【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE09:貴様という存在を一番欲しているのは我々だ(第35部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  4432文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「………………あぇ?」  紫の鼓動が這う異次元物質でできた床に、七人の者が倒れていた。  その内の一人、闇の中でも輝きつづける金色の髪を地面で花咲かせていた少女が、眼を擦りながらぽけぽけと身を起こす。  床が唐突に途切れる先の闇を見て、その下を見下ろした少女。 「………………あれれ?」  床の下にも闇しか広がっていなかった。  床を支える何かがあるはずの真下に何もない、不可思議な空間。  少女は首を傾げた。  そのとき、六人がほとんど同時に呻き、身を起こす。  鳶色の目をした男性が辺りを見回して、つぶやいた。 「異質化した空間、か……」  それに答えたのは――空間自身。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜  闇。  光。  その両方を持ち合わせた、虚球。  空虚の外見の内は、どれほどの改変がなされているのか。 「まぁ、俺様には関係ないけどな……」  『帝王』なくして尚勢いを保つ黒の軍勢。  『女神』なくして尚勢いを保つ白の軍勢。  白が黒を圧倒する事実は、覆らなかった。  黒の軍勢に単身で殴りこむ、黒を超えた漆黒の存在。  その存在は純粋なる義を持ち合わせてはいない。  不純は、漆黒の存在がなす悪魔の偉業に自信と絶対と恐怖を付加させていた。 「カスどものちょっとした悪ふざけ――尻拭いの代償は、|生命(いのち)ってのはどうだ?」  漆黒の存在が生んだ結果は、殺戮には不似合いな効果音の羅列。  紫の|四角形(トラペジアム)が波紋のように展開し、消えた。  四角形(トラペジアム)の数は――無数。  意義は、殺戮を娯楽とするための効果のひとつ。  漆黒の存在を楽しませることが作意の、因子活動だった。  だが、威力ははっきりと勝敗を明確にする。  黒騎士の身が三バウンドで勢いを殺しきったその一撃。それを放ちだした存在は殺戮に悦楽を見出しし悪魔だった。 「カシム・ノーヴィス――俺様の名だ。神になる者の名くらいはおぼえときな、カスども」  カシムは片手を空へと向ける。  カシムを攻撃対象とする黒騎士と『物影』  瞬殺された者の倍以上がカシムへと牙を向いた。  『大罪の物影』が、真空を纏う金剛の一撃を繰り出す。  だが――カシムにとってそれらは、何の障害にもなり得ない。  グッと拳を握りこんだ。 「≪絶望すらも泣き喚く≫」  闇が満ちる。  カシムは悪魔となった。  攻撃因子は拳のみ。  描く弧は斬撃にして紅き誘いの恐怖。  不似合いな溜息が漏れた時――悪魔に牙を剥いた者すべてが倒れた。 「ククク……やっぱ《救会》は最高だ…………気兼ねなく殺しまくれる……」  高笑いの威圧が、風となった。  黒騎士よりも遥かにドス黒いカシム。  魔力の魔光が発せられているピアスを耳にぶら下げ、極光対策の簡易装備型伊達スコープ越しに目を怪しく細めた。  縁とガラスだけのそのスコープは、淡く黒い。  それに覆い隠されている瞳は、災悪の呪詛を宿しているが故に紅く輝いていた。 「ちっ……獲物の横取りかよ」  カシムは呟いた。  その真意を知るのはカシム自身と――  そのとき、風が巻き起こった。  微風が強風となり、竜巻となって目無き台風を形成する。  カシムは長い紫の髪を風に委ねながらも、一歩も揺るがなかった。 「またド派手にやるなぁ――ラミス・レミティッテンド」  風が退いた。  一帯の敵を圧倒し終えた痕跡が、カシムにありありと見せ付けられる。  