のいる場所に。  その、大きすぎる――整ったクレイターというものに。  レイは言葉を忘れて、小さく首を傾げた。 「私、なんで怪我してないんでしょう?」  もっともな疑問だったが、穏やかなことこの上ない口調だった。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜 「新世界の武器は概念だ、って話までしたかな?」  レイから鼠色のマントを取り、羽織ったエルが首を傾げて尋ねる。  先を行くミーティスを追うように歩きながら、エルと同じく首を傾げたレイがポンッと両手を合わせて頷いた。 「それじゃ、概念の話を少ししようか」  レイに歩調を合わせ、それでもミーティスから離れすぎないスピードで歩くエルが、口を開く。  概念。攻撃因子とも防御因子ともいわれ、その活動によって名称を分けられる。  概念は見えない。触れたり聞いたりすることはできず、ただ使役してもらうだけ。  概念使いはそれに干渉することで、|主核(チャンネル)に繋がる。  |主核(チャンネル)は……  ノヴァ  ヴェノム  エア  ゴスペル  アリス  ヴォルト  ディエル  ……という区分がされている。  ミーティスが使役させているのはゴスペル。増殖による数に勝る因子は共通しているが、一番増えやすい。  敵の外殻、内部をけずりとるような活動をするから、炎のように見える。  消却の概念、ともいわれている。 「エルは、ノヴァを使役させていたな」  エルの少し前方を歩いていたミーティスが口を挟んだ。  エルはコクリと頷く。 「|主核(チャンネル)に繋いだ技とかじゃないとほとんど攻撃は効かないといっていい。 旧世界だと個々に開眼、開花、開扉っていうのがあったらしいけどね。最後のやつをできた者は『英雄』でもいないらしいよ」 「へぇ〜」  興味津々といった顔でエルの瞳を覗き込むレイ。 「……」  真剣な表情をしたエルは、辺りに目を走らせる。  何をしているのかわからないレイ、邪魔にならないよう興奮を冷ました。  ミーティスがエルたちとの距離を縮める。 「空間が……異質化している。わかるか?」  ミーティスの問いに答えたのはエルではなく、空間だった。  茶色、灰色、黒で構成されていた世界。波紋のように広がった紫に飲み込まれていく。  痛みも実感もない、視界ですら色の変異を伝えてこない。  理性で、おかしいと思うしかなかった。 「概念情報が読み取れない……分離していることは、確かだけどね」  そう答えたエルの頬を汗が伝った。  己の服の袖でそれを拭ってあげるレイ。  白と薄い青で作られたその服には、防御と魔除の印が織られている。  それ以上に魔除なのが『|天使巫女(エレクサ)』としての特性。  そのすべてを【五体】隠しに使ったとしても、『物影』に追われるのだ。  それほどに【五体】からは旧世界の匂いがする、強大だということだろう。 「干渉を試みる。それまでは各個応戦……」  その言葉通りというべきか。  突然、音もなく現れた黒剣士、動じることなく片手で黒剣士を鷲掴みした。 「≪餌を喰らえ、おいしくな≫」  炎が溢れる。  黒剣士を焼きつつ形成されるキラー。顕現すると同時に黒剣士を貫いていた。  瞬間、黒剣士が灰となる。  炎はそれを糧に増殖する。  数で勝る【神殺し】は構えもなく出現し、混乱に包まれた。 「根本を知る必要が……ということは『至高』は呼べないか……」  エルとレイへ迫る黒剣士が三人。  エルは黒剣士の一人に拳撃を叩き込むと、そのまま黒剣士を押した。  黒剣士二人の背後を取ると、その内の一人へ腕を振るう。  最後の一人が顔を向けると同時、エルの突き出した掌に光が集まり、放たれた。  