【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE06:これより、語る(第32部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  11605文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  不味い。  人間の食う物を、自分なりに努力して調理というものをしてみたが、あいつみたいな旨い物にはならなかった。  捨てることは簡単だが、あいつが許さないだろう。  なら、捨てずに食いきる。 「……隠し味とかいうやつが、駄目だったか」  あいつは引込思案なところもあるが、自己主張ははっきりとしてくれるやつだ。  料理にも自信があるらしく、いつもいつも旨い料理を作ってくれる。  人間でいう世辞っていう言葉も不必要だ。  自分の料理は、世辞っていうのを使っても旨いとは言えない。  よし、不必要が突き通せそうだ。  で、前にだが、あいつに聞いたことがあった。  なんでこんな旨いんだ――俺が尋ねると。  ちょっぴり隠し味を入れてるんですよ――あいつが答えた。 「ちょっぴり……?」  俺は眉を潜める。  不味い理由がわかった。そうか、ちょっぴりか――  足元に転がっている瓶を、もやもやとした気持ちで見つめた。  残したら食べ物さんの罰が当たっちゃうんだよ、といっているあいつのために、なんとか食いきっておこう。  ――やはり、不味い。  あいつの料理がとても愛しいものに感じられた。 「ただいまー」  ビクンと震えた。  おもしろいくらいにビクンと、電撃が俺の中を駆け巡ってしまった。  結構痛みに似たものが――などと考えている暇はない。  すぐに、あいつは現れた。  腰にまで伸びた艶やかな黒髪、結構手入れをしているらしい。  俺の、尖ったままの銀髪もあいつが手入れしてくれている。  髪が硬度を保っているのはきっとあいつの魔法だろうと、思っているのだが。  そうだ、きっとそうなんだ。だから、料理もあいつのほうが上手いんだ。そうに違いない。  そんな風に俺は……ええと……あ〜……げ、ゲンジツトウヒとやらをした。  あいつは怒ることも、ため息を吐くことなく―― 「あらら、すぐに片付けないとね♪」  ――いつもどおり、そんなことを言ってさくさくとゴミを手に取り始めた。  俺は不味い料理を体内へ押し込み、足に力を入れ、一歩であいつの傍まで行き、身を低め、あいつの手が何かを掴むよりはやく、白く細い腕を掴んだ。 「あ〜……その、あれだ。ガラスとか割れてて危ないから、どっか行ってろ」  落ちている物のほとんどが、鬱憤を晴らす生贄となったガラス瓶の破片。 「それと……散らかして、悪かった」  怒られないからこそ。  あいつは溜め込む。感情すべてを表に出さず、理解ある奴を気取ってる。  自覚はないらしいから、テンネンってやつか。  とにかく、怒られない分もやもやする。キリキリする。  破片を鷲掴みしていき、手が切れるのを今回の罰だと自分で決めた。  ……結構痛いな。 「ほらほら、チリトリと箒持ってきたよ?」  いつもいつも俺のペースを狂わせてしまうあいつが、またやってしまった。  俺を軽く押しのけて、手近にあった破片を片付けてしまう。 「ヒオ、止めるな。これは俺が俺自身に科した――」 「あ、【科した】なんて難しい言葉使えるようになったんだ〜、偉い偉い♪」 「お、おう……」  ヒオが嬉しそうに微笑むのを見ると、たまらなく幸せだ。  ………………。  …………。  ……。 「アッ!?」  という間にヒオが掃除を終えていた。  一ミリも動かず悶絶していた俺は、辺りを見回す。  