【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE10:私は犠牲を熟知してでも神に抗う(第36部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  4975文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  エルより少し遅れてこの場へと着いたフレイアとレイは、左へと流される。  翼剣をも取り込んだ八枚羽を強く羽ばたかせ、フレイアは流れに抗おうと試みる。  だが、抗えたのはあまりにも微塵な一瞬。  すぐさま真赤なイスの上に足をつけると、流れの勢いを利用して倒れこんだ。  瞬時に羽は消されたのか、折れることを免れている。  下敷きになったフレイアの身体にレイは埋りこんだ。  すぐさま起き上がろうとしたレイは、それより速く上半身を起こしたフレイアに背を押さえられる。  フレイアは見ていた。  レイの髪が、強い気流に引っ張られているのを。  身を起こしていればこの流れに飲まれていたことだろう。  フレイアは慎重にレイを横へとずらし、気流を確認させる。  レイの表情に不安が滲んだ。  フレイアはポンッポンッとレイの髪を叩き、思考する。  この場を知っているが故に、なぜここと繋がったのかを疑問に思ったのだ。  だがその思考は、気流の唐突な変化によって放棄せざるを得なくなる。  気流の変化。それは、目でわかることでも第六感で覚ることでもあり、負の予兆としかいいようがなかった。  色がないはずの気流。それが、黒く染め上げられたのだ。  そして、気流と思っていたものが気流でないことに気づく。  気流のようで気流でないものは――何から生まれたのか想像もできない斬撃群だった。  いや、ひとつの斬撃に今この瞬間結合したのだ。  それは闇ではない。  闇が光りはしないからだ。  そして、光ではない。  それは黒く、禍々しいからだ。  混沌という言葉に等しくも、それ以上の例えを要求したくなる。  爆発音とともに、その斬撃がイスの上部を削った。  爆発音の主が生んだものはそれだけではない。空間自体をぐらぐらと揺らすほどの影響力を瞬間的に放ったのだ。  ガラガラ……っという、何かが崩れる音がする。  フレイアは恐る恐る音の側へと顔を向けた。  目に映るのは、歪に破壊された壁。  先の見通せない闇霧が充満する痕は、明らかに人為的には不可能なものだった。  概念を極限まで行使すれば、類似の痕は作れる。  だが、空間も生物のように自然治癒力を持ち合わせている。  空間という図体に合わせた超瞬間だからか、痕は数秒の内に蜃気楼のようにして消えるように見える。  だから、空間を壊すという行為は異質空間でしか行えないはず。  しかも、サーバーが低すぎるものか、空間創造物以上の力でないと不可能となっている。  ヒオの異質空間を壊したとき、ヒオはほとんどの力を抑えていた。  最高潮ともなれば異質空間を持っているということに頷けるほどの力になるだろうが、維持は無理だという点がある。  故に『者』ではなく『物』という言葉が多用されているのが現状だ。  故に、この痕がなんなのかを知っている。よって、おかしいと感じることができた。  消えない痕――再生の兆しがまったくないのだ。  超人の域といっていい世界を滅ぼすほどの効力でないと、空間自体を削り取るようなこの破壊は不可能。  そして、それ以上の破壊がないということだ。  どこかを傷つけることは、空間崩壊を促すということに繋がる。よって、ここまでみえみえの『傷』ができれば自然とそこから崩壊がはじまるはずなのだ。  だが、端々を凝視しても広がった様子はない。  広がることも、消えることもない『傷』は、『痕』としか表せない。  頭上ぎりぎりにあった斬撃はすでにないと気配で知り、痕から意識を放す。  そのとき、知った。  レイが、フレイアの腕の中で震えていることに。  慌てて覗き込む。  レイの、暖かいはずの瞳が冷たく光る。  あまりにも冷静。あまりにも冷徹――フレイアは背筋に冷たいものを感じた。  小さい、呟き。 「見つけた……もうひとりのボク。愚かなる、負のボク。 神となって、今ここに立ちはだかるか。過去の産物のくせに」  その容姿に、フレイアは一人の少女を重ねる。  