両腕を左右へと開き、叫ぶ。 「≪我が手に有れ≫」  そして。  二振りの神魔剛剣が顕現する。  始まるのは――殺戮。  形成される――煉獄。  そして、エルは風となった。  ――右を一閃。  ――その勢いを利用し軌道変更。  ――障害数測定、瞬殺。  エルが通過した場所に生きる者はおらず、人外の速さは誰にも知られず殺戮劇(グランギニュール)を築く。  地面へと叩きつけられた斬撃が地盤を破壊し、360°への破砕を施した。  巻き込まれた黒剣士は数人。  破砕音の凄まじさによって一時的に全員の足が止まる。  動かぬ的を切り伏せるなど、エルにとって汗ひとつ流せぬことだった。  一太刀の元に叩き潰された【神殺し】は声もあげずに地に倒れる。  ふーっと息を吐いたエルは、一筋の汗も流してはいなかった。  炎の龍が舞い、焦げる空気の臭いが散る。  圧倒的な威厳と美しさの前に、前進する者はいない。 「屑みたいに量は多いくせに、全員弱虫か? 俺は勇気があるやつが好みなんだが……なっ!!」  最後を強く言い、炎が牙を剥いた。  うねる紅色から、蒼炎の弾丸がいくつもいくつも放たれる。  爆音と悲鳴が轟いた。  【神殺し】の愚者は生命あることを拒まれ、怒(いか)られる。  火達磨の中に、生命ある者はいない。  ミーティスのキラーから溢れ出した炎気を前に、数の対比は無関係となる。  増殖せし滅炎にとっては多量の敵は的であり、餌でしかない。 「全員下がれ」  【神殺し】を掻き分けて前へと出てくる、濃い青のショートヘアをした中年の男。  纏うのは漆黒のマント。  手に持つ藍の銃剣を見据えたミーティスは、目を見開いてキラーを振るった。  弾かれるようにして一閃の炎が伸びる。  それを銃剣の刀身で防いだ男。その男に向かって一テンポ遅れた炎の弾丸が飛来した。  ガタガタと銃剣が押される。 「蒼炎の……」  ミーティスの呟きに反応して、上空にて肥大し、精密さと立体さを増した炎の龍は咆哮を轟かせようと口を開く。  中年の男はそれを見上げ――フッと笑った。 「轟来!!」  咆哮は爆ぜた。  一筋の弾丸が炎の龍を貫通し、その威厳を極小の虫けらへと退化させる。 「確かに強い、≪救会≫に上り詰めたのも当たり前だろう。 だが――この程度なら潰されるのも時間の問題だ」  煙をあげた銃剣がさらに爆ぜた。  はじき出された弾丸、それぞれが尾を引き、その内の黒い筋を引く弾丸が前の弾丸を抜いてミーティスへとたどり着いた。  高速を超えた高速。ミーティスは感知できず、ミーティスを守護するはずの炎も展開が追いつかなかった。  宙に跳ね上げられ、まるでそれを予想するかのような残りの弾丸による追撃。  二発目はまともに食らい、三発目からは炎が間に合った。  体勢を立て直したミーティスが着地する。  片手をつき、キッと男を睨んだミーティス。  銃口(マズル)がミーティスに押し当てられた。 「君も速いが――俺のほうが速いようだ」  音もなくミーティスに歩み寄り、チャックメイトを宣言する男。  身動きせずに炎を蠢かせようとするミーティスを覚り、逸早く銃剣を爆ぜさせた。  間一髪、ミーティスの頬を掠るだけ。  転びながら男に距離を置こうとするミーティスは息を荒げ、キラーを地面に突き立てることで跳ぶように体勢を立て直す。  男はその様子を余裕の笑みを浮かべて傍観すると、ゆっくりとした動作で銃剣を向けた。 「【サチュラ】」 「ッ!?」  闇の眼が展開する。  同時に、黒煙を撒き散らす弾丸が放たれた。  ミーティスはキラーでそれを受け、後悔する。  弾丸の撒き散らす闇に視界が眩み、光が失われていく。  