完璧――それはこういうことをいうのだろう。  勉強になる。 「……どうしたの?」  小首を傾げたヒオ。  その手には、出来上がったばかりでほっかほかの料理が盛られた皿が。  俺を覗き込むヒオが、とてもとても可愛らしくて俺は灰になりそうだ。  ……萌とは、こういうことをいうのか。  邪魔物が掃いて除け終えられた、ほとんどが岩でできたこの部屋。  キッチンと呼ばれる、食材を料理という美味物に変えるための術場だけは最高品を揃えた。  もっとも、俺にそれらの価値はわからないため、ヒオが買ったのだが。  『うさみん』とやらが布に押し込められた術具のひとつを着ているヒオも、萌だ。  魔法使いとやらが魔法具を使ったりローブを纏ったりしているのと同じだと思うのだが……ヒオは首を傾げていたっけか。 「いや、なんでもない。なんでもないんだが……すまん。ソウジなどという『料理』の後片付けをさせてしまって」 「いいんだよ♪ でも、悲しいことがひとつあったかなぁ」  俺は悲しいという単語が嫌いだ。  俺が好きな単語の反対なるもので、その単語はヒオが泣いたりするときのことを言う。  思わず震え上がってしまうが、意識をかき集めてヒオをみた。  特に泣きそうな雰囲気とやらはないが、ヒオは表にだしたりしないやつだ。俺がまだ未熟なだけなのかもしれない。  ヒオはグッと俺に近づき、鼻と鼻が触れそうな位置で―― 「ラオウのご飯食べたかった!」 「………………は?」 「食べたかった食べたかった食べたかった!!」  ヒオ、駄々っ子モード。  命名俺、またの名をラオウ。  不満そうに非難してくるヒオ。  それでも、あの味をヒオに与えるわけにはいかない。  あれは失敗作だ。  教訓。料理とやらは魔法術式構成系統の実力とは別物で、失敗率が高い。  適応していない俺も、まだまだだ。  そう考えるとやっぱりヒオは凄い。超えられない壁だ。もっとも、超えるつもりもないが。 「………………む〜〜」 「ヒオの料理が一番旨い。これからも頼むぞ」 「………………む、む〜」  ちょっとはにかみそうになり、すぐに持ち直したヒオ。  俺は困ったな、と考える。  途端、それが顔に滲み出ていたのか、ヒオが唸るのをやめた。 「機嫌悪くしちゃだめだよ?」  ヒオが心配そうに俺の様子を伺う。  俺はコクリと頷いて、料理にかぶりついた。  タマゴとかいう、温度向上因子を投与されると固形と化す不思議な生贄材料で、いろいろと調理という術を施したコメを包んだ【オムライス】とかいう料理。  タマゴの膜から出てしまったコメは食いにくそうなので、できるだけはみ出させないようにして食っていく。  ――やはり、美味だ。  ヒオは凄い。  超えようと思ったことはないが、絶対に越えられはしないだろう。 「……おいしい?」  黙りこくっている俺を覗き込んだヒオ。  どうやら、俺を萌やそうとしているようだ。  ………………。  萌えの五段活用はあっただろうか。  まあいい、俺を悶えさせようとしている。に訂正しておこう。  俺はさらにもう一口かじりし、広がる美味を貪った。 「……デリーシャス。美味でございますぅ。最高だっ。ウルトラ級の旨さだぜっ」  とりあえず、賞賛とやらに値しそうな言葉を並べてみる。  それでも上手く伝わらない気がしたので、ヒオの柔らかな髪に手を乗せた。  ヒオは背の低さに涙していたことがあった。俺としては、拳ひとつ分離れている今のほうが撫でやすい。  撫でやすくて、良い。 「……これからもがんばって美味しい料理作るね♪」  それは困った。  これ以上旨くなられたら、良い意味での殺人兵器になってしまう。  被害者は俺だけであることを望む。  髪と同じ、シンジュと呼ばれる宝石類に似てクリッとしたヒオの瞳が、にっこりと細められる。  