ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 私事情によりこの話〜最終話までを一気更新。 ゆっくり読んでくれればいいや(゜▽゜ ) というか読んでくださぁい(;o;_;)o グスグス ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE12:何も得ずに、舞台へと舞い戻れ(第38部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  10706文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「ここは……【神殿】の中みたい」  セレスティアが呟く。  未だ俯いているエルへの対処を放置と決め、状況把握をはじめたのだ。  前(さき)の戦いで【神殺し】とフレイアが剣を振るった場。転送などによって【神殿】の内部に侵入されることを避けるために、転送座標強引修正性を持たせた特異術式の施された場だ。  そこからは空が見える。  闇黒の穿(うが)たれた空。まるで、あるのが当たり前かのような金属音や叫びの荒し。 「……戦況は!?」  フレイアは、未だ洗争中にあることを自覚して飛び出した。  それをセレスティアの片腕に押さえられる。 「お姉、ちゃん……?」 「私に任せて。フレイアちゃんは……弟君をおねがい」  セレスティアは跳んだ。  未だ刃を交える者達から、刃を奪うために。  セレスティアが全力なとき。それは一人のときだ。  味方がいたとしても、ただ巻添えを食って怪我を負うだけ。  故に、押されている白の軍と押している黒の軍がぶつかりあう戦線以外のだだ広い黒の波は――ただの的でしかない。 「魔力……完全解放」  瞬間。  無量大数を誇る光結晶の連なりが――塔となった。  地面に根を張ってはおらず、されど塔という形容のみが妥当といえて。  ――横に伸び続ける塔を、見たことがあるものはいないだろうが、それは顕現という始りにすぎない。  セレスティアはただ、手を下ろした。  その動作だけで。  すべての、槍のような光結晶が。  ……雨となった。  黒騎士から武具を剥ぎ取り、戦う意思を削り取る。  その第一波で騎士と在り続けたものは、光結晶に刃を振るった。  そして、見ることとなる。  射撃(レーザー)と打撃(スラッシュ)という自由のみを与えられた光結晶の、圧倒という連携を。  一に対して返される十。  回避という確率を真っ向から叩き潰す、圧制。  すべてはセレスティアの意思の下に動かされている。  そう――無量大数が、一人によって編み出されているのだ。  セレスティアは、この力に名をつけている。 「【ただ独りの下に在る絶対要塞】によって――揺るがないチェックメイトを、示します」  無数に、多数が勝てるわけもなく。  苦戦という状態を保っていた【神殿】の洗争は、あっけなくも簡単に終わったのだった。  それを視界の端に置き、エルに話しかけようと努力するフレイア。 「あ……ええと、そのぉ……」  静けさという圧力に押しつぶされたのか、フレイアは口をパクパクさせることしかできなかった。  エルは微笑むことなく、身を翻して、言う。 「ごめん――一人に、してくれないかな」  返事を聞くことのない問いは、エルの追い詰められ具合を示しているのか。  アウル、ヒオ、ラオウ、カシム、美影――レイすらも何も言わずに、それを見送ってしまったのだった。  仲間に向けたエルの背は、あまりにも縮こまっていた。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜  奇襲の洗争によって、【神殺し】の存在は表立って人々に知れ渡ることとなった。  謎の集団。そんな見解で固まった【神殺し】の詳細は不明と処理され、ただ一時の話題となる。  