吸い取られるかのような――吸引(ドレイン)習性の|主核(チャンネル)だと気づいたミーティスから、炎はなくなっていた。 「食事をさせてくれて、ありがとう。感謝するよ――ゴスペル|主核(チャンネル)の者」  不敵な笑みを浮かべる男。  地面に突っ伏したミーティスは睨むように見上げた。 「この空間は我々が掌握している。そして、転移している。『帝王』である俺の組み上げた術式だ。崩れはしないさ」  鼻で笑った男は、辺りへ目を走らせる。  身を縮ませて硬直している少女――レイを見つけると、笑みを浮かべてそちらへと足を進ませた。  だが、風が舞った。  強張ることなく無造作に持ち上げられた銃剣と交差する黒き両片手剣。  同時に繰り出される紅き長剣の一閃。  銃口(マズル)の射線上に来ると同時に弾が放たれ、長剣の一撃が地面へと突き刺さる。  威嚇しあう四つの瞳。 「『帝王』――」 「久しぶりだね。エルレイド」  銃剣が舞った。  ただ斬撃を撃つ得物なだけではなく、狙って銃弾も放つ多彩な厄介物。  エルは双剣をフル稼働させて応戦する。  再度、三つの剣が交わった。 「この空間を解析させてもらった。行先は――【旗艦】だな?」 「さすがエルレイド。理解がはやくて結構だが、真実を得てはいないだろう?」  男が一歩後ろへと跳ぶ。  それはすぐに無音の飛行となり、エルとの距離が闇の霧に満たされた。  即座に闇に飲み込まれるようにして放たれた弾丸。  そのうちには黒き弾丸――【サチュラ】も混ざっている。  数瞬、闇の霧をまっぷたつにして男の顔前へと飛行したエルが、回転するようにして十字に男を斬った。  僅かに男の羽織る黒マントから黒い糸きれが舞う。  合った男とエルの瞳。男が不敵な笑みを浮かべ――蹴撃を放った。  エルの身体が芯で捉えられ、弾き飛ばされる。  地に打ち付けられたエルへとぶっ放される弾丸が、砂煙を巻き上げた。  暗視スコープごしに見たかのような、色のより深く醜くされた空間。  生命のみが正常の色を保っていることが、ひどく異質にみえる。  弾丸の合間を抜け出てきたエルが、双剣を逆手に持ち替えて駆ける。  振り上げるようにして、独特の斬撃線を交差させる。  フェイントと真実を見切った男が、銃剣で双剣を押さえた。  だが、マントからいくつもの繊維が吹き飛ぶ。 「……さすがだ、エルレイド」 「よくいう。空間維持の上でその実力のあんたが」  エルの片手が『紅桜』を手放した。  同時に精製された『カラミティ・メーカー』が男に押し当てられる。 「ちょっと眠っててくれよ――『帝王』!!」  猟犬が放たれた。  一瞬の、術式展開と術式発動、及び術式消滅。それが無いはずの弾丸となり、撃ち出される。  男は一発目をまともに食らい、二発目を銃剣の弾丸で防いだ。  痛みを感じる様子は――ない。 「エルレイド――貴様をコロシテヤル!」  二人の対峙に割り込んできた漆黒のアウル。  ブーストと呼ばれる、青白い光による強引かつ高速移動によってエルは距離を詰められた。  槍の攻撃範囲では、エルは対応できない――はずだった。  アウルの懐へ飛び込むように、槍の横を滑り跳んだエルは、突き出した『刻魔』に血を吸わせることになる。  そして、発動した。 「『刻魔』――【偽現】」  アウルという存在が。  アウルという生命が。  餌となり、糧となって―― 「【偽現】ノーブル・ファンタズム」  ――少女が『不思議な重力』の元に、その眼を開いた。  男はその両目を見開き、感嘆する。 「【五体】は彼女たちではない――ということは、あそこに封印されし【少女】とは誰だ?」 『『帝王』貴様が知るべきことの範囲ではない。