ヒオに萌ているときがたまらなく幸せだ。  ………………。  …………。  ……。  っと、いかんいかん。  今日は客人が来る。ヒオの友人だから故に、これ以上悶絶するわけにはいかない。 「ヒオ。そろそろ片付けをして、出かけようか」 「うん♪」  俺が言うよりも早く片づけを始めている辺り、イシンデン……。  ………………チン?  違う違う。イシンデンシンで、以心伝心。  まだまだ未熟者の俺。 「さぁて――久しぶりに、【大聖】が轟く」  この巨大洞窟も持つのかどうか。  まあ、衝撃飽和術式は三重にも巡らせてある。幾分か開放箇所を制限していけば耐えられるだろう。  曖昧矛盾箇所の克服は不可能と断定した。やはり、制御障壁のために|主核(ディエル)を使役させておいて正解だったようだ。 「客人に……手厚い歓迎を、してやろうか」  奴等の知りたき事実を我等は知り。  求められるが故に、我等は上の立場であり。  知るが故に、恐怖と絶望の元に無知となっている。  いや、違うか。 「抗えぬ【神の決定】は、絶対だからか」  我等に抗う意思を持たせぬ、管理者である神の意図――世界の命令、てもいったところか。  くだらない。くだらなさすぎる。  世界はヒオの萌がどんなに素晴らしいかを知らない愚者のようだ。消滅するというのなら、ヒオ信者第一号としてどうにかしなければならない。  ……気に入ればの話だがな。  ヒオの話ではない。ヒオを気に入らぬ者に存在価値はない。  気に入れば。といったのは、これからくる客人のことだ。  人は変わる。俺に関しては、ヒオがいる限り変わることはない。というより、丸くなっていくだろう。次第に溶けるんじゃないだろうか。  とにかく、友人といえど変わってしまうこともある。我等を利用――手駒にしようとするのなら、世界ごと壊しても良い。  どうせならそのまま新世界を創造してしまおうか。ヒオの下に全員がひれ伏す。絶対に争いは起きないだろう 「夢は広がる……」  未来予想図をさらに広げたいのは山々だが、今は目の前のことを片付けてヒオと過ごす明日を確保することにしようか。  俺は立ち上がった。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜 「『罪亡き人』には【自然干渉型】と【物理干渉型】がある……ってことでいいんですよね?」 「ああ、『罪亡き人』というのは『物影』の三段階目で、自我があるんだよ。 『大罪の物影』でも意思を持つのはいるけど、『罪亡き人』は完全に自我があって、学習も交流もする」  レイの足らぬ知識に、エルがやんわりと詳細を付け足す。  共にいるセレスティアとフレイアは、レイに重度の好意をもってべたべたとくっついていた。 「お姉ちゃんもいいけど、妹がほしかったんだよねぇ……」 「可愛い可愛い女の子にいろいろ着せたかったのぉ……」  セレスティアとフレイアが、うっとりとしてレイに頬擦りしている。  エルは苦笑いを浮かべて肩を竦めた。 「で、『罪亡き人』は少ないんだ。でも、交流できたら不可侵契約やこの世界の共存共栄ができうかもしれない。 僕が知っている『罪亡き人』は【自然干渉型】で【断罪執行者】って呼ばれてたりするんだ」  エルは思い出すように目を細める。  四人の歩むは、黒岩の織り成す地獄への階段。  一歩ごとに、光が失われ。  一歩ごとに、絶望と憎悪へと近づき。  一歩ごとに、人から心という理性が失われ。  それでもこの四人は眉ひとつ顰めず、隔離された空間にいるかのように明るい笑みを絶やすことがなかった。  すでに、常人の域にない存在達。  唐突に、セレスティアが足を止めた。  二歩ほど先を行ったところで、フレイアとレイが立ち止まる。  セレスティアの隣にはエルが。 