【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE05:認めよう、私が悪だと。故に。(第31部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  9673文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  ――我は死を選んだのだ。旧世界の英雄よ―― 「ですが、あなたには意思があります。生きるべき存在ではないのですか?」  液体のような、黒き鉄(くろがね)の『大罪の物影』  それに対峙するは【生贄天使 フレイア】  ――我に意志があるというのなら、我が望む旧世界の力にて我を洗い流してほしいものだ―― 「ええと……私、ですか?」  キョトンと首を傾げたのは、レイ。  『大罪の物影』は手と思われる黒を伸ばした。  ――あなた様は神姫。それこそ、我のようなものにすら微笑みをくださる、神々しきお方だ―― 「そんなことないですよ、あなたはとっても可愛いです♪」  エル、ミーティス、フレイアが絶句した。  レイは『大罪の物影』の手を取り、にっこりと微笑んでいる。  『大罪の物影』でぼんやりと輝くふたつの光が細まった。  ――この姿でそのような形容をされるとは、長く生きるモノですな。もう、満足ですよ――  闇が二つに割れた。  中にある丸球が曝け出される。  ――あなた様があなた様でいられる限り、私はあなた様に足りぬ知となりましょう――  レイは手を伸ばし、やめた。  静かに、言葉を紡ぎ始める。 「あなたを取り込んだり、情報分解したりすることは、この【五体】なら可能でしょう。 でも、でもね――あなたが成仏できないんじゃないかって、思うんです。 死んでまで、誰かに利用されるのっていやだと思うんです。 嫌なことを――私はやりません」  ――やはりあなた様の御心は、尊敬に値する――  丸球が闇に包まれ、『大罪の物影』が嬉しそうに光を細めた。  ――ですが、私という存在を消滅させることで、あなたは【五体】を知ることとなる――  ――さあ、レイシア様。わが存在を礎に、一歩を――  『大罪の物影』はわかっていた。  レイが躊躇うことを。  躊躇するレイの手を、両手でしっかりと握ったのは――フレイア。 「レイさん。あなたが、救ってあげてください」  フレイアの、ブルーの瞳がレイを見つめる。  レイはそれを見返すと、コクリと頷いた。  フレイアはくしゃっとした柔らかな笑みを浮かべる。 「【五体】の使用は、想いです。何かを放つイメージ、何かを砂にしてしまうイメージ、吸収してしまうイメージ。この三つで成り立っているといっていいです」 「吸収……?」 「イメージを、砂にしてしまうことで終えては、完全に削除することにはならないんです。 レイさんの中に入って、レイさんの暖かさに触れて、罪を洗い流す――といったところでしょうか」  レイは難しそうに首を捻りながらも、目を閉じて『大罪の物影』へと右手を向けた。  ……イメージ。  レイは想う。  ……網じゃ、駄目だよね。捕まえるなんて、救うとは大分かけ離れてるし。もっと綺麗なやつ。ってことは――そう、そんなやつ。でも、吸収まで繋がるかなぁ。  結構危ない集中力。  だがそれでも、【五体】は答えた。  |至高の極光(リヴァヴィウサー)  片手に集う光。  それは花開くかのように。  天高く掲げられた手は、罪を裁く宣言をする。  罪人に向けられた手は、命ずる。  右腕を包む光は、高み。  光が象るは、今此処に在る裁きの砲。  花は右腕に沿って展開し、その開花が臨界に達して静止すると同時に――  放たれた。  虹色の、光の羅列。  一方に。  罪人へと。  罪人は、至高の元に罰せられた。  すぐにその身を侵略する、何の色とも表現できないノイズに蝕まれ、ノイズの塊と化す。  それは収縮し、雫となると――ゆっくりと、レイに歩み寄る。  空間を這いながらも、減ることのない雫は、未だ展開する花の極光を受け――その一部となった。  雫を取り込み、直視できない極光の花はゆらりと花弁を閉じていく。  