それは、前(さき)の洗争の過半数を占めていたはずの【神殺し】が、一人たりとも残りはしなかったからだ。  突然な抹消。【神殺し】それぞれが転送装置を所持していたのかは未だわからず、とりあえずの平穏が訪れる。  それとは別で、【神殿】の手元に収束した【五体】の神託は滞っていた。  ゼウスの発言に不可解さを見出したフレイアは、徹底的に【五体】の四つをスキャンする判断を下す。  そして何度も太陽が昇り、何度も太陽が沈み――その刻は来た。 「……」  服装を、淡い青のピッチリとしたものに代えているレイ。  ひらひらとしたミニのスカートから覗く生足が眩しい。  それはフレイアの選んだ服なのか、フレイアは満足そうにうんうんと頷いていた。  白い、防護概念の込められた壁で作られた神託聖堂。その中心にある【窪み】と対峙するレイの周りには、小さい汗粒を滲ませ待機している司祭。それぞれが結界を張れる程度の概念使いで、何事かあった場合に瞬時対応をするための要員とされている。  それだけでプレッシャーが多大。  さらにフレイア、セレスティアもいる故にだれもが緊張していた。  ――レイも。 「……」  やっぱり無言のまま、レイは腰に差したチャクラムを撫でる。  そして、耳元で浮遊する、火花のような激しい光を渦巻かせる羽を撫で、頷いた。  それを合図にして、目の前に浮遊する四つの光。  近づきすぎれば塗りつぶされるんじゃないかというほどの照度。レイは思わず目を細める。 「それでは…………神託を行いたいと思います」  セレスティアが真剣な顔つきで告げた。  レイはゆっくりと、光のひとつへと手を伸ばし―― 「――」  言葉を上げることなく、四つの光が融合した巨大な域へと飲み込まれた。  そのころ――聖堂の外は揺らぎに満ちようとしていた。 「ふぁ…………ぁ〜」  盛大な欠伸をかく警備兵の男。  今は夜だった。本当の荒地地帯には夜も昼も存在しない、ただの闇黒の空だが、【神殿】とその周りには、しっかりと、明確な、時間帯ごとに昇り降りするものがある。 「今日の月も綺麗だなっと」  いろいろな概念の施された軽量鎧。この男のような小柄な者でも扱える仕様となっている。  警備をするときに脱ぎ、次の当番に回すという適当さがあるが…………男は満足だった。  自分がここにいることで安心している誰かがいる。そのことに喜びを感じていた。  ふと、見上げた空に浮かぶ月へ影が差す。  ひとつの、人影のような影。  まさかな、と思う。  そして、ゆっくりと目を擦りもう一度見上―― 「良い子はねんねの時間よ♪」  柔らかい何かで首元を強く強打された男。  詰まる息。手から離れる意識。歯を食いしばって身を捻り、振り向いた。 「おお、ちょっとは精神力強いみたいで感心感心♪」  男は旧世界を過ごしたことのある人間だった。  子供の頃、【魔物】や【魔王】が存在していた旧世界で、四季とよばれる一年の流れがあったあの頃。  男はクリスマスという一日がなんのためにあるのか、結局知ることができなかった。  でも、知っていることがある。  サンタが良い子に、とっても幸せになるプレゼントを運んでくるのだと。  あれは嘘だったんだな、と、朦朧する意識のなかで思う。  なぜなら――目の前にいる、可愛らしいサンタは、不幸を運んできたからだ。  濃い亜麻色の長い髪を靡かせ、優雅に歩く少女。  円錐の先に白いふわふわが付いた、毛糸でできた赤い帽子から腰まで伸びる髪を押さえ、髪よりも少し薄い色をした瞳を細めた。  帽子と同じ仕様の服。二の腕と肩のぎりぎりなところまで袖は切り取られ、太ももの付け根ぎりぎりまで切り取られたスカートの後ろ――ちょうど尻尾などが付きそうな辺り――には帽子の先と同じふわふわが。  戦闘服とはとうてい言えない装束で、少女は【神殿】へと乗り込んだ。  そして、人差し指を上げる。 「それじゃあみんな――挨拶、しよっか♪」  現れる魔の異物。  そのすべてが少女へと従って、ぞろぞろと蠢きつつも暴れはしなかった。  