「……この配分でいいか、ちょうどだし」  セレスティアがフレイアとレイをみて、言う。  エルが片手を横へ突き出した。  途端――世界が軋みあがる。  耳を押さえたくなる金きり音。世界は割れた。  狭間からは轟音を纏った水が、セレスティアとエル、フレイアとレイの間へ割り込むように噴出す。  フレイアがレイを抱え、跳躍する。  宙を駆けるフレイアは即座に羽を顕現させるが――術中から逃れることはできず。  突然広がった紫の波紋にフレイアとレイはぶつかり、そのまま飲み込まれ、音もなく消えた。  セレスティアとエルは動揺もせず、目の前に広がった波紋へと一歩を踏み出す。  両端が歪に蠢き、二人の背後へ回る。  二人の八方を塞ぎ、そのまま収縮し――消えた。  そして、物語の舞台は。  フレイアはレイを抱えなおし、羽の飛行速度をあげた。  下には、無限に広がる漆黒。  八方もそれと同じく、上空には光熱によるものなのか、少々ほど紫だ。  妙な空虚感が、この空間では得られる。 「別にいりませんけどね……」  フレイアはさらに地形分析をする。  ところどころには、無限といった下から伸びたのであろう足場といえる棒が立っていた。  定義できることはひとつ。  ――異質空間。  これほどに大規模で、原型を嘘とした無に近い空間を、フレイアは見たことがない。  抜け出す方法にはふたつある。  この空間には許容量というものがあり、それを超える力を発すること。  もうひとつは、必ずどこかに隠されている≪曖昧なところ≫から、空間を崩壊させる。  前者は、フレイアの魔力を超える可能性もあり、すぐ傍にいるレイが耐えられるとも限らない。  後者は後者で、大規模すぎるこの空間では不可能に近い。  フレイアは唸ろうとして、レイに見上げられていることを知った。  数瞬―― 「………………あぅ」  フレイアは不自然な喘ぎ声を漏らして、レイへと頬擦りする。  その表情が嬉々としていたのは、本人すらも気づいていない。  訳もわからず身を任せていたレイの瞳に、空間の変化が映った。  唐突に、音もなく、まるで最初からそこにあったかのように。  ――空間には、人よりもずっと大きな紫の水玉が、ゆらゆらと浮遊していた。  フレイアは即座に飛行速度を緩める。 『こんにちは、客人様達』  音源はひとつの棒から。  いや、ひとつの棒に自然と立っている、少女から。  黒髪の黒さと、肌の白さが、お互いを高めあっている。  髪よりかは明度のある黒に、いろいろなマークの縫われた服は、レイの記憶にないものだった。  上半身と下半身を分けている服ではなく、まるでひとつの布を着ているかのような。 『これより――品定めを、させていただきます』  水玉が蠢いた。  フレイアは即座に弾丸となる。  水玉と水玉の間を躊躇の時間なく駆けていき、棒ぎりぎりを掠って少女へと距離を詰める。  一瞬、フレイアが構えた|双剣(・・)が振り上げられる。  少女は落ちることも考えることなく、斬撃を避けるために身を投げ出した。  だが、不自然に速く少女の体勢が数秒前へともどる。  そして、フレイアへと片手を向けた。 『バブルスパイラル』  紫に歪んだ天空より降り注ぐ、数本の蒼い煌き。  咄嗟にフレイアの掲げた翼剣によって、そのすべてが防がれた。  だが、フレイアの身体は弾かれるようにして少女から離される。  それは少女の意図であり――フレイアの術中。  少女へと伸びる、虹色の、光の羅列。  その源であるレイは、フレイアが掠っていた棒のひとつに身を低くして座っていた。  |至高の極光(リヴァヴィウサー)  だが、少女の反応は早かった。  アクションはなく、ただ意思のみですべてを自在とする。  少女の壁となる、水の並列。 