風が回帰し始め、竜巻から一瞬にして大気へと戻った後には、一人の青年が残った。  カシムとは正反対に、正義を携えた蒼き|双装士(ウェポンツインテッド)。  小さく、呟いた。 「≪風の神歌が華開く≫」 「今頃条文読みとは……潔癖症の類か?」  カシムがその青年へと声をかける。  青年――ラミスは、カシムへと微笑んだ。 「いや、これからさ。俺(・)の|切札(アドヴァンスドウェポン)を披露するのはね」  そして、片手を上げた。  ラミスはカシムへと微笑む。 「なぁ。もし強そうなやつがいて、それと戦うことができたとしたら。カシムはどうする? 逃げることもできるぞ?」 「――答えは決まってる」  カシムは口元を歪め、叫んだ。 「勝ちに行く!!」  輝きを伴った風が巻き起こる。  それは不可思議な軌跡の回転を描き、カシムとラミスそれぞれを包み込み、球体となり、収縮し――  そして、二人は消えた。  空間の膨張。  いや、膨張に追いつけぬ空間自体の消滅。  端々が粉となって、音も無く、消失しはじめている。  空間削除という――罠(トラップ)。  エルは剣を構え、そう確信した。  空間とともに削除となれば、実力もなにもない。  消える数秒間だけは許容量というものが無限大数になる。器ですらなくなるからだろうかはわからない。  つまり、【偽現】を使っての空間許容を超越、空間破壊は不可能ということだ。  削除と破壊は違う。  削除は何らかの意図があってのことで、外から内に消える修正がある。つまり【無】が広がっているのだ。故に、逃げることができない。  破壊は内から外へ割れることで、他の近隣空間と直結されるという修正が施される形質(ルート)へ移行される。  同じ『空間崩壊』であっても、方向性がまったく逆なのだ。  故に強力な概念使い――『|冒険者(プレイヤー)』は強引な崩壊で異質空間から退避する。  その方法が使えないこの崩壊旋律は、確実に九人を追い詰めていた。  アウル、ミーティス、ラオウ、エルはその『無』を見つめ。  ヒオ、美影、フレイア、セレスティア、レイが策を練る。  思考回路を一番活動させているのは美影かセレスティアだが。 「……いきなり異質空間が落とせるってことは、俺やヒオと同族の奴等じゃないのか?」  ラオウが呟く。  異質空間を構成する方法はひとつだ。  世界の許容量を超える力を、超上停滞状態にすることだ。  一瞬の暴走ではなく、長期間空間を破壊してしまうほどの力を発する存在のみが、己だけの世界――異質空間を得られる。  それは《|生命の奇跡(ユグナ)》であったり、『罪亡き人』であったり、それ相応の宝具でしか成せない芸当。  ラオウは第二択の可能性を予測した。  第一択でこの崩壊現象はありえない上、まずその存在自体がない以上『意味のない』この空間は別派生といえる。  第三択を選択しなかったのは――ただ情報がないからだとエルは思った。  故に、ラオウの知らぬ情報を提示する。 「大規模区域、《|生命の奇跡(ユグナ)》を二つ掌握する『旗艦』は異質空間創造システムを手に入れている。 そして、【神殺し】も――俺たちに異質空間での奇襲を行ってきた」 「……【神殺し】はまだ在ったのか。予想外だ」  ラオウは純粋に驚いていた。  エルは影の差した表情で、頷く。  これで第二択と第三択の可能性が等しくなる。  情報があれば変動させられるが、そんな時間はない。  故に思考方向が変えられた。  もうひとつの手段を後衛の五人に提示しようと、エルが口を開く。  同時に動く者が二人――  美影。その片手は崩壊する世界を照らし上げる。  セレスティア。その両手は崩壊する世界の隅々へと己の目であり刃であり盾である矛(ほこ)盾(たて)の要塞・光結晶を放つ。  索敵、広範囲とは到底いえないであろう、全域の索敵。  答えの一点へと、フレイアが駆けた。  エルはその後へと続く。  フレイアが交差させるは、神秘に輝く翼剣。  