にっこりと微笑む少女。ピッと指を横へ伸ばす。 「詩(ポエム)的にいえば、マーチのごとき前進を己らが主望む、ってところ?」  こうして【神殿】は、揺らぎに満ちた。   【神殿】が対応したのははやかった。  洗争で負傷した者は多いが、【神殿】内での戦いがなかった分損害は少ない。故に、軽傷を癒した者達は戦闘に自ら身を投げる。  一直線に聖堂を目指す群。それに対抗する防衛線。白の騎士は今でも尚驚愕していた。  二種類。そう、たったの二種類の敵。  ひとつは血のように赤い皮膚を持った、翼付の人型獣。  顔は仮面のようにごつごつした、王冠状をしている。  それに埋め込まれるようにして輝くオレンジの、宝石のような瞳。まるで作り物のような異形。  もうひとつは骨を組み上げたかのような異形。  骨と骨は、接点をもっている箇所もあればまったく個々で浮いているものまで。薄い半透明の膜がその異形の肉体といっていいほどに骨は|あるだけ(・・・・)な様子だ。  三日月のような顔面に目のようなものはない。だが、しっかりとした足取りで前へと進んでいる。  三日月というのも膜が作っている形。その中で粉のように浮遊している骨は、やはり取り込まれているだけのように思えた。  人型獣は鋭く尖った小さな爪で、オレンジ色をした五つの斬撃を片手から放つ。  白騎士はそれを身の丈はある盾で防ぎ、槍を突き刺した。  砂となって消える異形。防衛線は圧倒的な力をもって異形を押さえ――るかにみえた。  数。一に対して二の反撃がとび、じょじょだがはっきりと疲労していく白騎士。  その防衛線へと投げ込まれたのは――戦闘に参加していなかった骨の異形の、一体。  白騎士達の射程距離よりも高い位置で、骨の異形は具現化する。  膜よりも肥大化して、薄汚く濃い茶色の皮膚をもつ異形となった骨の異形は、鎌のような両手を振り上げ、目無き凧(カイト)の顔面から全身に赤い光の紋を走らせ。 『事象介入開始……|有機体複数・状態上書(イノセント・ゼロ)』  眩い、異状を運ぶ極みの妖光を発した。 「ほう……コレが魔物とかいうやつかもな」  別の防衛線、乱戦に突入した一角で。  カシムは人型獣の頭を捻り潰していた。  人型獣の筋肉質な肉体は、迸る闇によって朽ち果て、砂塵と化す。 「『物影』とは全然違うのは見た目でわかる。だが根本的なところに人工さがあるな……それに、消炭にする予定だったしな」  思考。即座に判断。  白騎士に戦線維持を任せ、ある人を探しに走り出す。  少しして、目の前にくっきりとした影が伸びた。  夜だというのに――つまり、背後には照度の高い光があるということ。  それをカシムは肌を焼く刺激で察し、振り向く。  膜のようなものに骨を浮かせた異形。  白騎士に近いその一体が、膜に沿った形で茶色の肉体を持っていた。  肉体、と表現したが、それでも骨の異形から程遠くない形態をしているそれは、ゆっくりと砂塵化していく。  白騎士は完全に動きを止め、石像のように突っ立っていた。  カシムは判断する。 「何かネタがあるな……」  白騎士を素通りしていく二種類の異形。  カシムは戦線へともどるかに一瞬迷い、障害がないからこそ止まることなき異形の群へと跳躍した。  少女は地面を小さく蹴る。  |主核(デュエル)を利用し地面の性質を柔軟に変えたその跳躍は、人の全力な一歩で進める距離をはるかに追い越して、急進した。  防衛線の崩れで無人と化した道の先は、聖堂。  世界と隔離している壁すらも、特別な砂に概念を塗りこんでいるだけなので、少女によって無力化されてしまう。 「でもその先を考えて〜」  少女は指を鳴らした。  同時に跳躍。どこからか現れた砂塵が少女へと手を伸ばし、包みこみ。  少女を守る、異形を模した黒龍の鎧となった。  翼が極限までに花開く。  そして、己が主人をその身に受け止め――弾丸のごとく直線の軌跡を、踊り始めた。 