【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE4:怪盗とシスター(第4部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  10278文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE4:怪盗とシスター  押し寄せる漆黒。太陽という光を失った大地は夜を迎えていた。  繁栄の極みにあるといわれる【希望に 溢れし 国】、そのまちのほとんどに白い屋根がある。  その屋根に、ふたつの黒い影が駆けては、ゴンッゴンッと足音を響かせている。  ひとつは青年の姿。もうひとつの影を追っているように見える。  もうひとつの影は青年を追っているのを確認するように後ろを向き、微かに微笑んだ。 「なめてんじゃねぇぞ……」  青年は体に溜まる疲労のせいか、力なく言葉を放つ。  影は黒と紫の仮面を付けて顔を隠してはいるが、紅いロングヘアやバストが強調され、女だということがわかる。  全身黒ずくめのセクシ美女、服も色っぽい。だが、青年はそんなこと気にしちゃいなかった。 「国を騒がしてる怪盗、そろそろ止まれよ!」  無謀な命令――怪盗美女の口元から、苦笑していることがわかる。  仮面も顔の上半分しか隠さない、装飾品に見える。  青年は右にある屋根に跳び移ると、怪盗美女のまえへと回り込んだ。 「てりゃっ!」  突進した青年に触れるか触れないかのギリギリを、怪盗が通り過ぎる。  怪盗から大人の発する香りが漂うと、青年の思考が鈍る。  屋根の端ギリギリでバランスを崩した青年は、しゃがみこんで怪盗を睨む。 「フフフッ……じゃあね、かわいい勇者様」  怪盗はマントを翻してまちの入り組んだ道へ跳びおりようとする。  青年は舌打ちをすると、剣を突き立てた。  ――時よ、我に支役せよ――  青年の持つ時間が光速を超え、青年以外のすべてが亀のごとき速さを持ったかのようにみえる。  怪盗美女も動きが鈍い。青年の実力が高いせいか、止まっているようにみえる。  勇者リュークス――それが青年の名だ。  リュークスは息を整えるために何度か深呼吸をする。 「切り札は使いたくなかったんだけどな――さっさとお縄についてくれ」  リュークスはそう言って、怪盗の首もとに手刀を放とうと振りかぶった。  ――その程度でゆだんするんじゃないぞ、かわいいぼうや――  誰もいつもの速さを失い、白黒の色しか持たない状況。  そのなか、怪盗のひときわ輝く紅い髪がリュークスの目を奪った。  怪盗は軽く、リュークスの頬にキスをする。  怪盗の耳元で軽く揺れる深紅のピアスに、リュークスは目を移すが、リュークスの時はそこで動きを止める。  リュークスの肉体から色が消え失せ、周りの背景と同じく白黒に変わった。 「(何で、俺の体が動かなくて……奴の体が動いてるんだ……?)」  リュークスはギリギリ意識を保ったまま、考える。 その間にも怪盗はリュークスから一歩一歩離れている。 「時の精霊は君だけを支役するものじゃない……よくおぼえておいてくださいね」  待て――声がでない。体が動かない。目が動かせない。  怪盗はみる間に小さくなると、暗黒に包まれた迷路の街道に消えた。 「たぶんそれは特異体質者だと思う」  キッチンでまな板に包丁を当てる音がリズムよく響く。  声の主はキッチンにいる者と同一人物だ。  俺ともう一人の少女は、キッチンから漂ううまそうな匂いに頬をゆるめている。 「特異体質者、魔法効果を受けにくい人のこと?」  俺は脳裏に浮かぶ記憶を口に出す。  まれに生まれるという特異体質者、炎魔法をうけても全く焼けず、雷魔法を受けても感電しない。魔力を遮断した存在。  短所としては回復魔法すら遮断してしまうこと。剣士や盗賊、格闘家になる者が多い。 「つじつまは合うんじゃないですか?」  俺の横で紅茶(最高級)を啜る少女・フレイア。  フレイアのいうことも正しいだろう、だがひとつ合わないことがある。 