その双剣が、ひとつの空を切った。  裂くように、切り開くように。  だが、それに抗いが付き纏う。  不可思議に押し留められた双剣は反発を得て弾かれた。  フレイアは下へと退く。  翼剣の別形態である飛行を意義とした六枚羽が花開き、フレイアを舞い戻らせた。  交代して【曖昧なところ】へと双魔剛剣を突き刺したエル。  火花が散り、拒みの力が剣を蝕むが、それを超える力にて――押し切られた。  バッと切り開かれた歪(ひずみ)へと、エルが消える。  レイを抱えて歪へと旋回したフレイアがその後へ続いた。  美影、アウル、ミーティス、ラオウ、ヒオ、セレスティアの順で歪へと飛び込んだ後――異質空間は完全崩壊する。  そして、その空間は音もなく消滅したのだった。  衰退の極みともいえるそれは……どこかの世界の、未来予想図であるかのようだと思ったのは、闇黒の中を前へと走り続けるエルのみ。  その後開けた世界は……  神の聖と静を受けし、正しき生に満ちし所。  足音が、照明器具もないというのに照らされ続ける左右の壁へと反響した。  上を見れば、外側へと丸みを帯びた天井が。  一直線の道を作るは、左右に位置する紅いクッションイスの連なり。  イスの群と群の間を歩く者がいた。  たった一人の人間――黒の軍勢を率いる『帝王』は、歩みを止めた。  教会と聖堂の集合体のといえる場所――足を止めた理由は、そこまで思考を行き着かせるため。  歩のリズムを取り戻し、奥へ奥へと進んでいく『帝王』。  再度、歩みは止った。  それは、歩む先がなかっただけのこと。  最奥の先には、木々の集いが織り成されていた。  それに防護されるかのように、抱擁されているは―― 「そうか……これが『神殿(ここ)』の《|生命の奇跡(ユグナ)》か」  言葉の発声に、微笑みが付きまとう。  『帝王』は己の牙といえる銃剣を、《|生命の奇跡(ユグナ)》へと向ける。 「彼らは……貴様に封じられた力を集める使命がある」  人差し指が引き金にかかった。 「そして――我々にも必要なのだ。今まさに迫り来る『神の決定』 それよりももっと大きな、全知全能神の存在を打ち倒すために。 貴様という存在を一番欲しているのは我々だ」  力が込められる。  圧縮収納されている弾丸のひとつが、銃剣先に具現しようとし――  即座に翻された。  その判断は正しい。ただ、反応速度だけが結果を変動させた。  瞬速による二撃。弾丸のその内のひとつに切られたのを目で追う間もなく『帝王』の銃剣が動き、残る一撃を防いだ。  速さの取り除かれた存在は人が捉えることのできる状態へと変化する。  双斬撃の主は人だった。  人は、鳶色の目をしていた。  その容姿に適合する人物を、『帝王』は一人しか知らない。  その名を――呟く。 「エルレイド……やはり君は、邪魔をするんだね」 「ああ……全部知った。お前が間違っていないのは正しい。 でも……消極的過ぎるんだよ」  剣が舞った。  それは『帝王』の許容範囲外の至高へ達した動き。鋭い、瞬きの撃が交錯する。  『帝王』は――血の雨を降らせた。  エルは己の目を疑った。  生と死が反転し、人から血塊へと変貌したはずのその物体。  それは仮定でしかなく、事実という現実は何も変わってはいなかったのだ。  心臓にぽっかりと穴を開け、一定のリズムで血を吐き続ける肉体のまま『帝王』は銃剣の柄を握り――潰す。  破砕音、床との衝突音。無造作に羅列する。  いつの間にか、『帝王』は別の――あまりにも異なりすぎる妖剣を逆手に握っていた。  エルはその剣を知っている。  遥か昔。旧世界が終り、新世界が始る狭間の時。エルは一度だけその剣を見ていた。  そして、『帝王』という器の中にある|誰か(・・)を見つめる。  目を驚愕に見開かせて。  青ざめるエルの前で、『帝王』は言う。 「第一振解放定義に沿って――復讐を開始する」  ……虚無の剣が、ひとつの鳴(なり)を奏であげた。