【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE13:与えてもらえないのは同じ、だから大丈夫なんだ(第39部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  4181文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  降り注ぐ霧雨。  晴天を映す空ではない虚空から、癒しの粉は世界へと飛来していた。  雨音はない。だが、宙から舞い降りる粉雨は確かに【神殿】区域にある家々へと衝突している。  それと同じく、【神殿】の中央を占める神託聖堂にも恵みは届いていた。 「|主核(アリス)の効力は主に回復……といえど、ここまでの広範囲発動を見るのは、初めてですね」  フレイアは呟く。  霧雨を模した、回復系列に当たる概念場。  最大でも五体どれか。最小では掌ほどであるはずの概念場は、何十人もの有機物を含む区域ひとつを丸呑みにしている。  概念場の創造主――ユウは、自慢げに鼻を鳴らした。 「《救会》一の持久力自慢の私は、拡張時期に入ったのよ♪」 「……強烈な挨拶だったけどな」  カシムは舌打ち交じりに片腕を擦る。  百の数を相手にしたにも等しい、まさに戦鬼としての生き様を踊り舞っていたカシムも、疲労と負傷を背負っていた。  とはいっても、片腕に深く刻まれていた傷はすでにかすり傷程度にまで回復している。  それは霧雨の効能。すでに他の騎士達も完全回復しているだろう。  元々主力は≪煙る人≫形態を模った繰物による戦闘不能化。深手を負った者はなしという現状が、|挨拶(・・)であったことを裏付ける。  カシムの鋭い視線に晒されているユウは、乾いた笑い声を響かせた。 「……それで、あの言葉は真実なんですか?」  一人、表情を暗く瞳を冷たく言葉を鋭くする――セレ。  治癒念場という、人一人を受けるとしては壮大すぎる、球体型の瓶。  その中では、力なく両腕を垂らし仰向けで浮遊するレイの姿が。  瓶に満たされるのは、慈雨の純水。  身体の完全回復だけでなく、精神力をも全快させているはずの大掛りな回復術式は――レイの目蓋を開かせるには至らなかった。  ふたつの術式影響を維持し続けるユウは疲労の様子なく、セレの言葉に答えた。 「ゼウスの権力を行使してた|あれ(・・)がなんなのかはわからないけど、それがラミスに乗り移ったてのは確証。 『帝王』のいなくなった【神殺し】の――新しい頭なんてやってるっぽいから」  そして、見回す。  ヒオ、ラオウ、アウル、カシム、美影、フレイア、セレ。  そして――同じ顔、同じ身体、違う瞳、違う装束をしたレクスとエル。  今この場には、十人が揃っていた。  レクスとエルに対する疑問は、レクスとエルの相互が何をも発しないという不可思議によって保留されている。  それぞれの反応薄を見て、話を進めた。 「なぜかはわからないけど【神の決定】は揺らいでいない。ラミスの中に居る|あれ(・・)を倒すか、それとも神の領域に土足で踏み込むか――決めなくちゃならない」  選択肢の提示に答える者はいない。  静寂の圧迫が流れ―― 「やあやあ、不景気な顔をして……どうしたんだい?」  ありえるはずのない声を聞いた。  上がる顔に、驚愕の色が滲まぬ顔はひとつもない。  十人すべてが、この場に現れた十一人目の存在を見た。  蒼髪蒼眼をした青年。纏うは、コートを思わせる深き青。 「ラミス……」  期待交じりの、エルの呟き。 「お久しぶり、エルレイド……ボクの愛しい人」  |その青年が浮かべるは(・・・・・・・・・・)|ずのない(・・・・)、酷く歪んだ笑みが、エルだけを見下ろしていた。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜  神託聖堂には、何も支えていないエネルギー発振柱が何本も立てられている。  そのひとつの上に腰を下ろし、両足を投げ出してぶらぶらと振っているラミスの視界には、十人全員が入っていた。  ラミスは目を細める。 「この身体さ……結構馴染むんだよねぇ。 【神の決定】は解除できないくらいにまでは掌握できてたんだけど、あんな絶対力を手放したら終りかなと思ってたんだ。 でも違う……こっちのほうがいろいろと好都合なんだ。そして悟ったんだよ。 『きっとこれは君からのプレゼントなんだ』ってね……ボクは嬉しくて嬉しくて、いてもたってもいられなくなったんだ」  悦楽に歪められたラミスの顔。  エルは視線を鋭くした。 「勝手な勘違いしてんじゃねぇよ……」 「勘違いでも構わないさ。ボクは――ボクなりのお返しをしに来ただけだよ!!」  そう叫び、落ちる。  皆が構える中、ラミスはゆっくりと飛来して―― 「上なんて見て……何かおもしろいものでもあるのかい?」  明確から曖昧へ移行して、唐突に消え去った。  音源へと弾かれるようにして振り返るエル。同時に、ラオウとアウルが吹き飛ばされる光景を目にした。  巨腕を保つラオウの片腕には、削られたかのような傷痕が。  少し遅れて、鈍い衝突音とともに小さな悲鳴が発せられる。  その音源方向にはレイを受け入れる器がある。それに身をのめり込ませ、ズルズルと落下しているアウルにも、ラオウと同じような傷痕が刻み込まれていた。 「フフ……」  そして、先ほどまで二人の立っていた場所の辺りには、微笑を携えたラミスが。  淡々とした劇を見せられたエルは、目を丸くして圧倒された。 