「なぜ俺が止められたんだ……?」  影響の遮断なら特異体質で納得できるが、反射されたことは納得できない。  その問いに答えるかのように、キッチンからいくつかの料理を携えた女性・セレが姿を現した。 「時の精霊の加護を受けられる者は今では勇者だけ、それに特異体質者が支役を受けられるはずがないよ」  セレの言い分、現状を言っている。  遥か昔、初代・王が生まれた頃は大部分の者が時の精霊の支役を受けていた。  だが、今では精霊の支役を受ける召喚士すら珍しい。 「やっぱりやめたほうがいいよ。 あんな人たちの言うこと何て気にしちゃ、弟君が怪我しちゃうよ……?」 「私もそう思います。あの人たちは自分でもできないことを兄さんに押し付けてるんですから、無視しちゃっていいと思います」  セレとフレイアが止めようと説得してくる。  あの人たちというのは……少し回想にはいるか。        ◆◆ 「ここがセレとフレイアの住む国か……」  上空では線路が張り巡らされ、辺りでは超高層ビルが立ち並ぶ。 ――俺って田舎者だなぁ。  こんなすっごいことになってるとは、思ってなかった。  魔法なんてなくても生きていけるくらい――すごいらしい。 「迷子にならないように、ね?」  セレが満面の笑みで、俺の手を握ってくる。  俺の頬が赤くなる。 「で、図書館はどっちなんだ?」  入り組んだ道は迷路のように見える。  観光に来たなら即迷子だろう。 「道は案内できます、庭みたいなものですから。 でも、図書館には資料が多すぎるので求める資料がでるには何日かかかります」  フレイアは懐かしむように辺りをキョロキョロしながら、俺たちについてくる。  そのとき、金髪ショトヘアのいかにも貴族な男がフレイアに声をかけた。  ――ニヤニヤ顔をする、気に食わない奴。そんな第一印象を抱く。  フレイアもそうなのか、愛想笑いをしながらはっきりと拒絶している。  男はそれに気づいてないのか、フレイアに話しかけている。  ――何言ってるかはわからんが、助けるべきだよな、うん。 「おい、フレイア! 早くいくぞ」  金髪の男が探るように俺をみてくる。  フレイアは男から逃げるように、俺のそばに駆け寄ってきた。  男は地団太を踏んでいる。 「あのひといつも声かけてくるんです、兄さんもたまには役にたちますね」 ――なんだよそれは。  フレイアはにこにことしながら、セレと同じく手を握ってきた。 「兄さんもちょっとは嫉妬してくれたみたいですし、うれしいな」 「嫉妬ねぇ……」  ――身に覚えなし。まぁいいか。 「あのひと、自分の親が偉いからって自分勝手なの。ぜんぜんかっこよくないし、プライド高いし、お姉ちゃんにも声かけるような馬鹿」  ――酷い言い方だな、同感だが。  そんなこんなで図書館に着いた。  セレとフレイアはカウンタで何か言っている。  俺は手持ち房だ。暇すぎる。  そのとき、俺の周りに何人かの黒服が現れる。  そのなか、あのときの金髪男がニヤニヤと笑っている。 「やぁ、朝倉姉妹にまとわりつく蛾野郎」  金髪男が余裕の表情で言ってくる。  ちなみに言うが、俺にとっちゃこの黒服を全滅させることなど簡単だ。  姉妹を越える力を俺は持っているが、今は押さえているせいか金髪男には感じられないらしい。  昔の俺みたく、レベルが低すぎるということか。  だが、俺はまだ何もされていない、こちらから手を出すのは避けたい。 「俺はリュークスです、一体何のようですか?」  嫌みったらしく言ってみる、男はニヤニヤ笑うのをやめない。 「いや、なに。蛾の顔を拝みに来ただけだよ」  ――なんというか……一言で表すと、嫌いなタイプだ。  黒服は笑い声を漏らしながらポキッポキッと指の骨をならしている。  剣は抜かなくてもこいつらには楽勝だ、俺は構えすらとらない。 「姉妹にたてつくのはやめろよ、蛾野郎。 貴様みたいな奴にあの人たちは似合わないさ」  ――なら、おまえには似合うっていうのかよ。  俺は威圧をのせて、黒服をにらむ。  