『ネレイ』  その大洪水にぶち当たった断罪の光は、大洪水全土へと侵蝕し、雫とした。  それはレイの右腕に展開する花の一部となって、花とともに消失する。  少女は小さく呟いた。  殺気も何もない、ただ決められた文句であるその一文を、読み上げる。 「≪これより、語る≫」  エルとセレスティアは、フレイアとレイがいる異質空間と同じような地形にいた。  完全に安定して、エルとセレスティアは棒の上に立っている。 「ん〜……久しぶりだね、ラオウ」  エルの視界で、いくつかの棒が破砕された。  黒い影が飛来する。  エルはその場から大きく跳んだ。  黒い影がエルの真下を駆け抜ける。  そのとき、黒い影が身を捻り―― 『………………』  身体の大きさに似合わない、人二人分よりも大きな片腕が、エルへと拳を振り上げた。  突然の顕現――エルは動揺しない。  神速の域に達した蹴撃が、伸ばされた巨腕を叩いた。  反動で僅かに勢いを得たエルの身体は、ひとつの棒に着地する。  黒い影は周りに棒も何もない場所で、重力に囚われ――落ち始めた。  だが、黒い影は動じていない。  一瞬――巨腕が消え去った。  そして、更なる奇怪が顕現する。  黒い影に一番近い棒に、巨腕よりも長く大きな巨脚が足をかけた。  そのまま折れ曲がり、黒い影が落下から逃れる。  棒が軋みをあげて壊れるよりはやくその顕現も終わり、黒い影はゆっくりと落ちて巨脚のかかっていた棒に着地した。  そのときには、もう黒い影などではなく――しっかりと、見えている。  針山のような銀髪、紅い目、エルよりも頭ひとつ分低い背。 『……よう、【神の代行者】』  着込んでいるジャケットに開いた大きなポケットへと両手を深く突っ込み、不敵な笑みを浮かべて言ったラオウ。  エルは小さく、微笑を返した。  世界に滝が落ちる。 『ネレイ』  少女の呟きをもみ消すように、滝の轟音が聴覚を麻痺させるほどの音量と覇気を持って響き渡った。  フレイアは飛ぶ。  六枚羽は大きく羽ばたき、滝の影響外へとフレイアを叩き出す。  だが、滝は唐突にその姿を変えた。  地へと落ちるはずだった水が、捻るようにして曲線を描く。  新たな射線にフレイアはいない。  だが、フレイアが飛行速度を弱めるより早く――フレイアと滝の距離がゼロとなった。  水流に打ち付けられた片腕が、強制的に滝から弾き出される。  胸の前で流れる滝に恐怖を抱いたフレイアは、ほっと息を漏らした。  水玉のすべてが、フレイアの飛行を邪魔するようにゆっくりと宙を移動している。  フレイアは目を細めて少女を見た。  少女の周りで自然にできていく水玉。その数も大きさも、|主核(ゴスペル)の生み出す炎と同等。 「【自然干渉型】の特性で自然干渉、水蒸気を圧縮し水を作り、|主核(エア)の特性である空間操作で作った水を行使――水自体の硬度や形態誘導には|主核(アリス)を利用してるんですね」  |主核(ゴスペル)は攻撃因子の摩擦が炎のように見えるだけで、所詮は攻撃因子の群でしかない。|主核(ヴォルト)もこれに属する。無数という有利を持つが故、超攻撃型や特攻と呼ばれることもある概念だ。  それに対して|主核(アリス)や|主核(ディエル)は元々ある物に何らかの情報を取り込ませる――飲み水の吸水力を高くしたり、掘れるはずの土に強固の情報を取り込ませて掘れなくしたり――という、支援概念でしかない。  |主核(エア)はそれらとはもっと別の、応用の幅が極端に広いものとされている。  |主核(ノヴァ)や|主核(ヴェノム)に近い必殺型の大技も放てることで、つまりは使用者の使い方次第という冒険者(プレイヤー)に多用されやすい概念だ。  その程度の知識は持ち合わせているフレイアは、すぐさま|主核(チャンネル)の特性から奇怪芸当のタネを明かすことができる。  