【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE11:そして――君と俺が、舞台から降りるんだ(第37部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  6600文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「……やっと会えたね」  神は言った。  その目線はエルへと固定され――  感慨に耽る震えを帯びた声を発した後の、開かれたままの口元は歪められ――  見下ろされている側であるエルは、警戒の瞳を返している。 「ひどいじゃないか。ボクのことを忘れちゃうなんて……君に与えられた苦痛。今でも思い出すよ。 あれは君の愛だったんだよね……だからボクも決めたんだ」  神は狂った笑みとともに、告げる。 「君に与えられた感情のすべてを、せき止めることのできない愛とともに――君に返すとね!!」  その姿は神であっても。  その心は神であらず。  殺気とは似ても似つかない狂気が、エルたちへと恐怖となって降り注いでいた。 「……おまえは誰だ」  エルは声を絞り出す。  余裕と気迫の下、柔らかな笑みを持った神は答えた。 「ボクはね――君の大切な、大切な家族だよ」  その言葉とともに、装具であろう白いガントレットの付いた右腕を振り上げる神。  空間が――神以外へと、牙を向いた。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜 「ちっ!!」  カシムは舌打ちを盛大に漏らしつつ、腕を薙いだ。  人二人分の高さを持ち合わせた波動に抗う闇の斬撃――波動が二股に分かれる。  波動は一瞬にして聖堂の端へと辿り着き、イスの群れを飲み込んだ。  抗いし者は神を含まぬ十人。  セレスティア、ヒオ、ラオウ、美影、ミーティスは結界の内に逃れ。  カシム、ラミスは攻撃をぶつけることで相殺を続け。  フレイアとレイは八枚羽の織り成す円の方陣にてやり過ごし―― 「……君は、やっぱりボクの期待を裏切らない。 嬉しいよ、こうやってそれぞれの想いをぶつけられて――これも愛の形だね」 「うるさい。消えろ」  双剣の連撃が神へと叩きつけられる。  神の纏う純白のマントが、その下に隠された紫の鎧が、ひとつくっきりと不気味に在る白のガントレットが、それを受け止めきった。  余裕の笑みを崩すことなく、神は振るう。 「指令【情報連結解除】」  途端、概念が崩れ去った。  エルの身体から零れ落ちる光の砂。それは、エルの隠し持っていた概念兵器の数々。  だが、神は渋った。  同じく概念の構成物であるはずの『刻魔』と『紅桜』が、消える兆しを見せないからだ。 「君がボクへと突き立てる想いの架け橋は必要か……いいよ。その大きなモノで、君の渇望をボクへ叩きつけなよ」  恍惚に打ちひしがれたかのような神の表情。  エルはふーーっと長い息を吐き出すと、一気に吸い込み、止めた。  同時に駆け出す。  駆け出しを追うようにして放たれた斬撃が神を襲った。  笑みを崩さず、極限まで抑えられた動きで斬撃を回避する神。  それを始りに、連ねられた斬撃の波が神を翻弄しようとした。  連続する打撃音。摩擦の生み出すジュールが空気を燃やすほどとなって、攻防する両者の鼻をつく臭いを放つ。 「……君の全力が欲しいよ。だから――ボクは全力となろう」  神は掌を空間に這わせ、大きく左右へ薙いだ。  瞬きの間に作り出された波動が、エルを側面から襲う。  エルが反射的に突き出した『紅桜』がそれを受け止め――火花を散らせる。  圧倒することも、停滞することもできず、エルの身体が後ろへと下がらされることで波動を回避した。  『刻魔』を床に突き立てて勢いを殺すエル。  神は両腕を大きく広げた。 「その剣、壊れることがないのならば受け流すことで君は生き続けられる。 ボクは――更なる絶望を、君に直面させるよ」  両腕を振るい、交差させ、振り切る。  それを合図とするかのように、宙の途中から生まれたふたつの波動がエルを挟みこんだ。  波動の勢いを利用し、強引に安全圏へ逃げることができるのは波動がひとつの場合のみ。  左右から来た場合、剣よりもまず壊れるものがある。  