そして、初動もなく唐突にレイの内へともどっていった。  その行動が生み出した結果は、削除。  『罪喰らい』や『罪殺し』という、死の概念を叩き込む消去ではない。  旧世界の力であるということの、証明でもあった。  レイはほっと息を吐く。  弾かれるようにして、エルがレイの両肩を支えた。  レイはエルへと、柔らかな微笑みをみせる。 「……ひとつ、わかったことがある」  フレイアは静かに言葉を挟んだ。  その真剣な顔つきが、ここにいる皆に凝視される。 「――『物影』のすべてが敵じゃない。誰かが、敵だってこと。レイさん……『|天使巫女(エレクサ)』の味方である『物影』もいるってことは、そういうことでしょ?」  それは新たな疑問を生んだだけだった。 「ええと……とにかく、こんなところで立ち話もなんですし」  無言で思考に浸るエル、きょとんとするレイ、無関心そうな顔つきをしているミーティス。  静寂を破ったのは、フレイアだった。 「【神殿】の中、ご案内しましょうか、レイさん?」  柔らかな笑みをレイに向けたフレイア。  レイは目をきらきらと輝かせてフレイアへと顔を寄せた。  一歩退いたフレイアは僅かに苦笑いを浮かべて絶句する。 「僕も来たことあるから、いっしょにいくよ――っと、その前に『会場』へ寄るか」 「ああ、そうですね。お姉ちゃんのことだから、無視すると後が恐い」  エルの言葉に、フレイアは小さく肩を竦めた。  それに小さく微笑んだエルは、辺りへと目を走らせる。  視線の後を追ったレイは、小さく声をあげた。  自分たちにチェックメイトを提示した白結晶の槍がひとつに集結したのをみたのは、レイのみ。  それは小さな光を帯び、淡い術式を灯した。  ――爆ぜる。  光の瞬きから身を引きずり出したのは、一人の少女。  スカイブルーの瞳。茶色のかかった髪を、ポニーテール状に肩より上へ纏めている。  レイが見惚れてしまったのは、その少女の服装。  白い袖と赤い袴。  レイは、ただただその美しさに目を奪われていた。  そのころにはフレイアも、エルも、ミーティスも、その存在に気づいている。  少女はポンッと着地すると、いきなり―― 「……えっちなのは、駄目なんだからねっ!?」  ――雰囲気の破綻はすぐだった。  少女の人差し指にビシッと指差されたエルは苦笑いを浮かべ、フレイアは頭を抱えて絶句する。  フレイアの一言を、レイは聞き漏らさなかった。  そして、叫んでしまう。 「……フレイアちゃんのお姉さん?」  少女はレイへと目を向け、にっこりと微笑んだ。  満面の笑み、暖かな太陽のようだと、それ以上に暖かく染み渡ってくる暖かさだと、レイは思った。  少女はクルリと一回転すると、ウインクを決める。 「完全無欠のお姉ちゃん【大光使 セレスティア】 よろしくねっ♪」  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜 「ええと、つまり……『【神殿】(ここ)』の近くにある洞窟さんに向かうんですか?」  レイは首を傾げて言った。  区長であるフレイアとセレスティアのために作られた≪会場≫にいるのは、五人。  エル、ミーティス、レイ、フレイア、セレスティア。  垂れるほど白の布が乗せられた大きなテーブル、オレンジ色の光をぼんやりと放つ光源。  部屋自体は白い壁を使って作られている、それほど大きいとは言えないものだ。  それでも、この≪会場≫にはいろいろな術式がフレイアとセレスティアの手によて刻み込まれている。  解読した者はいない――らしい。  なにやら、転送装置だという話もあるが、信憑性は無い。  華やかな≪会場≫に緊張という空気はなく、身を乗り出したレイはセレスティアの顔を覗き込むようにしていた。  臆することなく、にっこりと微笑むセレスティア。 「あの洞窟にあるといえば――『物影』か『大罪の物影』か、それとも『罪亡き人』ですか?」 「エルは話が早いね。そのとおり……『罪亡き人』の『断罪執行者 自然干渉型』と『断罪執行者 物理干渉型』に見解してきてくれるかな? ちょっと話があるらしいの。 多分、『|天使巫女(エレクサ)』の動向」 「……晶からの取り出し、との優先順位はどうしますか?」  