『……来た』  『紅桜』から声が響く。  聖堂の真上の|空間(・・)に腰を下していたエルは、立ち上がった。  立てるはずのない空気を歩き、踏み外すようにして降下。  即座に抜刀された『紅桜』と『刻魔』が――エルに背を向け聖堂に牙を剥く黒龍を切り裂いた。  強い衝突音。黒龍は振り向くことなく刃のような片手を後ろへ回して、二撃を防いでいる。  三つが離れてすぐ、黒龍は翼を大きく広げ、轟音を纏った黒い風を放った。  エルはそれを刃で押し逸らす。  竜巻のような黒い風は密度があり、地面にも天にも繋がっていない不可解な攻撃因子―― 「……概念、か」  概念使いしか使えないはずの攻撃方法。それを使う異形。 「魔物……旧世界で脅威だった存在が……この世界で更なる特性を得た、ってとこか」  ある程度の目星で自らを納得させ、集中の度合を増させるエル。  黒龍は再度翼を広げ、黒風の斬撃を飛ばした。  その数は二つ。  上空に上昇する黒龍、勢いを殺さずに中空にいるエルへと下降し始めた。  両手を塞がれたエルへと一撃を叩き込む算段――ゼウスの策と酷似している。 「悪い……な」  『紅桜』と『刻魔』に光が灯る。  黒風は割かれ、一瞬の微風へと纏められた。  眼光は高速にある黒龍を睨み続ける。 「全力で…………潰させてもらう」  その瞬間。  膨大な量を誇る、脈動を持った光の炎が灯った。  その中心にいるエルは双剣を交差させ、強大の力を舞台へと上がらせる。  零と壱のみであり、有と無だけであり、この世界で無いモノは|無いモノ(・・・・)という理屈を超え、この世界以外の『己』という法則に乗っ取って―― 「≪己(おの)が神を此処に生す≫」  有り得なき心臓が鳴動し稼動し拍動し蠕動し駆動し鼓動し爆動し―――世界を否定してまでもその力が充填降臨の過程を乗り越えたのは一瞬にして不理解の刹那。  この世界で理解できるはずもない、力という存在。  脈拍に対応するのは力。存在を作るのも力。力は存在であり、存在が力となったその姿は全て。全てが力。  故に――全力。  顕現をその身に纏いて、呟き紡がれる言葉は己を律する絶対の誓約。 「想いと力を全てとして…………再び舞台を揺るがす覇者となろう」  エルレイドという皮を脱ぎ捨て、勇者の名を持ちし破壊者は目を細める。  此処に揃うは存在知識感情原典。すべてが同型のエネルギーにて構成されている、究極という強力を――知恵ある鷹は爪を隠す意味通りの新たなる身に秘める。  その意義は己の全肯定と世界の行く末の全否定。  故に揺るぎ。故に覇者。力の象徴ともとれる聖剣の鏡向こうな大剣は黒く染まりツヤをなくしつつも、赤い鈍さを併せ持つ神剣。  妖しさを極め恐ろしさを兼ねる玉から展開する神の武具は、怖いくらいに人のままであるエルの真。  漆黒の瞳、漆黒の髪、漆黒の装束、幼き容姿、エルとの類似点が全く無しのその姿。  主によって振りほどかれた力の渦。介入不可に速度を止め、ターゲットを今まさに変えようとしていた黒龍が判断を改める一瞬。  黒龍の誇る鉄壁外装を突き破り、個を寸分の狂いなく皆等しき正方形の断片へと――豹変させた。  力とは技。  力とは圧。  力とは閃。  力技心の極みこそが本当にして真実な究極最強。どれがとはいえず、どれもと言う完璧。  黒龍の前にいたはずの、神器の使い手。すでに姿は背中方面へと移り。 「…………そろそろ、茶番はやめさせてもらうよ」  黒龍という化けの皮を剥がされた|無傷(・・)の少女へと、呟いた。 「結界を張る。魔物が効力を弱める結界だ――圧倒するよ!」  ある叫びが戦場に響いた。  それは予測。二瞬後に訪れた未来の、予想図の端的予期。  【神殿】全域へと走る験は、されど何かを圧することはなく。 「……どういうことだろう」  結界の創造主にして予期の宣言主である、光魂という鉄球を従わせし金色の少女は、疑問をそのまま口にした。  戦局は変わりなく、魔物だと思われる物等の優勢を維持している。