それは――エル自身。  剣は人以上の強靭を持っているといっても過言ではない。  ならば破壊順でいえば、人のほうが先に耐え切れなくなるだろう。 「……耐え切れば良い、ってことだろうが」  エルは構える。  概念によって生み出されるものに、この波動と酷く似ているものがある。  それを受けきったことのあるエルは、頑固なる精神をもって待ち構える選択をした。  呼吸ひとつの間もなくエルとの距離を零に縮めたふたつの波動は――ひとつになることはなかった。  その合間で耐え続けるエル。  ぶれる双剣をなんとか波動を抑える壁とするため、筋肉をフル活動させ続ける。  集中を解く間をなくすため、意識のすべてを両腕にかき集めて尚――波動は食い下がり続けた。 「全知全能の神、ゼウスはね――絶対なんだよ!!」  さらに投入される波動の一閃。  両側から押しつぶされぬことに精一杯なエルの前面から、エルへと迫る。  そして、直撃した。  なんの抗いも受けず、淡々とプロセスが移行する。  直撃時の激しい硬直はどこにいったのか、脱力仕切った様子でゆっくりと倒れるエルの―― 「それでこそボクの愛する――君だ!!」  ダミーだった。  即座に腕を背後へとやった神、ゼウスは、波動の壁を後方三方へと作り出す。  それを切り裂き、現れたエルの黄色く輝く剣は、波動を張ったモーションで身を翻したゼウスによって摘まれた。  『紅桜』でも『刻魔』でもないその剣は、概念を織り込まれた強力な金剣。 「ククク……こんな屑物で、ボクを傷つけられると思っているのかい?」  そう言っている間にも、すでにエルはその剣を手放していた。  振り上げられた両手に、収まる『紅桜』と『刻魔』  鋭く閃かされた二つの斬撃が、ゼウスとの接点を生む。 「……この痛み、この苦しみ。君の愛は素晴らしいよ……ククク……」  傷口を手で押さえたゼウス。  傷口からこぼれるものは何もなく、粘土細工のように、斬撃によって切り取られた破片が元の場所へと吸い付いた。  異常――不理解の域だからこそ、神というもの。  それに対抗する力(カード)を、エルは発動(オープン)した。 「【偽現】マーブル・ファンタズム!!」  すかさず更なる宣言。 「【偽現】ノーブル・ファンタズム!!」  『紅桜』と『刻魔』がそれに呼応し、持ち手なしで受け続けていた波動の余韻を糧として二人の瓜二つな銀髪紅眼の少女が顕現した。  一人は死のごとき黒を纏い。  一人は恐怖のごとき紅を纏い。 「……悲しいよ。ボクを拒んだくせに、こんな女の子たちを連れ歩いているだなんて。 でもボクはそれすらも許してあげる。君との再会がとても喜ばしいんだ。君に与えられた苦痛の多くを――愛として、君に返せるんだからね!!」  ゼウスは狂喜の叫びとともに、両腕を薙ぐ。  生まれた波動は四つ。二人の少女にふたつずつ、伸びていった。 『ええっと……ゼウスなんだけど、なんか変な感じ』  マーブルが首を傾げつつ、片手を突き出す。  すると、波動は急に方向を変えてゼウスへと戻る曲線を描いた。  対するノーブルは両掌で波動を掴み取り、握りつぶす。 『マーブル、手加減するなよ……こいつは、ゼウスではない。 一応、ゼウスではあるがな』 『……ノーブルちゃんの言ってること、難しい』  ゼウスへと帰った波動は、空間に溶けるようにして消えた。  エルは双剣をなくした手を握りこみ、ゼウスを睨みつける。 「……本当にボクのことを忘れちゃってるか。無理もない。 もうすこしだよ。もうすこししたら……君の知る、本来の姿へと戻ってあげる。 戻ったとき、ボクの想いをきちんと受け取ってくれることを――切に願うよ!!」  ゼウスの片手へと、水色と紫に揺らめく羽衣が纏わり付いた。  蝶のように羽ばたいて展開する様は――至高の極光(リヴァヴィウサー)のよう。 「これが……ボクの持つ苦痛の、一輪だよ」  |絶望の魔光(リヴァヴィウサー)  放たれた数千の悪。  ノーブルとマーブルはエルを庇うようにして結界を張り、目を見開いた。  悪と接触した結界の箇所から――黒く、禍々しいものが侵食をはじめている。  |至高の極光(リヴァヴィウサー)と酷く似ている力が聖堂へも広がり――食らう。  三人はその行く末を、呆然と見続けるしかなかった。  消える聖堂。