黒服には多少レベルがあるのか、後ずさっている。  だが、金髪男はニヤニヤ笑いをやめない、雑魚中の雑魚だな。 「身の程をしれよ、彼女たちに合うのはこの僕なんだ! いけ、ボディガードども!」  金髪男の命令に、黒服がおびえながらも動き始める。  ――こいつは、一回叩きのめさないといけないよな、うん。 「おあいにくさま、貴様の手を煩わせる気はありませんよ」  黒服が全員気絶する。加害者はもちろん俺だ。  悪いが、元々身体能力は高いんだ。  金髪男は動揺しながら、黒服に声を張り上げている。 「おい、さっさとあのクズ野郎を叩きのめせよ! 父さんに言いつけてやるからな! 僕の命令に従え!」  ――自己中のうえに、おぼっちゃまか。嫌いだ、とても嫌いだ。  俺はゆっくりとその金髪男に近づく。  泣きじゃくって鼻水垂らす男の顔、尻餅をつきながら許しを乞う。 「お、おまえのことも父さんに言いつけてやる! ただじゃすまないからな! や、やめてほしかかかかったら、僕から離れろぉ!」  ――まぁ、こういう奴の正体は虎の威を借る狐なんだろうとは思ってたよ。  殴る気が失せたのでセレとフレイアを目で探す。  そっちはそっちでまた金髪の長身男性に声をかけられていた。 「せっかく再会したんだ、ワインくらい飲もう、セレ?」 「愛称で呼ばないでください、汚らわしい」 「未来の夫になにを言うのか、それとも気を引いているのかい?」 「夫とか言わないで、あなたなんか嫌いです」  ――この男はセレにナンパかけてやがるよ。  俺がどうするか迷っていると、近くで倒れていたはずの金髪男が長身に近寄っていた。 「兄さん、あのクズ平民が僕たちの妻にまとわりつく奴だよ!」  ――平民か、蛾からレベルアップだな。  長身(これからはB)は金髪男(これからはA)と同じくニヤニヤ笑いをしながら、さわやかに握手をもとめてくる。 「この娘たちにまとわりつくのはやめようじゃないか、紳士じゃない、彼女たちも嫌がっている。承諾してくれるかい?」  ――Aと同じタイプの人間だな、これだからおぼっちゃまは気に食わない。  俺はBの手を握りつぶすように力を込めた。Bは俺から離れてニヤニヤ顔の仮面をはぎ取り、憎しみで顔を歪ませている。 「その言葉そのままそっくり返させていただきますよ」  セレとフレイアも俺のそばにきて微笑んでくれている。  ――よくやった、というアイコンタクトか。 「木の根っこを食す平民風情が、僕の美しい剣技で薙ぎ払ってやるよ。 そばにいていいのはどっちか、その貧相なたたき込んでやる!」  ――Bも、残念ながら俺の力を感じられない馬鹿のようだ。  俺が落胆していると、Bは装飾を付けまくった長剣を取り出した。  ――装飾の付けすぎだ、あれじゃ木を切ることもできない、というかファッション用の装飾剣だろうが。 「昔、勇者が持っていたと言われる伝説の剣【エクスかりば〜】 錆にしてくれる!」 「クズ平民に僕たち貴族の力を見せつけてやってよ! 兄さん!」  ――偽物だよな、その剣。  AもBも、もう少し黙ってくれないか?  セレとフレイアも乾いた笑みを浮かべている。 「……あのな、遊びじゃないんだから真剣にやれよ」 「そういえるのも今だけだぜ、クズ平民!」  本来片手で持つはずの剣を、Bは両手で持つ。初期レベルの戦士以下だな、オイ。  俺はため息を漏らすしかなかった。 「おりゃぁぁぁぁぁ!!」  Bはなにをスキとみたのか、おぼつかない足取りでちかづいてくる。  ――ああ、なんというか。仕掛けるまでが遅すぎるよ。  やっと迫ってきた刀身を、俺は人差し指で受け止める。 「悪いが、俺はやさしくないんだよ」  俺はBの模造剣にちょっと力を込めてやる。  Bの手から剣が吹き飛んだ。 「ひっ!」 「ウセロヨオラァ」  Bが少し離れていく。  そのとき人々の悲鳴らしきものがあがった。  Bの模造剣を持った黒ずくめのいかにも怪盗な女。  露出箇所の多い、妙に色っぽい黒いぴっちりとしたスーツを着込み、顔には蝶型のマスクをつけている。  Bが叫びを上げた。 「ぼ、僕の剣が!」 