打開策は通じる兆しなく、砂の量が虚しさを生むほどに蓄積され。  突然それが、巨大な≪|砂喰らい(サンドワーム)≫に変貌したのだった。  ≪砂喰らい≫は巨大な大蛇を模した顔無芋虫のようで、騎士の士気を極限までに削り取った。 「…………おかしいな。攻撃がない」  ≪砂喰らい≫が下方より装填、上方より射出している霊体のような骨の魔物――≪煙る人≫。  手段が変わったが、結果は同じ――状態負荷の何重による、強制戦闘不能。  混乱や移動不可、攻撃不可の上に防御不可、さらには麻痺や衰弱化が付き、とどめのように石化が来ている。  一定時間がたてば干渉できなくなり、解除となる魔法の数々だが――衰弱化が抵抗を無しにしている限り自己回復は望めない。  少女――美影はそこまで思考し、掠めた影を驚愕することなく見送った。  その影は≪砂喰らい≫へと迫り、加速を止めずに垂直上昇を終える。  真ん中をぶち抜かれた≪砂喰らい≫は呻き声を絶叫して、砂塵を化した。  影は着地すると同時に、片腕に零れる砂を振り払う。 「……この姿での射程に未だ慣れないが、剣を使うのもめんどうだ。 ノルマは戦局停滞、ってところでいいだろう? 我が恩人・美影殿」 「オッケー。それにしても……似てるねぇ。|あの人(・・・)に。名前はどうするんだい?」  影はふんと笑い、五指を開いた片手を持ち上げた。  不敵な笑みが容姿に似つかわしくない、妖しさと恐怖を兼ね備えている。 「『帝王』『勇者と同じ悪魔』『絶対審判の行使者』いろいろと通り名は浮かぶが。 そうだな…………レクスでどうだ。風の魔術に使われている言葉だったはずだ。 刃、とかいう感じだったかな」  レクスは答えると同時に片手を二種類の群へと突き出した。  耐えがたき恐怖と絶望の眼差しに応えるがごとく、混沌の射撃が手を伸ばす。  それは壱でしかない。されど、その一撃は無数を殺傷した。  一筋の火種が造る破壊波動のドームに飲み込まれるのは跳躍方向にいるモノのみ。  まるで図ったかのように町への破壊結果は無く、敵のみを滅ぼすその一撃は無情には程遠かった。  否定の一撃。すべてを砂塵すらも残さずに打ち消し、世界の端からをも除外する一撃は絶対という紛いを称されし強大な力。  その影響は巻き戻しされるかのように、宙の一点へと吸い込まれ、消えた。 「……この力はリュークスの裏。つまり、彼もコレと同じほどの力量をもっているというわけだ」  レクスは美影へと振り返る。  美影は目を閉じ、力の灯火を感じ取った。  レクスの一撃と酷似した、暴走の形(なり)を持ちつつも制御された風がある膨大な力の炎を、美影はミた。  ゆっくりと、目を開く。 「…………確かに似てるね。使い方が大幅に違うし、頑固さも差がありすぎるけど、似てる」 「何気にひどい一言だな」 「死にかけの『帝王』を助けたって事実がある限り君に社会権とかないし……でもまあ、こんな実力があの――【クビア】なんかに頼ってた『帝王』に、あったなんてね。 私にとって、知れることは全てでも、知ってることは全てじゃない。そんな事実を痛感させられたよ」  美影は美しく溜息を吐いて、第二波の敵勢を見据えた。  伸ばす人差し指。  即座に凍てつく空間。  紡がれる言葉。 「≪終わりと始まりに平伏せ≫」  気づくものはいない。  空間を静止し者以外は、何も感づくことができない。  静止しているものが何もないからだ。  人の見れる面のすべてに、静止という人為異変をミる面は存在しない。  故に、人の見れる面へと浸透したときには―― 「≪消えることこそが救い。失せることこそが解放≫」  ――抗えぬ運命が、目の前にあった。 「≪背く死ではなく、従う死を選ぶことこそが、幸福なり≫」  光の杭が|飛来した後(・・・・・)という運命が、叩き込まれた。 『…………君は何も知らずに、此方へ来た』  身体が霞む。  視界が霞みに満ちている。  心は明確にある。 