エルの表情に真剣みが差す。  レイは、セレスティアの胸元を見ていた。  否、レイの蒼い瞳は、橙色の玉が付いたペンダントを捉えていた。  玉は涙型に整えられ、その中では淡い何かが揺らめいている。  暗闇の中で僅かに発光するそれ――レイは綺麗だと思った。 「意思がある『物影』は、交渉を求めてきている――もしかしたら、世界を良い方向へ向けれるかもしれません。 エル、あなたが行ってくれますか?」  セレスティアの、柔らかな微笑みがエルへと向けられる。  エルはレイの髪にポンッと手を置くと、考える間もなく言った。 「僕はレイの保護者ですから。 それに――【断罪執行者】には、知り合いがいます。僕がいたほうが交渉も捗ると思います」  セレスティアの目が冷たくなる。  きょろきょろと辺りに視線を移しながら、小さく呟いた。 「………………………………えっちなのは、だめなんだからね……」  覇気が無いその呟きに、エルは苦笑いを浮かべる。  レイの耳にその言葉は届かず、キョトンと首を傾げた。  フレイアはごまかすように口を挟む。 「私、ついていこうと思うんですけど、いいですか?」  小さく手をあげて、許可を求めた。  だが、それに反対したのは――セレスティア。 「駄目だよぉ! 私も、弟君といっしょにいちゃいちゃしたいんだから!」 「い、いちゃいちゃってそんな――え、えっちなのは駄目なんじゃないんですか!?」 「お、お姉ちゃんはいいの。大人なんだから」 「昨日ぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめてたのはどこの誰でしょうか? あんな人を大人なんて、とてもいえませんよ――逃げないでください」 「わ、私には義務があるの。うん、そうよ、そうなのよっ!」  いがみ合いを始めたフレイアとセレスティア。  割り込もうとしたエルより先に、声を出したものがいた。 「俺としては……全員来たらいいんじゃないか、って思うんだが」  今まで一度も意見を出さなかったミーティスが、小さく言う。  ――静寂。  じょじょにその顔を嬉々としたものに染めていくものが二名。苦渋に満ちた顔でミーティスを睨むものが一名、おどおどと見つめているものが一名。 「てことで弟君♪」 「覚悟は決まってますよね、兄さん♪」 「……わかりました」  エルの両腕に荷物となったフレイアとセレスティア。  結局、どういうことなのか――レイはわからなかった。  世界に迫る存在がいた。  それは改変者。  それは――旧世界においても超人とされていた者。  空間が割ける。  狭間から顔を出したのは、金髪碧眼の少女――  腰まで伸びるその髪はウェーブがあり、その上でさらさらと柔らかく少女自身の動きで跳ねていた。 「うう〜ん、さすがに【アカシックレコード】の近くにいすぎたか。 【ルシファー】や【ゼウス】を探し出したかったんだけど……この世界での【アカシックレコード】は【アカシャ空間情報】にしか管理されてなかった。 いろいろ問題多いね……あ〜、この世界は本当、どうなっちゃうんだろ!?」  少女は独り言多く、空間の狭間から這い出した。  少女がいるのはとある廃墟の荒野。  地平線がわかりすぎるその無人、平らな地上。 「ん?」  少女の片目から紅い魔法陣が弾き出された。  それ越しに地平線の先を見通そうとする、少女。  その顔が強張り、青白くなった。 「まさか……そんな……」  視線の先、地平線のその向こうは【なかった】  何もかも、そこに何かがあったという半透明の膜が残るのみ。  その上で瞬くは、灰色に色褪せたオーロラ。 「……これは一大事だ。今度こそ、新世界どころじゃなく、抹消されるのかも」  少女の片目を覆った魔法陣が消える。  少女の手元に、白き光の尾を引く鉄球≪光魂≫が引き寄せられた。 「――リュークスがどういう風になってるか。ちょっと楽しみかも♪」  そう呟いた少女の姿は。  ――すでに流星と化して空を裂いていた。 「はふ……お〜い〜し〜い〜♪」  【神殿】という名には相応しくない、外から完全隔離された≪町≫  その一角、小さな小さな料理店で、ひとつの嬉々とした声が上がった。  