『この剣は頂きますね♪』  容姿よりも幼げな声。  ビシッと片手の人差し指と中指を耳より上へ持ってきている辺りがさらに子供っぽい。  ――なんとも可愛らしい。  俺の頬がゆるむ。 「む〜」 「兄さんの不潔……」  なぜかセレとフレイアがご機嫌斜めだ。  まあ剣ぐらいいいだろう。Bは相当の金持ちらしいしな。 「オイ、クズ平民! さっさと僕の剣を取り返してこいよ! おまえのせいだからな! パパに言いつけて――――ひっ! すすすすみません!」  軽くにらみ付けてBを黙らせる。  そのとき、俺の中でいいことが思い浮かんだ。 「――わかった、取り返してきてやるよ、そのかわり」  俺はBの頭をつかみ、耳元で吐き捨てる。 「『俺の』セレとフレイアに近づかないと約束しろ……わかったよな、わかったら頷け」 「は、はははっはい!」  俺はその答えに満足し、一度作戦をたてようとセレとフレイアに振り返った。 「私は弟君のもの……ポッ」 「に、兄さんのものなんて……どうしてもというなら……」  ――ピンク色の妄想に浸るもの、約二名。  俺はどうにか二人を現実に引き戻すと、二人の住んでいたという場所で寝泊まりすることになったのだった。    ◆◆  その後教えてもらったのだが、セレやフレイアと同じくらいの貴族で、三大貴族と呼ばれるものの一つだったようだ。  ――金があるから他人を使える。だから、己が弱くなる。皆がつき従っているのは金。金がなくなれば奴等も終わる。  そんなことを思ったような気がする。 「自分からだした提案だからな。どうにかするよ」  俺はセレに微笑む。手がかりはいくつかあった。  怪盗は盗ったものをなにに使っているのかわからない。  俺はそのとき、なくなると噂の孤児院も調べた。  その孤児院で働くシスタは赤いロングヘア、怪盗も赤いロングヘア。  そのシスターが怪盗かはわからないが、何かがわかるのではないか期待を持っている。  孤児院への多額の募金があったのも理由の一つだ、盗ったものを金に替えているかもしれない。  あの模造剣は貴族のものなのだから、すぐに売買はできない、もししてしまったら噂がある間は勘ぐられてしまうからだ。  少しの余裕があるから、飯が喉を通る。うまいと感じれた。 「うまいぞ、セレ」  セレの頭を軽く撫でてやる、セレはうれしそうに目を細めた。 「……ふーんだ」  フレイアがご機嫌斜めでご飯を口にかき込む。  俺はフレイアの髪を軽く叩き、くしゃくしゃと撫でた。 「えへへ……」 「……ん……」  頬を赤く染める二人の美女。というより美少女。  幸せなひとときだった。  というか――こんなゴージャスなホテル、両親はどこにいるんだろうか。  次の日。  俺は迷路の道を何度も曲がった先にある、小さな孤児院に着いた。  この国自体に孤児院は少ない。  子供が捨てられるということもなく、孤児院の経営が難しいからだ。  いくつもの孤児院がつぶれる中、次につぶれるといわれる孤児院がここである。  だが、怪盗の出現とともに、最低のくらいだが経営を続けている。  線がつながるかつながらないか、それを見極めるのが目的。  セレとフレイアは図書館からの知らせ待ちにまわした。  第一、俺一人で捕まえなければ意味がない。 「それにしても、こんなところに人がいるのかよ……」  ところどころに蜘蛛の巣が張り、床が抜けている。  ――そのとき、微かな歌声が聞こえた―― 「何人かの子供と……シスターか」  シスターが、透き通ったソプラノ声で子供たちに歌を聞かせていた。 静かな、アンダンテのバラード曲。  子供たちはその歌に聞きほれ、うつらうつらと眠そうにしている。  俺は足音を響かせず、歌がよく聞こえるように距離を縮めた。  シスターの髪は赤く、腰まで届くほど長い。怪盗の髪と一致する。  背の高さ、身体的特徴、顔の輪郭――歌が終わるまで分析を続ける。  ある程度が終わり、このシスタがあの怪盗である仮定の確率を高め、歌に気をやる。  はじめは歌の歌詞を理解できなかったが、少しして呪文に使われる魔語だと気づく。  