『望むが故に――そう、君自身すら知らぬ望みが、此方へと君自身を導いた』  響く声は明確。  音源は霞の海へ。 『自分自身すらも知らない自分がいる君には――いろいろと早すぎる』  心は明確にある。  だからこそこの恐れが、戦きが、私を震え上がらせる。 『君を殺してしまうであろう力(ボク)は君を拒絶する…………何も得ずに、舞台へと舞い戻れ』  心は明確にある。  暗転という変化をしても尚、妙な明確に――心はあった。 「…………エルレイド。いえ、『旧世界を新世界とせし勇者』リュークス。 なんであなたは私を止めるの?」 「止めたつもりは無いよ。ただ、君が俺を過小評価してる気がしてね」  少女と同等の背を持つエルレイド――リュークスは微笑んだ。  少女は己に付いた砂を手で払い落とし、向き直る。 「私は三つの情報を持っている。リュークス、あなたが誤解している事実を暴くが二つと、これからを決める事実のひとつ」 「最初の二つを、聞かせてくれるかな?」  少女は息を吸い込み、押し殺した静けさを保つ声で紡ぐ。 「一つ目、あなたが知っている事実『神の決定に抗うために【五体】を集結させる必要がある』の誤解。 【五体】の集結と同時に、もうひとつのスクリプトが解凍してそれぞれの《|生命の奇跡(ユグナ)》にもどるという循環は、もう行えないの。 【五体】に保留しているスクリプト断片データ自体が改竄させられていて、集結すると同時に転移――他存在を完全に拒む|孤立型亜空間展開(ディメンションハスクディベロップメント)で、レイシアという存在が手の届かないものとなってしまう」 「…………二つ目は?」 「ゼウス子機を操っていた|あれ(・・)は死んでいない」  リュークスは頷くことも、驚くこともせずに少女をじっと見つめた。  そして、微笑みとともに言葉を返す。 「…………全部、知っているさ」 「なら狂ったのかな、狂っちゃったのかな。詩(ポエム)的にいえば、守る理に狂いし愚者、ってところ?」  少女は視線をきつくし、身を低く構えた。  リュークスは笑みを変えない。  唐突に、空間の遥か先で溢れ始める力の奔流。  【五体】が揃ったというこのタイミング、【五体】を揃えることを促した|あれ(・・)―― 「…………茶番だよ、ユウ」  リュークスは少女、ユウへと言った。  力の奔流は一筋の塔となって拡大を見せ始め。 「【五体】は揃わない。これが真実だ」  唐突に唸りを強め、自壊した。  ユウは呆然と、その様子を見送るしかない。 「【五体】がレイを拒んだら……どう?」 「確率の低い賭けを……したの?」 「違う。信じたんだよ」  そこで言葉を区切ったリュークス。  そして、聖堂を見下ろした。 「【五体】に眠る意思――|彼女(・・)をね」  域へと浮遊して数分……突如起こった予想外に、フレイアは目を見開いて疑問の海へと思考を沈めながらも、なんとか身体を動かした。  弾かれるようにして舞い、重力によって虚しく散り行く――レイシア。  フレイアの両腕が、なんとかレイシアを抱きとめる。  誰もが動けなかった。  |彼女(・・)を知らぬ司祭。|彼女(・・)を知って尚その思惑を知れぬ『旧世界の英雄』 「サクラさん……あなたは何を……」  フレイアの隣、震える声で紡がれたその言葉。  あまりにも小さすぎるその音は空気を振動させるに満たず、静寂という緊迫の海を駆け巡ることさえ叶わない。  セレは――五つの珠へと変貌した【五体】の|それ(・・)を悲願する瞳で見上げて、呟きを再度言うことはなかった。 「そしてこの意味のないように思える出来事から――わかったことがある。そうだろう?」  リュークスは剣先を伸ばす。  ユウへと向けず、聖堂へと向けず、何の変哲も無い空の彼方へと向け。 「今さっき膨れ上がった力が|あれ(・・)だということ。|あれ(・・)が【五体】結集と同時に何かをするつもりだったということ。そして、それには【五体】が集まる必要があるということ」 「……ここまで、あなたが策士だったとは知らなかったよ」  ユウは呆れ口調でそう言った。  