【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE08:俺が鳥であり続けるために………………(第34部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  5606文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  『神々の砦』  そんな高出力・絶対出入不可能型完全防御障壁が三重にも張り巡らされた【神殿】。  その門前に歩み寄った『帝王』は、『神々の砦』に触れた。  完全なる拒絶――『帝王』の体自身が離れようとする。 「魔力出力を切ればいいが……面倒だ」  『帝王』は銃剣を構える。 そして、不敵な笑みで歪んだ口元を動かした。  紡ぐ、言葉。 「……≪御身在るが故に。我消えるがごとく≫」  そして。  『帝王』は――唐突にその場から消え去った。  炎が舞う。 「≪餌を喰らえ、おいしくな≫」  だが、その牙は目標に掠ることさえない。  地に亀裂が入った。  刃によって築かれる三つの痕跡、それはミーティスへと高速で迫る。  その進路上に割り込む美影。  その片手が、見えぬ相手を掴み取った。  痕跡の刻み手、アウルは、速度を糧に刃とも弾丸とも化す蛇。  止められるも一瞬。  肩口から伸びる生きた槍が、美影の片手を裂く。  力が緩む瞬間、アウルは己の片腕と同化した漆黒の槍を引き寄せた。  ために隙はない。  引き寄せると同時に、神速と化す槍の突撃が美影を襲う。  頬ぎりぎりを横切った槍。その衝撃は背後の地形を変化させた。  もちろん、ミーティスの足場をも。  若干の隙が生まれたのを見逃さず、アウルは肩口に生える槍をミーティスに振り上げた。  だが、それは意思なき神器≪光魂≫という鉄球によって進路を強引変更、まったく意味のない場所を切り裂くこととなる。  その間に立て直ったミーティスが、炎の波とともにアウルへと飛来した。  アウルの左胸が抉れ、焼き消される。  だが、その直後に瞬間完全再生した。  アウルの片手が、燃え盛る炎に包まれているキラーを掴む。  手が焼けることも気にせずに――アウルはニヤリと嘲笑った。  一閃。  ミーティスの肩口から血が流れ落ちる。  漆黒の槍は振り上げられ、追撃というかのように肩口から生えた槍が振り下ろされた。  だが、破壊球と化した光魂がアウルの身体をくの字に曲げ、叩き飛ばす。  間一髪――ミーティスは傷を片手で押さえた。  美影がミーティスの様子に気づき、片手をあげる。  すると、ミーティスの傷が蒼い光に包まれ、蠢くようにして塞がった。 「回復なら、言ってね♪」  美影はミーティスにウインクする。  ミーティスは苦笑を返し、口を開いた。 「アウルは、不死のようですね」 「不死なんて存在しない。あるとすれば――生命をいくつか持ってるってことか」  美影は人差し指を口に当て、思考する。  今一度立ち上がったアウルは、ゆっくりと槍を下に構え―― 「何回殺せるか、試してみよっか」 「ッ!?」  美影の一言と同時に吹き飛んだ。  思考していたはずの美影が、アウルに拳を叩き込んだのである。  先ほどまでアウルが立っていた場所には、拳を振り切った美影が。 「いち」  美影の呟きが響く。  吹き飛んだアウルは、すでに右胸に穴を開けていた。  だが、瞬時に塞がる。  それも予想済みというように、美影が指を鳴らした。  途端、アウルの八方に光の封殺剣が現れる。  アウルは今一度心臓を失った。  五体は血に塗れ、だらんとしている。 「にぃ」  だが、ピクリと指が動いた。  美影はさらに動く。  片手を空へとあげた。  すると、空に蒼い波紋が展開する。  それはまるで、波紋の中心へと光を集めているかのようで。  集光の照度が視覚範囲ぎりぎりになると同時に、落ちた。  アウルごと地面にクレーターができる。  未だ余韻を残して輝くクレーターを前に、美影は少し前と同じ表情で呟いた。 「さん」  静寂。  思考を取り戻しはじめた、ミーティスは美影へ声をかけようとし、止った。  クレーターの中心で、立ち上がる者がいたからだ。 「……お前、邪魔だな……」  アウルは呟き、笑う。  まるで、楽しい遊戯を思いついたかのように。 「――先に消しとくか」  アウルは弾丸と化す。  美影は飛んだ。  同じ高速。されどその域内での差は歴然。  美影のスピードはアウルを超えて、すでに距離を開けていた。  だが、美影は血を流す。  なぜか――ミーティスは見た。  人の丈ほどに伸びた、肩口に生える槍を。  その先には、血が滴っており。 「……やられた」  美影は呟いた。  アウルは嘲笑いを強くすると、今一度踏み出す。  美影はそれを避けるために跳ぶ。  そこへ、肩から伸びる槍の一撃が駆け、美影を襲った。  高速を超える、音速の一撃。  速度をも力の換算に加え、美影の負担とする。  