声の主、レイが目を輝かせて歓喜する。 「おいしい♪ おいしい♪ お〜いしっ♪」  「そ、そんなに喜んでもらえて……勧めた私も、嬉しいですよ」  三叉に分かれたフォークの先を口に含んだまま狂喜の舞を踊るレイに、フレイアは苦笑いを浮かべる。  この料理店に来ているのはフレイアとレイだけで、フレイアは白のマントをがっぽりと被っていた。  マントの所々には剣のような紋章が縫われており、その紋章は【神殿】でのシンボルマークだと――レイはフレイアに教わった。  レイの平らげているのは、小麦粉や卵を練って作ったものにいろいろなお菓子を載せたケーキと呼ばれるもの。  パンと使うものが多少似ているが、味の方向性はまったく違う。  パンはほんのりとした甘さと、香ばしさがある。  ケーキはそれと違い、どこまでも甘ったるい。 「《|生命の奇跡(ユグナ)》の周り大半は食物栽培に当ててますから。この辺りだってもう《|生命の奇跡(ユグナ)》の範囲外なんですよ?」 「へぇ、そうなんだ〜」  優雅にケーキを口へ運ぶフレイア。  レイは僅かに立ち上がってきょろきょろと目を走らせる。  さっぱりとしているが、不愉快にならない程度に明るさを惹きたてる【彩度が低めで明度が高い色】を多く使用している。  レイの碧眼がある者をみつけて、大きく手を振った。  この料理店にいるコックの一人のようで、料理人の中では若い方になる優男。  彼はレイに手を振り返し、周りにいたコックへ一言二言告げると、レイたちへと歩み寄ってきた。 「やあ、ケーキには満足してくれたかい?」 「はい、とってもおいしかったです♪」 「……ええ、おいしかったですよ」  レイはにこやかに告げる。  フレイアもマントを深く被って顔を隠し、金切る寸前の声でそう告げた。  コックはキョトンと首を傾げる。 「ええと……そのぉ……いろいろとあっちゃいまして、ね?」 「そうか――なら、追求しないでおくよ。レイシアちゃんのことだからね」  コックの微笑みに対して、レイはにっこりと微笑んだ。  フレイアは恐る恐る訊ねる。 「ええと……レイさんとお知り合いなんですか? 区域が違うのに?」 「ああ、ここで会ったことはないんだけど、マリオル父さんに一度紹介されててね。 あんまり昔じゃない、レイシアちゃんが『隔離生活』を始めた頃だったからね」 「マリオルさん……あの人の『本業』のことは?」 「知っているよ。それどころか、僕がそれの継承者だから。レイシアちゃんは親族だけど、義理だからね」 「あ、ええと、フレイアちゃんには話してなかったんだけど……」  レイがフレイアの視線へと割り込み、その瞳を覗き込んだ。 「そのぉ――私って、生まれたときから両親さんがいなくって。それで、マリオルさんが引き取ってくれたんだ」 「……へぇ」  フレイアは別段驚いた風なく、そう相槌を打つ。  代わりに、レイが目を丸くした。  レイの視線の先にあるのはフレイアの瞳ではなく、首から胸にかけて垂れているペンダント。  玉は涙型に整えられ、その中では淡い何かが揺らめいている。  僅かに淡く輝いているそれ――レイは、セレスティアの付けていたものとのデジャヴを感じてフレイアに訊ねた。 「フレイアちゃん、そのペンダントってセレスティアさんも付けてたよね?」 「はい。これは旧世界にあった鉱物でできてまして、もう作れないんですよ」  フレイアは片手でペンダントを持ち上げて言う。  中にある光は動作ひとつひとつに揺らめき方を変える。 「炎の結晶っていうやつで、中にはマグマっていうのが入ってるとも言われています」 「だからこんなに綺麗なんだー♪」  レイが目を輝かせていると、フレイアが柔らかく微笑んだ。 「レイさんの羽だって綺麗ですよ。それに、とっても可愛いし……」  フレイアの手がレイの耳元へ伸びる。  その上側で、どんな動きをしてもその場で浮遊し続ける、マスコットのような羽。  フレイアの手がそれを軽く撫でた。  レイがにっこりと微笑む。 「ありがと♪」  コックが穏やかな笑みを浮かべると、口を開いた。 「僕も、『旗艦』にいったらその羽のようなものを作れるようになりたいね」  コックの言葉にレイが反応する。 