緊張などという堅い空気はない。リュークスも微笑む。 「《救会》最後の一人・ユウ。君が来ることはわかってたんだけど、ここまでドハデにやってくれるとは思わなかった。 というより――どうやってるのか知りたいくらいだよ」 「方法は簡単。最近|主核(アリス)と繋がるようになったから、情報を組み込ませた土を練り上げたってだけ。 今まで触れたことのある強度とか代用したから、本物の魔物には劣る――|繰物(モンスタードール)ってところ」 「詩(ポエム)的には言わないのかい?」  リュークスの茶化し言葉にユウは笑みを浮かべた。  ひとしきり笑いあい、ほとんど同時に切り替える。  リュークスが口を開いた。 「もうひとつの事実を……教えて欲しい。結構検討はついている。さっき力をミたから、それが何と同一なのかくらいは――わかるつもりだ」 「なら言う必要はないんだろうけど……まあいっか、言っちゃうよ」  ユウは大きく息を吸い込む。  その空白な時間が、リュークスの瞳を揺らめかせた。  まるで今からユウの発する言葉の予期に確信を得たかのような――吸い込んだ空気の量、吐き出した空気の量。それらと関係ない、押し殺した声で。 「『旋律者』『風の神歌奏でし正義』ラミス・レミティッテンドは、裏切り――または、|あれ(・・)に乗っ取られたと断定します」  ラオウは両の巨腕を振り上げての突撃を炸裂させた。  薙ぎ払う、という言葉に等しき強引な圧倒。数での敗勢状況は変わらず。 「ラオウ。後ろとか気にしなよ」  言葉に従って振り向く。  水玉に埋もれ、凝縮拡大の狭間に切り刻まれた魔物が目の前に浮かんでいた。  水玉を油断も隙もなく繰り続けるのはヒオという少女。  武具を持たぬ無防備は、絶対的な圧倒という力の対価であろうか。 『サラマンダースプレッシャ』  機械的な声。  それとともに地面を埋める砂が煉り上がる。  上昇、上昇、上昇――出来上がる≪|砂喰らい(サンドワーム)≫は、その砲台なる大口より≪煙る人≫を発射しようとしていた。  ≪煙る人≫の特性は何度も見ている。ラオウは駆け出す一歩を巨に変えて、≪砂喰らい≫の真下へ入り込む。  そしてそのまま、巨腕なままの片腕を捻り上げ――≪砂喰らい≫ごと≪煙る人≫を叩き潰した。  砂のクッションに柱を昇らせ、巨腕は振り切られる。  その砂の一部に≪砂喰らい≫と≪煙る人≫はいるであろうが、すでに砂である可能性のほうが高い。  巨腕を素へともどし、ヒオへと微笑み向こうとして――迫る四足移動型獣≪死狼≫の数体に気づいた。  戻った腕の再変換に必要な時間。再変換を開始するまでの時間。それ以前に、ラオウ自身が行動をはじめるまでの余白が、≪死狼≫に距離を埋められてしまう時間を遥かに下回っていた。  迫る斬撃、防ぐという行為だけが現れる。だが、生身すぎる腕は血肉を削り取られること必須。 「……嬢ちゃんの警告をしっかり心に染み込ませとけ、【断罪執行者】などという異名を持てるほどの、実力者殿」  皮肉たっぷりの発言と共に、≪死狼≫を槍にて一蹴したアウルがラオウの背に自らの背をつけた。  ラオウは舌打ちしつつ、構えを正す。 『…………形成……』  ≪死狼≫に刻まれた傷は、塗りつぶされるようにして消えた。  疲労した様子なく再度二人へと歩みだす。  いつのまにか三種類――いや、四種類に増えた敵の軍勢は、今この数人によって抑えられているに等しい。  大幅な数の差。半不死の敵対処による、多大な疲労蓄積。≪煙る人≫がいる限り、油断が敗北を生んでしまう。  勝つために、戦い抜くしかない戦士たち。  跳躍した≪死狼≫へと身を低く構えたとき――すべては呆気なく消え去った。  砂、砂、砂、砂。 「な…………」  アウルの呟きは、決して痛みからなどではなく、ただただ純粋な驚愕の声。  それは当然ともいえる。  敵のすべてが――砂塵と化したのだから。  こうして揺らぎは去った。