少女に変化はない。  フレイアは翼剣を左右へと構え、羽ばたいた。  六枚羽からは桜色をした光が強く噴出する。  残像の尾を引いて、少女へと距離を詰めようとするが――水玉はそれを超える動きと規模をもってして、障害となった。 『|主核(アリス)偽現開放術式構成詠唱……』  少女の片手がフレイアへと伸ばされる。  フレイアの眼前に水の壁が迫るが、神速の一撃によって切り裂かれた。  水玉の破片を避け通り、フレイアが少女の目の前に達する。  剣が薙がれ、斬撃が少女に達しようとして―― 『【偽現】イリーガルカレント』  すべてが、力と咆哮の前に叩き伏せられた。  水の神にして、怒りの威厳を共にした青き水竜。  その生き様は水にあらず。  そうであっても、その全てが顕現されたわけではなく、幻と実体の境にある水竜は頭部と永遠に伸びる水の首だけで、己に敵意を向ける者に牙を剥こうとしている。  【偽現】の瞬間弾き飛ばされたフレイアは今も落下し続けて、加速に加速を重ねていた。  下に落ち続けていると、唐突に羽が光を取り戻す。  身体を捻り回転して上昇の射線についたフレイアは、水竜を見た。  翼剣が光を纏って、六枚羽へと舞い戻る。  これで、フレイアを駆けさせる翼は八枚となった。  少女は片手を振り下ろした。  水竜が宙を踊る。  フレイアは追尾してくる水竜の速度をぎりぎりで上回り、距離を開けていった。  水竜の動きに変化が起こる。  竜の追撃であるかのように、竜を包むようにして追いついてきた風の渦。  ついにその風は、距離を開けて飛んでいるフレイアの目の前で――水竜の一部となった。  唐突に、保たれていた戦局が一気に変化する。  唸りをあげた水竜は空気を裂いてフレイアに追いつくと、フレイアの身へとかぶりついた。  フレイアは片目を閉じて歯を食いしばると、身を反らす。  八枚羽が水竜へと向き、先ほどよりも激しく光を噴出した。  水竜の身が削れ、フレイアに食い込んでいた水が無力へともどる。  零れ落ちる水もなくなり、水竜の頭部はすぐに復元された。  蒼い光の渦巻く水竜の前で、フレイアは肩を上下させて荒く呼吸する。 「はぁ……はぁ……はぁ…………」  傷口を押さえる手に、血痕はない。  すでに傷口は、緑にも青にも黄色にも見える光のパズルが修復を始めており、瞬く間に元の状態へと組み替えられた。 「私たち【旧世界の英雄】は……結構凄いことができるんですよ?」  フレイアはしっかりと言葉を口にする。  八枚羽からふたつが取り除かれ、フレイアの手に握られた。  翼剣を握る手にも、小さく浮かべる不敵な笑みにも、余裕が溢れている。  まるで、先ほど付けられたダメージがなくなったかのように――すべてが、しっかりと補われていた。  その瞳が、ゆっくりと水竜から少女へと向けられる。  小さく、口が動いた。  その言葉を少女へと伝えたのは――少女の背後。 「チェック……メイト」  少女の背に、紅き極光の花を装着したレイの右腕が向けられていた。 『とりあえず、俺から言えることはひとつだ』  ラオウは言った。  力強く、拳を突き上げて、高らかに、恥じることなく。 『ヒオ様、バンザァァァァァァイ!!』 「久しぶりの挨拶の次にはそれか……変わらないねラオウ。いや、ちょっと丸くなったかな?」 『いや、もう蕩けてきてしまったぞ!』  エルの苦笑いが色濃くなっていく。  ラオウは不敵な笑みを強くし、ふっと消した。 『審判者は失望した。そちらの無知にして無力の歩みに』  エルは目の色を変える。 「知らぬが故に、世界の終わりを知るあなた方に面会にきた。 【神の代行者】は問おう。敵は罪か。それとも誤りか」 『………………』  ラオウは両腕を伸ばした。 