「ここを離れちゃうんですか?」 「ああ、マリオル父さんから伝達概念越しにそう指示されてね。 マリオル父さんも『旗艦』に来るらしい。何か、作るみたいだったけど……詳しくはまだわからないな」 「へぇ……ってことは、もしかしたら『|天使巫女(エレクサ)』として【五体】を取りに行ったときに、会えるかもしれませんね♪」 「ああ、そうだね。楽しみにしてるよ」  お互い笑みを交わすコックとレイ。  コックは名残惜しそうに悲愴な面持ちをすると、二人に肩をすくめた。 「もうもどらないとクビだ。もうちょっと話していたかったんだけどね」 「また会えますよ♪」  コックへと、純粋な笑顔を向けたレイ。  つられてコックも笑みを浮かべた。  最後にフレイアへ目を向けると、何もいわずに去っていく。  レイはその後姿をみつめ、消えたと同時に視線をフレイアへ戻した。 「フレイアちゃん……」 「なんですか?」 「もう一個注文していい?」 「……ど、どうぞ」  結局、レイはその後三つのケーキを平らげた。  ≪会場≫にいるのは三人。  セレスティア、エルレイド、ミーティス。 「セレ、つまり……」 「うん。つまりは、そういうこと」  セレスティアがエルレイドの言葉に頷き、遮った。  呟くのも恐ろしい、未来予想図――といったところか。  エルレイドは深刻に思案している。  だが、その空気に釣り合いのない反応をした者がいた。 「俺としては、その程度〜なんだけどな」  ミーティスはつまらなそうにそう言う。  エルレイドは一瞬目を丸くすると、嬉しそうに微笑んだ。 「俺は【旧世界】を知らない。でもよ、ぎりぎりでも俺たちは生き残った。 次もそうできる。何か策はあるだろ」 「……ああ、そのとおりだ。さすがミーティス」 「それ褒めてる?」 「ああ、褒めてるよ。うん、大いに褒めてる。すごいすごい」 「……馬鹿にされてる気がする」  目線を逸らしたミーティス。  エルレイドは穏やかに目を細め、セレスティアへと向き直った。 「どちらにしても洗争が近い今、『|天使巫女(エレクサ)』側についてくれるものは少しでも必要でしょう」 「だから、『罪亡き人』に交渉を求める――っと。弟君、向こうも何か話したいことがあって『|天使巫女(エレクサ)』を呼んだんだよ? 暗殺の可能性とか、【五体】奪還の可能性とかは……どうするの?」 「僕がいます。大丈夫です」  エルレイドとセレスティアが睨みあいを始める。  ミーティスはつまらなそうに小さく欠伸した。  その少し後、セレスティアがエルレイドの手を両手で包み込んだセレスティアは、目を潤ませて言う。 「絶対私も行くからね!」 「………………はい」  エルレイドは負けた。  セレスティアが勝った。  ミーティスはそう判断すると、片手を上げる。 「俺、残るな」  ぶっきらぼうに対するお咎めはなく、エルレイドがミーティスに視線を向けた。 「……できるだけ大人数のほうがいいと思うんだけど?」 「だが、ここが手薄になる」  エルレイドは押し黙らされた。  ミーティスは足先でコツンと床を突き、緊張感無しに口を開く。 「【神殿】は戦力も持ち合わせているが、洗争になると≪救会≫級の者が一人はいたほうがいい。そうだろう? 増援がくるらしいってのは聞いてるけど、俺ならそれまでを押さえられる。異論はあるか?」 「………………ない」  と言いつつも、不満そうなエルレイド。  ミーティスは気づかないフリをした。  セレスティアが口を開く。 「結局のところ、こっちの情報が少なすぎるってこと。迂闊に動くわけには行かないけど……洗争がいつ行われるかもわからないんだし、入れ違いだけは避けたいでしょ?」 「……つまり、明日出発ですか?」  エルレイドが思考し、答えを導き出した。  セレスティアが冷淡な声色で、告げた。 「明日、【大光使 セレスティア】【生贄天使 フレイア】【|天使巫女(エレクサ) レイシア】【神の代行者 エルレイド】は、『罪亡き人』である【断罪執行者】との交渉を行うことを決定します」  表情一転。  エルレイドの片腕に自らの両腕を絡ませたセレスティアは、満面の笑みで言っ た。 