「風の神歌には力、防、速度に刹那の跳ね上げを与える、っていう使い方があってね。 まあ、それだけではないんだけど……ゼウスの力よりも実用性がありすぎるんだよね」  ラミスは一歩を踏み出そうとした。  だが、それよりもはやく地面を滑るようにしてカシムがラミスとの距離を零にして――闇を纏った蹴撃がラミスへと叩き込まれた。  ラミスを貫く闇の撃。脱力したかにみえたラミスは。 「……痒いね、カシム。異常なまでに、か弱い一撃だよ」  微笑を強めただけ。  カシムの片足はラミスの五指に掴まれ、グッと力を淡く込められ――歪になる間なく、ひび割れるようにして、千切り取られた。  反動で退くカシム。腕を伸ばすラミス。焦りの表情と、狂気の笑み。  カシムがどうにかなるよりもはやく――跳躍が危機を回避した。  なくなったはずの片足は、傷ひとつない状態へと修復されている。  ラミスの視線は今立つ七人へと走り――ユウで止まった。 「回復役か……せっかくカシムを退場させられる一瞬も片足復元で潰されたし、先に潰すべきかな」  ラミスは一歩を踏み出す。  人域で追える速さの、その一歩。反応は――立てる者全員より返って来た。  魔力波動によって研ぎ澄まされた刃となった光魂が下方からラミスを打ち抜こうとする。  その線対称。不思議な重力で浮いたままの美影が身を丸めて、なんらかの呟きを結んでいた。  ラミスの左側面へ拳を振るい込もうとするセレ。ラミスの右側面にて双剣の舞を踊るるはフレイア。  そして、気流によって築かれる渦を射線とした水の大群がラミスの前面へと迫る。  大群は龍を形成して、雄叫びの口を造っていた。  ラミスの踏み出した方向にいたユウを隠すように構えるレクスとエル。  全方位から迫る攻撃――ラミスは微笑を消さずに、両掌を左右へと向け。 「すべては――逆へと還る」  全方位を一方向にし、隙なき攻撃網が一方からの力撃へと変わり、傍のはずが遠くに反転して、遠くが傍へと逆になり。空間は切り貼りを終え、一本道という異質と化し。  刹那の強力が、ひとまとめにされた力撃を撃ち滅ぼした。  遠くにいた三人がラミスと対峙する側へと回り。  対峙する側だった四人が不可思議な分布に放たれ。  そんな奇怪を駆使するラミスは、思惑の意図に手繰り寄せられた餌(ユウ)を直視した。  ユウの前にいたはずのレクスとエルは、ユウの背中を見ていて。 「……削除完了」  ユウを貫く風の拳を――見ていた。  エルは感じる。  上がる己の体温を。  エルは感じる。  上がる己の感情を。  エルは感じる。  上がる――怒りの刃を。  レクスの静止の叫びを聴覚で受け止める余裕もなく、一心不乱と化して数歩を駆けた。  怒り狂う心。その衝動のままな動き。単調で率直。 「……あまりにも屑で、おもしろみがないよ。エルレイド」  エルは驚愕する――ラミスの声が背後より聞こえたこと。  身を翻そうとして、それよりもはやく視覚したものへと反射的に両腕を伸ばしていた。  伸ばした先には、あまりにも美しいままな――ユウの肉体。  生を奪われ死を与えられ、動くという自由を失い手放すという自由を得た、仲間。  魂という中身を失った身体は無力、床へと激突することに抗えはしない。そんな事象を許せないエルにとって、腕を伸ばし抱き抱えようとするのは最善の行動だった。  エルの手はなんとかユウの身体を引き寄せ、抱き止める。  その勢いを身体の片側へと集め、身を低く低くして振り返った。  そして、知る。  確かにエルの行動は人として最善であり、間違いではない。  だが――ある意味では、最悪の選択であり、間違い以上の何ものでもなかったということを。   エルの目に映ったのは、自らの過ちだった。  驚愕、恐怖――混沌とした感情のまま、現実否定をするように戦慄くエル。  そんなエルに対して、ただ独りの殺戮者は呟く。 「削除完了……後は君だけだよ。僕の愛しきエルレイド」  三日月型に酷く、唇を歪ませて。  エルの目に映ったのは、仲間が殺された痕だった。  立っていることすらできなくなって、エルは低いままの姿勢から膝をついてしまう。  余計に、殺戮者の――ラミスの――瞳に灯る狂闇が、恐ろしく見えてしまうというのに、だ。  それでもエルは、立っていることが叶わなかった。  仲間を失う。  そんな事象は、エルを戦意喪失させるに十分すぎることで。 「…………つまらない。大いに、つまらないよ」  ラミスの興味を失わせるに十分な、エルの状態を生んだ。  掲げられた片手。  今は、何も起こらない。 「ボクと永遠を共にすることは拒んだくせに。ボクの愛は拒んだくせに――こんな、こんなちっぽけな愛で君は揺らいでしまう」  これから、起こる。 「そんな君は――もう必要じゃない」  空間歪曲。膨張とも収縮ともとれる、空間自体の不確かで曖昧で、遠近のない明確な揺らぎ。 「ボクは……ボクの中で生きる君を……愛し続ける」  その脈動は間隔を狭め、興奮を高め。 「与えてもらえないのは同じ。だから大丈夫なんだ」  例えようのない地響きと、妙に耳に近い破砕音。そんな徴を臨界へと上げ。 「安心しなよ」  理解を超えた不理解の、人域を超えた神域の万象を。 「ボクの愛に応えない君は――すぐにでも、彼らと同じところに行くことになるからさぁ!!」  天と地の隔てが消え、  天と地が一体となり、  また、天と地がその近隣を終えて、  天と地が二体となり、  膨張のような収縮、収縮のような膨張にて、  不理解、不知覚の万象にて、  ――世界は自壊した。