わが主人を汚す貴様、わが主人の決断を無視せんとする貴様は――この世界から削除されるべきと判断する』  黒きドレスを纏った、お人形のような少女。  透き通った赤い瞳、流れて宙に消えてしまいそうな銀色の髪。  その容姿からは想像できない口調と物腰に、エルは苦笑いを浮かべた。 「【偽現】だけど、世界にでてきた感想は?」 『――臭い』  少女は辺りを見回し、うざったそうに言った。 『異質臭い。気に入らない。 概念行使方法を伝授する第二世界は――これだから嫌なのだ』 「まあ、自然はないなぁ……ごめん」 『リュー……エルレイドが謝る必要はない。勇者魔王循環はなくなるべきだったからな』  二人の会話を聞き、口元を歪めたのは『帝王』の男。 「……良い情報を手に入れさせてもらった。満足だよ、大いに満足だ」 「そうか……だが、あなたは『英雄』に捌かれることになる。なぜなら」  エルの音はそこでひび割れた。  少女という存在の許容をしきれなくなった異質空間が、解体していく。  異質空間が他の空間に塗り替えられ、新鮮で澄んだ空気に切り替わった。  辺りを見回した男、【神殺し】の黒剣士や黒魔道士ともども、険悪な雰囲気で騒ぐ。  男は小さく呟いた。 「小規模区域、『大光使セレスティア』と『生贄天使フレイア』の治める――【神殿】」 「『帝王』は情報量が多いな。さすがに――逃げ切れないだろう?」  少女が【偽現】期間を終え、霧のように零れ落ちる。  『紅桜』がエルの手元にもどり、『カラミティ・メーカー』が消えた。 「俺もそろそろ大技が出せる――チェックメイトだ」  ミーティスが【神殺し】へキラーを向ける。  男は不敵な笑みを浮かべた。 「【神殺し】のバックに何がいるか――教えておこう」  男が指を鳴らす。  ほとんど同時、世界にひとつの闇黒が芽生えた。  空間直結の術式、その門から手を伸ばし、身を引きずり出すは―― 「『大罪の物影』!?」  艶かしく蠢く巨大な鉄(くろがね)は顕現する。  盛大に高笑いした男、汗を一筋流し双剣を構えたエルは恨めしそうに目を細めた。  唐突に発せられる、『大罪の物影』からの紅い一閃。  煌きはミーティスを射線上に置き、地を這った。  反射的にその場から去ったミーティスは、命拾いすることとなる。  音もなく、煌きの通り過ぎた地が崩壊したのだった。  地盤を断ち切るほどの威力――さらに速度があるとなれば、ミーティスの増殖型攻撃因子ですら太刀打ちできない。  エルは目を細め、弾丸のように駆けた。  同じ速さで駆ける『帝王』がエルにぶつかり、剣を交え、火花を散らせながら、進路を大きく横へと歪曲させる。  エルの直線進路上にいたのは――キョトンとした顔で『大罪の物影』を見上げるレイ。  黒くまがまがしい存在、恐怖を持たぬ空虚の『大罪の物影』は、にゅるりとする漆黒の手、らしきものをレイへと伸ばした。  ――これが新世界の、光成る者か――  レイの頬を撫でる手。  その手は穏やかで、敵意は存在しない。  レイは、『大罪の物影』の内からレイをみる二つの光に、首を傾げた。  だが、すぐに風が切り抜けた。  レイと『大罪の物影』の間に割り込むように、エルが双剣とともに舞う。  脅威の瞬発力をみせた『大罪の物影』を、目で威嚇するエル。  その鳶色の瞳には、敵意が宿っていた。  ――守る力を取得せし者よ、汝の敵は未だ我等ではなく―― 「……『大罪の物影』は異種だ。規定外行動を起こすことがまれにある。貴様を完全信用はできない」  苦渋に顔を歪めたエルが、そう吐き捨てた。  ――そうか、ならば私と言う生命。ここで終わらせていただこう――  そのとき。  光の奔流にすべてが巻き込まれた。  物理的な圧迫はなく、ただただ五感を奪われる。  