『笑止!!』  そして、跳ぶ。  巨脚の顕現にて一瞬よりも早くエルの背後へと移動したラオウは、片腕をエルへ向けた。  そして、巨腕が顕現しようとする。  だが、その側面を強い打撃が襲い、射線がずれた。  エルの真横を巨腕が伸びる。  巨腕を叩いたのは、巫女装束を纏った大光使――セレスティア。  蒼く透き通った瞳がラオウを睨む。  ラオウは身を反らし、捻った。  巨脚の消えた両足が、セレスティアを吹き飛ばす。  辛うじて両腕で防いだセレスティア。宙を弾丸のように飛ぶ彼女に追いつき、抱きとめたのは――エル。  無造作に立っている棒の側面を蹴って上へ上へと上がり、ひとつの棒の頂点へと着地した。  セレスティアをそこへ座らせると、エルはもう一度跳んだ。  エルの戦場は、地だけではない。  立ち並ぶ棒を蹴るエルに、地形の危険は無意味かのようで。  エルは片手を引いた。 「≪我が手に有れ≫」  顕現されるは五重もの猟犬。  色とりどりの牙がラオウへと迫る。  『カラミティ・メーカー』がエルの手で鈍く光っていた。  目に見える差をもって打ち出された弾丸は、ぎりぎり連続といえる距離を持って空間を進行していく。  宙を切り裂いて進む猟犬へと、ラオウは落ちた。  二瞬――巨腕と化した両腕にすべてが薙がれる。  ラオウはそのままひとつの棒を掴むと、その周りを回転し、そのエネルギーをもってエルへと跳んだ。  それも一瞬。  エルは三度猟犬を解き放ち、『カラミティ・メーカー』を還した。  ラオウはわかっていた。  次にエルがするであろう行動を。  故に、そのアクションを超える速さを欲した。  巨腕の根元で、茶とも黒ともとれる曖昧な色が渦を巻いている。  それから伸びる尾が、一気に長くなった。  絶対に見ることができなかったであろう。その進行。  なぜならば、巨脚までもが顕現したからだ。  近くにあった棒へと足を向けており、巨腕顕現への距離が足りなかった。  故に、足らぬ距離分ラオウは前へと押し出された。  ラオウの片腕の巨腕が、目の前に迫ってくる猟犬を一網打尽にする。  即座に、残ったもう片腕がエルへと伸びた。  足りないはずのない、距離。  それは巨腕となることで埋められる。  吹き飛ばされる未来を突きつけられたエル。だが、その未来はすぐに回避された。 「『紅桜』――【偽現】」  なぜならば、すべてが霧となったからだ。  ラオウの視界にあるものすべてが、霧となって消滅していく。  声だけが響いた。 「【偽現】マーブル・ファンタズム」  その声がエルのものだと気づいたラオウ。  そして――咲いた。  ラオウを魅了し、無力とする一輪の花。  流れる銀髪、ラオウに微笑みかける紅き瞳、白すぎる肌。  瞳と同じ色をしたドレスが、花の動作一つ一つを追って舞を踊る。  そして、ラオウが弾けた。  ラオウの視界がその花に埋め尽くされ、思考回路も同様となり、脳裏すらも――  そして、ラオウは意識を霧散させることとなった。  少女に身動ぎがほとんど必要ないことを、レイは失念していた。  それはすぐに明るみにでる。  レイの左右から五指のようなものを開く水玉。  レイは躊躇した。どれをターゲットにするかを。  少女を吸収するということを考えていないが故に。  少女は身を翻す。  同時に、バチリと解き放たれた桃色の扇がレイを吹き飛ばした。  少女は扇を下へ向ける。 『ネレイ』  何度目かになるその呟きに、滝という形容から超えた水量が空間に溢れた。  あえて例えるならば――湖が落ちてくる、という感じだろう。  レイが対応できる範囲を軽く超えていた。  レイが立つ『エンジェルハロゥ』は静止を続ける。  フレイアはレイと少女のどちらに詰め寄るか躊躇し、レイの瞳を見た。  