無が多量となったとき、ゼウスへと意識をもどしたノーブルが舌打ちをする。 「フフ……《|生命の奇跡(ユグナ)》を創造生成する核、といったところかな。 これはボクを邪魔する忌々しいものでしかない――壊せないのが残念だよ」  【クビア】を片手に、【神殿】の保持する【五体】をもう片手に、ゼウスが言う。  ゼウスの目がエルから離れ――真剣な眼差しをゼウスへと固定し続けるレイへと向いた。 「『|天使巫女(エレクサ)』その使命の元、ボクの手にある四つの【五体】を受け止めなよ。 もしかしたら、ボクに対抗できる力を得られるかもね」  ゼウスは微笑みながら、両手に持つ物をレイへと投げる。  宙を舞う砲剣と光珠をレイは――受け止めなかった。  細められた瞳。ゆらりと伸ばされた片手。  ――何も、起こらなかった。 「≪風の神歌が華開く≫」 「≪絶望すらも泣き喚く≫」  ゼウスの背後から条文が響く。  同時に、闇を網羅し瞬を極めた神出鬼没の紫剣が幾千もの閃きとともにある旋風を纏ってゼウスを貫いた。  紫剣はゼウスの背後へと回ったカシムの拳から伸びており、それの纏う風はカシムの後ろで立つラミスから発せられている。  カシムが呟いたのは、たった一言。 「……【サチュラ】」 「ッ!?」  ゼウスの身体上を波紋となって狭まる何かを吸い取るように、紫剣が点滅をはじめた。  発光間隔が狭くなり、肉眼では点滅していないほどの速さになり、ゼウスの身体が弓なりとなって。 「……コノクソドモガァァァ!!」  紫剣がまっぷたつに折れる。  ゼウスの身体から溢れ返る力の数々が、混沌という言葉が似合う存在へと融合した。  空間が割れる。  別空間と直結しているのか、裂け目の先に無は存在しなかった。  無よりも黒く、無よりも存在が明確で、それでいて無のように曖昧な。 「≪跪ケ、弱キ者ラヨ≫」  ゼウスの一言によって、無に酷く似ている限度無き無限から、超越の現象が顕現したのだった。  それは流星。  星、という形容しかできないその姿がみるみるうちに迫り来ると、すぐに砂煙によって星を見ることは叶わなくなり、轟音の元に聴覚が潰された。  銀河と直結せし時空門。そこから流れ出す星屑は美しく思われるものでありながらも、絶対的なものとして無となりつつある聖堂を崩壊させる。  星が《|生命の奇跡(ユグナ)》以上の力を持っていたのか、ただたんに破損しすぎたのか、地盤に自滅のごとき亀裂がゆっくりと刻み込まれていく。  全員が動き出した。  ラオウ、ヒオが前衛後衛と形態をとって直進する。  ラオウは片腕を地盤に垂直な角度まで持ち上げ、巨腕とした。  そして、振り下ろす。  巨腕の射程にゼウスはあり、それを認識できる実力をもつゼウスは当然回避行動を――とろうとした。 「逃がしはしないよ……切札(アドヴァンスドウェポン)なら君を留められるだろうからね!!」  ガシッとゼウスを背後から両腕で掴むのは、笑みを浮かべたラミス。  宙を風とともに舞う文字列。  それが発する光は、温かみをもった正しきもので。 「『旋律奏者』は紡ぐ……『風の神説』の発せし力の、方向を……」  そのすべてがゼウスに絡みつく、縛る力となった。  ゼウスの表情が切羽詰る。  ラオウの一撃が下った。  ゼウスの呻きが響く中、巨腕から飛び立った少女――ヒオが、一瞬にして周囲の水蒸気を圧縮し、飽和水蒸気量を超越させ、液体の水を生み出し、無数と化けさせて、呟く。  それに合わせて、ヒオの隣へと跳躍したミーティスが叫んだ。 「【偽現】イリーガルカレント!!」 「【偽現】フュームヴェスタ!!」  放たれた水竜。  それに並んだ炎竜。  牙は同一の敵へ向き、意図したかのように左右に並んで、被ることなくそれぞれが敵へと食らいついた。  ゼウスの両腕がそれを押さえた。。  ゼウスの頭上を飛び、ラオウの巨腕に立ったカシムが恐怖の一言を呟く。  宙にて緊張感なく人差し指を立たせた美影がそれに続いた。 「【偽現】ヴェノムカロン!!」 「【偽現】ルインクラスト♪」  闇の異形と、光の螺旋がゼウスへと伸びる。  エルの元へたどりつき、ノーブルとマーブルを手助けするように結界を張ったセレスティアがエルを見てコクリと頷いた。  エルはぎゅっと拳を握りこむ。 「かたをつけるぞ……」  そして噴出するは、|主核(ノヴァ)の光。  