あるはずがないと思いつつも、その少女の名を、口にした。 「……サクラ、さん?」  レイは答えなかった。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜  エルは肩で息をしつつ、地面へと突き刺している二振りの剣へと体重の幾分かを預ける。  対峙する『帝王』は、純粋に感嘆していた。 「耐え切るとはな……結界でなく、そのなりそこないのような魔力放散状態で」  エルの身体から滲み出ている青白い魔力。  それは概念とは別で、概念を扱う力とも別で。  ――旧世界の、対魔物術構成因子『魔力』と呼ばれる力。  今でもその名残として神々の砦のような結界構成の物として使われている。  常人が使えるような代物ではなく、それぞれの区長が未だその身に蓄え続けているもので最後、といわれるほど少なくなっているのだ。  それを、エルが扱っている。  その理由を知っているのはたった三人。  セレスティア、フレイア、そして――『帝王』  魔力という単語を知っている時点で、旧世界を知る人物であるという制限を得ることになる今では、彼女らは偉人か異人でしかない。  前者二人は偉人で、後者一人のみが異人だとエルは思う。 「だが、あまりにも消費しすぎているのではないか?」  『帝王』は余裕ある笑みを浮かべ、妖黒剣を持ち上げた。  妖黒剣の全貌は溢れ狂う瘴気に包み隠されている。  対するエルは剣を持つ手が震えるほどに疲労困憊で、消耗していた。  分があるのはどちらか――察することはエルでもできた。  『帝王』は言う。 「……どこまで知っている。世界の現状を」  エルはどう答えるか迷い、思ったことそのままを返した。 「『物影』は、『神の決定』と呼ばれるものによって《奪え》という指示を受けている。 その決定があまりにも長引いている現状を受けて、さらにもうひとつ『神の決定』が下された。 『物影』の場合は必然性のない生物滅亡、促進のようなものだった。 だけど、次に下された決定は必然性のある滅亡。促進などではない決定。未来の決断。 だから、世界自体が消失しようとしている」  それが現状。 「『神の決定』はその通り神が下したもの。アカシックレコードへの意図的な記入。 旧世界では神の支配外にでていたからアカシックレコードもない世界だった。『神の決定』が施せるはずがない。神の関わる無機物がないのだから。 神の代行機関は存在したが――ある意味、狂っていたからな。 新世界になって、今この状況があるのにも理由がある」  エルは静かに告げた。 「――魔王が旧世界でしてしまった儀式の後遺」  『帝王』がその後に続く。 「後遺はふたつある。 ひとつめは、儀式の代償となった生命を奪おうとする『物影』 生命に細工を施すものは『神の決定』の域にあるもの。 つまり、一度開通してしまったんだ。神と世界が。 それがふたつめ、神の干渉をこちらが許したという事実。 神の独断で世界は衰退、崩壊へと導かれているわけじゃない。 すべての罪が我々にある。 ちゃんとした線があるということを――知ったのだろう?」  エルは暗黙する。  『帝王』はそれを見て、笑みを強めた。 「俺がしようとしていること。それは、俺が救世主(メシア)の偉業をこなしてやろうということだ。 お前という救世主(メシア)が何も覚れぬというのなら、私は犠牲を熟知してでも神に抗う。 そのために必要なのだ――《|生命の奇跡(ユグナ)》という、旧世界秩序を構成していた力のすべてが!!」  『帝王』は振りかざす。  妖黒剣ではない、さらに隠し持っていた砲剣を。  灰色のその砲剣は、光を返さないほどに古びた図体をしていた。 「超科学凝縮殺戮兵器・時空歪曲極太粒子弾発射用・無重力安定装置及び絶対命中精密射撃用超倍率スコープ付遠距離大型狙撃砲――【クビア】」 「ッ!?」  弾が込められる。  砲先へと展開した術式に、無数の術式が点滅を繰り返して、最終段階へのショートカットを終えたとき、エルに回避の猶予はなかった。  二つの線が走り、術式へと辿り着き、留まり、一瞬いして許容量を超え、それを見越したかのようにエル方向への圧迫のみを緩め、暴走しつつある力の方向をエルへと合わせ。  強引圧縮された力が退路へと急ぐが故に勢いが強まり、作用と反作用という影響を生み出した。  術式が崩れる。