同時に、駆ける。  少女へと、一直線に。  レイは右腕を大きく掲げた。  迫る水のどれでもなく、何もない上へと。  右腕を押さえるように左手で掴み、展開した。  機械仕掛けの薔薇――生きとし生ける薔薇を、レイは見たことがある。  故に、レイの想像は薔薇という形態を引き当てた。  そのまま、薔薇の中心へと虹の珠が渦巻く。  渦巻きは高速となり、光速と化し、神速を超え――爆ぜる。  至高の極光(リヴァヴィウサー)  八方に連なる、虹の断片。  湖に飲み込まれると、水を作る原子ひとつひとつからをなくしていくかのような侵食が始まった。  無が一瞬ほど生まれては、周囲の空間と同調していく。  水のすべてがレイにたどり着くよりも先に消え、奇怪な団としてレイへと集まった。  薔薇が、その団を喰らっていく。  鼓動が空間を震え上がらせ、レイの身体には溢れんばかりの青い何かが纏われていった。  霧おように消えてしまうそうなレイの、発光する身体。  団のすべてが消えると、ゆっくりと両手を下した。  伏せられた目、少女へと向きを変えて――上げる。  その瞳は、レイのものとは異なっていた。  無感情にてすべてを定める絶対者のような、ノイズ混じりの眼光。  鈍い音の鼓動が宙を走り、少女を恐怖させた。  レイへと吸収された力は更なる増幅を試み、眩い光と化し――  空間を割った。  崩壊する予兆ともいえる亀裂が走る。  少女は飛び上がろうとし、その首元を翼剣に挟まれた。  フレイアと少女の目線が衝突する。  そして、その足元にあったものが。  背景の空間が割れ、消えてなくなる。  フレイアと少女は静止したまま、異質空間から放り出された。  新たな地面とは僅かに差があり、トンッと落ちる。  レイは盛大にこけ、尻餅をついていた。 「う〜……痛ぃ……」  フレイアと少女は、レイを一瞬だけ忘れることにする。  口を開いたのは、フレイアだった。 「……異質空間は、あなたの力を許容するためのもの。 この世界では使えない、ということですよね? なら、負けを認めてくれませんか?」  フレイアに押し当てられている扇。  少女は口を開いた。 「あなたは間違った真実を得ています。この世界で得た力が――この世界で使えぬはずがない。 あの空間は、あなたたちへの『ハンテ』ですよ」 「………………ハンテ?」  フレイアの代わりにレイが首を傾げた。  少女はキョトンと考え――慌てる。 「ええと、『ハンデ』です。うんうん」 「………………お馬鹿さん?」  フレイアの一言が少女を貫いた。  少女が硬直して、声を搾り出す。 「これでも……たくさんたくさん……勉強したんですよぉ…………」  懇願のようだとフレイアは思った。  レイは少女へと歩み寄り、じ〜っと見つめる。  少女も、じ〜とレイを凝視する。  唐突に言葉を交わし始めた。 「うぐぅ〜♪」 「ばぅっ♪」 「はにゅはにゅ♪」 「にゃううん♪」 「ぷぅにゃぁ♪」 「にゃぷぅっ!?」 「……何語?」  レイと少女は何らかの意思疎通をしているようだが、残念なことにフレイアには何も伝わらなかった。  少女から目を離したレイは、にっこりと微笑む。 「この娘(こ)は悪い娘(こ)じゃないから、離してあげて?」  フレイアはそれでも、手を下げない。  そんなフレイアの肩をポンッと叩く者がいた。  フレイアは弾かれるようにして振り向く。  フレイアを叩いたのは――エル。  エルは穏やかに微笑んだ。 「フレイア、離していいよ」 「………………はい」  フレイアは翼剣を下ろす。  エルは少女に近寄り、身を屈める。  そして、にっこりと微笑んで言った。 「久しぶり、ヒオ」  ヒオと呼ばれた少女は、ふにゃりとした笑みを返す。 「お久しぶりです。エル様♪」