それは、美影の片腕を持っていった。  歪に折れ曲がった美影の片腕――瞬きひとつの間に修復される。  アウルは舌打ちした。  埒が開かない。  それはアウルの側でもいえることで、美影の側でもいえることだ。  『帝王』がどんなアクションを起こすのか、本人しかわからないのだから。  美影とアウルは対峙し続ける。  にらみ合い、威嚇しあい、策を練り上げ―― 「【偽現】フュームヴェスタ」  火蓋は、炎で形成されし神龍が切って落とした。  咆哮。アウルの集中が少しながらかき乱される。  選択の躊躇。それも、人が察することができるかどうかの数コンマの躊躇。  その間にも神龍はアウルへの距離を詰める、神の速さを持っていた。  アウルはその場を退き、神龍の一撃を回避する。  その八方に、またもや封殺剣が召喚された。  一瞬にしてアウルは針山と化し、その生命を絶つ。  だが――片手が封殺剣に触れた。  ガクッと脱力した頭が少しだけ持ち上げられ、ニヒヒと嘲笑う。 「……復活速度が上がってる」  美影が呟いた。  封殺剣が一本一本抜き取られ、すべてが取り払われた時、アウルの傷はすでに完全回復している。  美影は言葉を紡いだ。 「≪は〜り千本飲っまっすっ≫」  炎の弾丸が生まれては分裂し、元の大きさまで成長してまた分裂する。  その無限ループが、アウルを包みこむほどの炎を生んだ。  言葉の紡ぎは続く。 「≪はぁりに火〜が〜灯っちゃえ〜ば〜≫」  炎ひとつひとつが膨れ上がる。  美影は最後を言い切った。 「≪火達磨の刑にっ変更だっ≫」  炎の弾丸は動き出す。  アウルをぶち抜くように、すべてが。  アウルの全身は一瞬で灰と化し、炎の衝撃で粉々となり、復活する兆しをも打ち滅ぼした。  滅ぼしに滅ぼしが重ねられ、極炎の柱が昇り立つ。  唐突に、煉獄は終わりを告げた。  炎柱は宙でシャボン玉のようになって割れ消える。  その下に立っている者はいない――はずだった。 「……これじゃ、本当に不老不死だねぇ」  美影の呟き。  空間を喰らうようにして出来上がっていく、人。 「『大罪の物影』を己とし……傍観の不死を得て舞台に上がったこの俺を、次元が許容する力で倒せると思うなよ……」  人は片腕を振り上げた。  異形の片腕は槍にして、知能ある猟犬。  予測できぬ軌跡を描いて、美影に喰いつく。  美影に隙が生まれた瞬間――アウルは神速の一歩で美影の目の前まで距離を詰めた。  勝利を確信した笑みに対し、浮かべられるのは屈託ない微笑み。  アウルは今一度弾き飛ばされた。  アウルの意識からはずされていた鉄球――光魂。  その一撃がアウルの心臓を叩き潰し、その五体を美影から引き剥がした。  美影は悩むように声をあげる。 「困ったな困ったなぁ……これじゃ力を温存できないよぉ」  勝利への算段ではなく、どれだけ消費を抑えるかの算段。  アウルのドス黒い炎は、さらに燃え上がった。 「こノ……おレをばかにスるんじゃ……ネぇ!!」  片腕となっていた漆黒が侵食する。  ドス黒い中で赤が蠢き、アウルの半身が漆黒と化した。  片目を作る白目と黒目すべてが宝石のごとき赤に変わる。  その姿はまさに『物影』でしかなかった。 「ちカらが……あばレる…………!?」  アウルは何かを吐き出そうとするかのように口を開け、身を折る。  美影は片足に力を込め、大跳躍した。  一瞬にしてアウルの傍に。 「『大罪の物影』が暴走活動してる……肉体との分離が始まってるのか」  美影は慎重にアウルを観察する。  その目は、アウルをモルモットとしか見ていない。 「こノ……女ァ!!」  アウルが片腕を振り上げた。  美影は落ち着いて口を開く。 「精神力が凄いってのはわかったけどさ、技術も何もないその一撃――受けると思ってる?」  アウルは気づいた。  己に――腕がないことを。 「ウオォォォォォおォォォォ……」  断末魔ともとれる叫び。  アウルは埋もれた。  『大罪の物影』という意思に。  同時に再生する腕は、鉄(くろがね)。  アウルの肉体の一部から侵食はさらに進み、全身を覆い、アウルの痕跡をなくし―― 「ダメです!!」  ひとつの叫びを聞いた。  声の主はアウルへと近づき、自らの手を押し当てる。 「独りぼっちは寂しいです! 寂しいのは、自分もつらくなりますし、周りもつらくなっちゃいます! だから――負けないでくださいっ」  主の名はレイシア。  今まで傍観の位置にいたミーティスが駆け出す。  だが、それを遮るようにして現れた者が五人いた。  全員マントで顔を隠している。 「……あんたら、何者だ。俺に楯突くなら――燃やす」  ミーティスの目はきつく細められてた。  キラーに纏わりつく炎も、活性化し始めている。  五人の内一人が、ミーティスの威嚇に答えた。 「俺じゃなくて、私にしておいてくれよ? ――といっても、無駄なんだろうけどさ」  マントのフード部分を脱ぐ。  それとともに現れたのは、苦笑いを浮かべるエルレイド。  