それを条件とした防護術式が展開し、砲と『帝王』を守る。伝わる衝撃は通常発砲と同じ。足を少しばかり後ろへとすべらせるほど。  方向性を持った力の奔流が空気を焼き尽くす音を響かせてエルとの距離を縮める。  エルは一瞬身を反らし、ぐっと前へと倒すと、『紅桜』を構えた。  奔流が剣へと接触した後、されどエルの身が奔流に飲まれるより速く。 「【偽現】――マーブル・ファンタズム」  花びらが舞う。  力の奔流は音もなく消え去り、代わりに生まれた少女が奇跡のようにおぼろげな腕を伸ばした。  『帝王』はその出迎えを、鼻で笑う。 「つくづく――お前は、代行機関の全力を見せないのだな」 「見せたらおもしろくない。ノーブルとマーブルは俺の剣と約束しただけなんだからな」 『私はどっちでもいいけどなぁ。リュークスがかたかたさんなだけだし。あ、でも、マーブルちゃんは嫌がるかもねぇ。ああみえてツンツンさんだから』  少女はぽよぽよとした雰囲気を伴って、そう微笑んだ。  だが、隙はない。『帝王』はそう思う。  片手には、どんな状況でも対応できる量の魔力が集められているのを感じ取っていた。  主従関係に強引性はないということだろう。 「それでも……《|生命の奇跡(ユグナ)》に近しきは、俺だ」  『帝王』は跳んだ。  《|生命の奇跡(ユグナ)》に収まりし晶へと、【クビア】を伸ばす。  弾倉(マガジン)ともいう、力を吸収し蓄える|亜空間(フィールド)が展開して、晶を取り込もうとする牙となった。  エルも跳ぶ。だが、距離を詰めるには二人の速さの差に端数が残る。その分速く『帝王』が《|生命の奇跡(ユグナ)》に触れる。亜空間に直接吸収されてしまえば、奪取阻止は難攻不落のミッションと化す。  だが、その計算に別の存在が加えられた。  結果の改変。『帝王』は辿り着けないという結果になる。  存在の数は、三つ。  《|生命の奇跡(ユグナ)》への道を途絶えさせる二つの障壁。  『帝王』の懐へと拳をめり込ませた男と、『帝王』の背後に浮いてエルへと向いている青年と、『帝王』の横でにこにこと微笑んでいるノーブル。  ゆっくりと、時が結果を受け入れ始めた。  まず起こる、吐血。  『帝王』がバランスを崩して、落ちる。  なんとか着地した『帝王』は、砲剣と妖黒剣を持ったままの両手を床につけ、それでも耐え切れずに膝をついた。  男は悪魔の微笑みを携えて見下ろす。  エルは目を見張った。 「……カシム」 「やあやあ我らが隊長のエルレイドくん。ついに、カスに落ちたか?」  カシムは手首を回すなどのストレッチをしつつ、エルの隣へと降りる。  青年はエルの、さらに後ろを見ていた。  エルは振り返る。  イスと同じように紅い、果てしなく続いていそうな絨毯の先に、五人の姿がある。  美影、セレスティア、ミーティス、ラオウ、ヒオ――  そして、気づいた。  アウルとフレイアとレイの姿がないことに。  即座に目を走らせる。  イスの群からひょこっと上がった三つの頭を見て、ほっと息を吐いたエル。 「……何を思って安心しているんだろうか。単に、馬鹿なだけか?」  『帝王』は困ったようにそう呟く。  青年が『帝王』へと反応した。 「確かに、この場に《救会》最後の一人がいないから、完全とはいえない。 だけど、この数だ。 まだ切札(キーカード)を隠し持っているっていうのかい?」 「……ラミス。『風の神説』を持ちし救世主(メシア)に値する正しき者よ。君の予想は当たりでありながら、まだまだ浅い。 切札(キーカード)は別に隠しているわけじゃない、君たちの目の前に――そう、ラミス。君も今見ているじゃないか」  妖黒剣を持ち上げる『帝王』  青年――ラミスは訝しげにそのアクションを見つめた。  反応するのはエルのみ。  手を伸ばしつつあるエルへ、『帝王』が勝利を宣言する。 「第二振解放定義に沿って――」  そのときだった。  『帝王』を押しつぶす光が生まれたのは。  それは天より降り注ぎ、凝縮し、時空を奮わせる轟音をもって――爆ぜる。  後には、ぼろぼろとなった『帝王』が棒のように立っているだけだった。  その頬は黒く汚れていて。  その身は朽ちていて。  その心は――おぼろげに消えつつあって。  『帝王』に下された神罰。その通りといっておこう。  ――エルたちを見下ろすように、神が降臨していたのだから。