光が収まった時、チェックメイトが示されていることを、エルが覚った。  いや、きっとエル以外も。  なぜなら――『不思議な重力』で浮遊する光の結晶が各々の目と鼻の先にあったからだ。  結晶の中でぼんやりと瞬く光が乱反射して、結晶を白く光らせていた。 「私たちの【神殿】でやらかそうなんて、度胸があることで」  この場へと降り立ち、するすると歩み寄ってきたのは一人の少女。  ショートヘアの髪を二箇所、団子のようなもので括った少女。  この場に不相応な少女の存在に疑問を抱きながらも、レイが声をかけた。 「ええと……どちら様ですか?」  少女の目がレイへと向く。  透き通った蒼い瞳、茶色のかかった髪――レイと同じくらいの背。  エルは固まったままでも、目を穏やかに細めていた。 「【生贄天使 フレイア】といったらわかりますか? 『|天使巫女(エレクサ)』さん」 「ええと……あ、はい。わかります。でも、私はレイシアです。レイって呼んでくださいね♪」 「……ふふ、おもしろい娘が『|天使巫女(エレクサ)』になったもんだなぁ」  少女は無表情を脱ぎ捨て、小さく微笑む。  レイの屈託ない笑みにつられたのかもしれないが、すぐにその表情は引き締められた。 「こんにちは、【神殺し】の諸君。ごきげんはいかがですか?」 「――最悪だよ。まさかエルレイドが、こんな場所指定に書き換えていたとはね。 いや、指定先傍受はできていたのだから当たり前か……まあ、こっちのほうがまだ利点多き。損は少ない」 「【神殺し】が『物影』と繋がっている――詳しく話してほしいのですが、ちょっと奥までごいっしょしませんか? 『帝王』」 「遠慮させていただくよ。それに、君たちの『永遠の恋人』はそこにいるだろう?」  「動くことができないというのに、どうやって帰るんです?」  結晶の先に貯まった魔力が放たれれば、一瞬で消えることになる。  『帝王』は小さくほくそ笑んだ。 「エルレイド。あなたたちも動いてはいけません。 お姉ちゃんは全員にチェックメイトを示しました。 動いた者には――死を」 「そうか、ならば……少し、増援にでもきてもらおうかな?」  そのとき――  空間の一部が再び欠如する。  現れるのは、何百の『物影』  少女は恐れることも動じることもなく両手を振り上げた。  閃光が走る。  『物影』が全員切り刻まれてやっと、少女の手には剣とは形容できない羽が持たれていることに気がついた。  神々しき光の下に形成された、『旧世界』の『英雄』が持つ【最強】 「いいましたよね?」  少女は、身の丈以上の大きさを誇るその二振りを軽く持って言った。  その微笑は『帝王』に向けられている。 「チェックメイトは、私がいることも含まれているんですよ?」  その姿は、まさしく地へと降り立った天使のようで。  少女の背で具現する六枚羽をみた『帝王』は、小さく舌打ちした。 「世界が罪に消されることは確かな事項だというのに? なぜ我々は抵抗してはならないのだ。『新世界』を迎えるべきだったというのに。我々はただ――世界をあるべき姿へともどそうとしているだけだというのに? なぜそちらに天使が降り立つのか、俺には理解できないよ――などと、言えばよかったか?」  『帝王』には余裕があった。  少女は、余裕がなかった。  それを理解して、取り繕っていた。  その取り繕いを知るのは本人と『帝王』と――エル。 「悪いが、そこまで俺は人付き合いが良くないんだ――帰らせてもらうよ」  『帝王』を包み込む闇の極光。  空間が歪むほどのオーロラ。  それは徐々に収縮し、密度を増し、色の濃さを増し――『帝王』を消去した。  同時に【神殺し】のすべてが黒き灰と化す。  少女は呆然とし、ふうっとため息を漏らしたのだった。