ミーティスは目を丸くした。  残り四人も、マントのフードを脱ぐ。  セレスティア、フレイア、ラオウ、ヒオ……エルレイドが代表して口を開いた。 「向こうの転送装置からこの近くまで跳んできたんだ……洗争は始まっちゃったみたいだね」 「……ああ。つまりはそちらの二人はそういうことか」 「そういうこと、察してくれて助かるよ――それじゃ、もう少し傍観席に腰を下ろしてようか」  エルレイドは、静止しているレイシアとアウルを見て、言う。  ミーティスは訝しげにラオウとヒオを見た後、エルレイドと同じ方向を見た。 「あの二人は、今何を話してるんだ?」 「さあ? 僕が言えることは――表面上は、何も話してないってことかな」  エルレイドはまじめな様子でそう言い切った。  光の中に闇がある。  闇の中に光があるんじゃない。  闇の中には何があるのか。  ……混沌。  禍々しさの極みが渦巻く、秩序なき秩序。  渇望という本能の元に制御された闇。  俺はここに佇み続けることになるのか。  頭はスッキリとしていた。  このまま――ここにい続ければ、何も考えずに済むんじゃないかと思ってしまう。  目を閉じたくなった。  そのまま意識を手放せば、どれだけ飛べるのかと―― 『…………ダメ………………』  声が響く。伝わる声。混沌の中で声という純粋であり続け、意味すらも持ち合わせているアクション。  直接的に俺の意識に呼びかけるその声。失うことの喜びを噛み締めている俺、手放すことに安心を得ている俺に、歯痒さが溢れた。 『…………ダメだよぉ………………』  泣きそうな、女の子の声。  光。強すぎる光。希望であったとしても、強すぎるが故に焦す。  心を掻き毟られる。消える。俺が。オレガキエル―― 『…………自分のことを捨てちゃ、ダメだよぉ………………』  捨てるだと。  なぜダメなんだ。 「捨てることは鳥になることなんだぞ……」  飛べるんだ。  自由に飛べるんだ。  すべてを捨てれば、翼がもらえるんだ。  最高すぎるじゃないか。 『…………全部捨てちゃったら、飛んでも意味ないよぉ………………』  温かくなった。  息ができない。だけど温かい。  鼻に届く香は柔らかい。息を吸えた気がした。  最近は息が詰まっていた。  こけそうだった。こけないために、走り続けるしかなかった。周りなんて見ていなかった。  久しぶりに息を吸うと――満足感だけが溢れた。  走り続けるために細めていた目を開けると、いろんなものが見えて。  誰かに抱きしめられていることに、今になって気づいた。  孤独だと思っていた闇の中、泣きそうな誰かに抱きしめられていて。 『…………あなたの気持ち、『|天使巫女(エレクサ)』である私にはわからないけど、命を捨てちゃったら、楽しいことを楽しいって思えなくなって、おいしいものもおいしいって思えなくなるんだよ……だからダメだよ………………』  善い面だけを述べているだけだ。  世界には悪い面もある。ありすぎるほどに。  善い面を見ているだけでは、ただの馬鹿にしかなれない。 『悪い世界を正当化しちゃ………………ダメだよぉ…………悪いのは……絶対ダメ……』  悪い世界。  そうか、などと頷いてしまう。  世界はどちらもが真なのだ。  衰退している中で、他を蹴り落としてでも自らが助かろうとする面もある。  それの反対もあるということだ。  どちらが飲み込みやすいか―― 「俺は……まだ人の絆にすがりたいのか…………」  だが、気に食わなくもない。  偽悪でも偽善でもあってしまう、中途半端な俺。どちらかを選べるというわけだ。  偽悪は飲み込みやすい、上手く立ち回れる。  だが、この温かみに触れていると、そんなことどうでも良く感じてしまう。  この温かみがあれば、俺は―― 「………………頼む」  俺は抱きしめた。  己の抱える希望に、語りかける。 「俺が鳥であり続けるために………………傍にいさせてくれないか?」 『…………うん』  飛んだ。  今度こそ、本当に飛べた。  浮遊感、爽快感、自然と笑みをこぼした、久しぶりだった。  俺は、光の空へと飛び立ったんだ。  アウルを包む、異形の半身。  一瞬にして色あせ、自壊し始めていた。  ひび割れ、地へと落ちていく鉄(くろがね)。  レイシアはアウルの胸に手を添え続けた。 「………………ァァァァ」  アウルが呻き始める。  自壊の早さが増し、素肌が見え始め―― 「アアアアアア!」  一気に亀裂が入り、異形の塊が地面へと落ちた。  片腕を覆う鉄(くろがね)の半分以上がすべて取り払われ、服が無造作に破れているところからは肌色の腕が伸びることとなる。  傍観者である者のひとり、ヒオが呟いた。 「……『罪亡き人』になった、みたいだよ」  アウルが、レイシアの反対方向に倒れていく。  レイシアも、アウルとは反対側に。  傍観者総員が歩き出し、レイシアとアウルへの距離を詰めたとき――  闇とも光ともとれる虚空が、九人を飲み込んだ。