「今日一日はずっといっしょだよ♪ きゃ〜、嬉しいな〜」 「……」  エルレイドは困ったような、嬉しいような、絶句したような、呆れたような、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。 「【死海】の索敵を早急に。【物影】の数と【旗艦戦闘員】の数を揃えろ。 部隊構成は通常通りに」  大規模区域【旗艦】の最新鋭指揮会議室。  黒い液晶モニターがいくつも埋め込まれた壁に対峙する者のほとんどは、手元に広がるマスの連なりに手を這わせていた。  彼らに指示を送るのは『帝王』と呼ばれる銃神。  その腰に吊り下げられた長身の銃剣は、蒼く鈍く輝いていた。 「【エクスウェポン】の使い心地はいかがですか?」  銃神に相応しき神器を創造した、【作成者】の異名を持つ――マリオル。  貼り付けた笑みが途絶えることはなかった。 「マリオル。君は賢い人間だ。 【|冒険団(ギルド)】と【旗艦】を相手に、中立な立場でいられる凄さを持ち合わせている。 我々は、君の資質を利用させてほしいのだよ。 崩れかけた均衡を直す、対価を頂こうか。 【エンジェルハロゥ】をあちら側へ渡した、崩れた均衡をもどす一手をね」 「……【エンジェルハロゥ】の裏が【エクスウェポン】だと思うがね?」 「アレにはそれ以上の力が秘められている。 なぁに……少し、大きさが違うだけだ。活動性質はひとつ。ただ器が大きいだけでね」 「……超科学凝縮殺戮兵器・時空歪曲極太粒子弾発射用・無重力安定装置及び絶対命中精密射撃用超倍率スコープ付遠距離大型狙撃砲【クビア】か?」  『帝王』はマリオルの、追い詰められたかのような表情を鼻で笑った。 「それ以上。空間の創造破壊自由束縛を司る【風の神説】ごと、すべてを破壊できるような力だよ。 まあ、グレードアップというところか」 「【クビア】を超える……それは核以上か、制御障壁で補える力なのか?」 「ああ、【サチュラ】を移植すれば容易い。 名は――【イージス】」  情報群が二人を包んだ。  まるで隔離された世界かのように、孤立する。  『帝王』は不敵に笑い、マリオルは青ざめた。 「……我々の側には更なる力がある。『大罪の物影』を超えた『超』の力が。 ヨルムンガルド型『物影』は更なる生命を七つ従わせた。あいつは結構使える」 「場は固められつつあるということか……」 「それでも足りることはないさ。だが、必ずこちらが真の勝利を掴みとる。 洗争も、そのための陽動でしかない」 「いくつの生命が散ることも、構わぬと?」 「構わぬさ」  『帝王』は片手を掲げた。 「私は『狂者』だ。私の意見をわからぬ者がいるのは当たり前だろう。 それで構わない。私の意志に従うものはそうしろ。私は――私で勝手にするだけだ。 足並を乱す? 崩壊への足並など揃える必要はないだろう。 私は悪者にでもなろう。認めよう、私が悪だと。故に――勝手にしたとしても、罰せられるものではないだろう?」  『帝王』が拳を突き上げた。 「宣言する。抗って抗って抗って、どんなことをしてでも≪神の決定≫から逃れると。 我と意志を同じくする者は――前進することを誓え。戦士であることを誓え。悪であることを誓え!!」  賛歌が響く。  突き上げられた拳の数は両手で数えられないほどに。  マリオルが目を細めた。 「『理解』の概念を……闇関係は幻概念が得意でしたね」 「だが、君は俺たちに手を貸すしかない。いや、君と君の息子は、【イージス】を造るしかない」  文字情報がある形に蠢き始める。  それは何とも形容できない何角形の図形になると、着色が施された。  一瞬。  それは人顔となって静止する。 「……レイシアが愛しいのならば、な。マリオル、君は賢い。だというのに、間違いを犯した。 恋は盲目と言う言葉をしっているかね? それと同じだ。これ以上は言わん。 だが――」  『帝王』の片手が、人顔へと伸びる。  そのまま五指が開かれ、すぐに拳を作った。  人顔が一瞬にして細かな粒子となる。 「――わかったかな?」 「……」  マリオルは目を伏せた。  だが、すぐに『帝王』をまっすぐと見ると、覇気なく呟く。 「……作ればいいんだな?」  『帝王』はひどく残酷な笑みを浮かべた。