ゼウスは怒りを瞳に宿して、エルを睨み続けた。 「【偽現】エクリプスクラスト!!」  光で形成された巨大な術式が、宙へと放たれた。  ゼウスの目の前で急停止し――無量大数の爆撃に変貌した。  三つの力が、存在抹消の命令を持ってゼウスへと迫る。  距離の縮まりが目の瞬きに近づき、三瞬よりも早くゼウスとの距離が零となろうとして―― 「指令【概念使用規制】」  ゼウスの平坦な声が響いた。  炎竜が、水竜が、異形が、螺旋が、爆撃が――消去される。  砂の幕がゼウスにぶつかった。 「ククク……【神の決定】を使えばすぐに終わっちゃうと思ったからやめてたんだけど、あんまり調子に乗らせちゃだめなようだね」  ゼウスから溢れる力は、初期を遥かに超越していて。  ラミスの頭部を片手で鷲掴みにしているゼウスは、狂ったように笑っていた。 「この男――神に対抗する力のひとつだね。 小賢しいよ、あまりのもくだらない。 今すぐ……ボクがそのことを証明してあげるよ」  ゼウスのもう片手に集まる波動。  即座に放たれ、ラミスを直撃した。  ゼウスの手から離れ、あっけなく飛ばされたラミスは――笑みを浮かべていた。 「|絶対防御(アドヴァンスドガード)……超えられない壁ってやつですよ、神様」  ラミスはタンッと宙を蹴り、ゼウスの下へもどる。  タンッと着地する音がした。  同時に――ゼウスの片腕が消えていた。  ゼウスは驚愕する。  片腕が消えたことでも、ラミスの瞬速にでもなく、|片腕が消えたまま(・・・・・・・・)なことに。 「全知全能の神ゼウス――その子機であるその身体、精神投影体はある意味最強だよ。 身体能力でも、魔法力でも、それよりもまず【神の決定】が行使できるだけで最強だね」 「……精神投影体を押さえれば神は干渉方法をなくす。ボクが神のようなものだよ」 「ああ、だから君は神の名を名乗れた――そうだろう? |中にいる君(・・・・・)」  ラミスは笑みを浮かべる。  即座に放たれた輝きの風が――数十もの束縛と化した。  ゼウスの身体を縛り、がんじがらめとする。  その上に重ねられる封印結界の二重。 「この程度……時間稼ぎにしかなりはしない!」  ゼウスは残る片腕で束縛を打ち破ろうとする。  その速度は遅い。 「ああ……その通り。時間稼ぎだからね」 「ッ!?」  ラミスは結界に抱きつく。  エルたちは気づいた。ラミスの思惑に。  同時に、ゼウスも。 「貴様……この空間ごと、ボクと消えるつもりなのか!?」 「エルたちは生き残る。そして――君と俺が、舞台から降りるんだ!」  無と化しつつある空間。  フレイアが拾いあげた《|生命の奇跡(ユグナ)》の四つがあるのに消える。  いや、あるいは――空間の上限と同じ力がある上、別の力のいくつもがさらに負担となったから消えるのか。  エルの予測。当たっているようで当たっていない。  エルは視点を変えた。別の面から消失するこの世界を見る。  ――|至高の極光(リヴァヴィウサー)に酷似した、|絶望の魔光(リヴァヴィウサー)。その特性も同じだとすれば、この世界自体が吸収されているという予測になる。  エルたちを消去しようとした空間と、ある意味同じ状態にあった。  この空間が吸収されれば、吸収者へと力がいく。だが、空間が消えればその中にいる者は抹消される。矛盾、その先――無となって消える未来。  ラミスは必殺にして捨て身の選択をしたのだと、エルは気づく。 「さあ……エルたちには次の舞台へ、行ってもらわないとね」  ラミスが視線だけを動かした。  九人それぞれを包みこむ――輝きの風。  エルが声をあげようとした。  それよりもはやく……空間から、九人の存在が消失したのだった。  崩壊する空間。  音もなく、恐怖もなく、死の感覚すらもなく。  束縛は未だ、ゼウスを蝕む。  最後の絶叫が、無のその先へと響くことは――なかった。 「確かに、【風の神説】なら【神の決定】にも抗える。そう作られているから……力で押し切られない限りは束縛することも、可能だ……」  別空間に放り出されて、エルは呟く。  その目に宿るのは、形容し難い感情の渦。 「でも……俺は……何かを失うための戦いを、したいわけじゃない……」  この瞬間。  《救会》という正義を得る者が、一人減ったのだった。