『勇者の記憶』――俺の脳というパソコンに保存されたファイルを開く。古代語がすぐにみつかる。訳しはじめる。  君なしでは生きていけない 君なしの世界で生きていけない 君のいない日常を僕は望まない  君と過ごす日々を望む僕は罪な人間だ  君のいない世界などいらない 君を返さない神などいらない  君を求めて僕は世界を捨てる 君の温もりを求めて僕は口にする  君なしでは生きていけない 僕は僕自身をかけて君を愛する……  ラブストーリだと理解した。感動物の話だったが、表面上でしか感じられない。  上辺だけで、心がこもっていないといったところか、歌が上手いだけにその本質はわかりにくい。  歌が終わる。子供たちは眠りについていた。 「このような場所に、どんなご用で訪れてくださったのですか?」  シスタは驚いた様子もなく、暖かい笑みを見せてくる。  俺は教会には必ずある、絵がかかれた巨大なステンドグラスを眺め、言う。 「懺悔しにきました、ここは教会でもあるんですよね?」  色ガラスから漏れる光が、俺と彼女の居る場を照らす。  正式には子供たちもいるし、彼女は黒い服を着たシスターだ。  シスターは驚いたように目を丸くし、すぐに感嘆の笑みを浮かべた。 「懺悔に来る人も久しぶり……今は孤児院としてしか働いてなかったですから」  彼女は立ち上がり、ステンドグラスの前に立つ。  両手を重ね、祈るように目を閉じた彼女。 「このような場所にきてくださったことを感謝します。 今ここにいるのは私と、罪なき子供たちだけです。 それでよければ……聞きましょう」 「…………」  俺はそんな彼女に見惚れながら、口を開いた。 「そんな過去をもっていらしたのですね……」  罪ではない。が、己の過去を洗いざらい話してみた。  彼女に探りを入れる――孤児院に来た言い訳、個人的にシスターがどんな対応をするのか知りたかったというのもある。  彼女は目を伏せる。単に対応の仕方を考えているのかもしれないし、俺の話を思い出しているのかもしれない。 「……そのころのあなたには『救い手』が見えなかったんですね」 「どういうことだ?」 「神のように選ばれた存在は、すべての者に救い手を伸ばします。 あなたはそれがみえなかったんです」 「神は皆に平等、そういうことか」 「例えれば救世主(メシア)である勇者が、世界に救い手を伸ばしているのと同じです。 ある意味では救われ、別の意味では救われない。 世界は魔王から救われても、魔物によって失われた命は戻らずに苦しみが残り、人々を苦しめる。 神は平等に手を伸ばすけど、たとえのようにわかりにくい伸ばし方だったりします」  あいつという存在が現れた――それは神の救い手なのかもしれない。  笑うしかなかった、真理というものを教えられた。 「世界が救われることで、人々の人生が続く。それは救いかもしれません。 でも私はそれを嫌います、勇者は世界を救うことしかできないから、この子供たちは救われないから、私にはこんな……小さなことしかできないのに。 私がどんなに足掻いても、意味をなさないのに、勇者はなにもしないから」  勇者は救うための力があり、その他の人々にはない。  力ある者は表面的な幸福しか見なくて、力なき者は本当の救いができる、でも力がない。  話は神からすり変わっている、だが俺は指摘しない。  懺悔していたのは俺なのだが、これだとシスターの相談を受けてる気がする。 「ええと……つまり……そのぉ……」  シスタは上手く話をまとめようとするが、混乱したのか、目を泳がせている。  その仕草が可愛らしく、子供っぽい。 「……ククッ」 「あ! 笑いましたね!? ひどいですよ〜」  頬を膨らませて怒りを示すシスタの口を手で塞ぐ。  一人の子供が軽く寝返りをうった。  ――どうやら起きなかったようだ。  俺はため息を漏らすが、シスタはジト目で俺を見ている。 「……勇者の話、間違ってないと思うよ」 「?」  俺はシスタの口から手をはなし、言った。  シスタは可愛らしく首を傾げている。 「俺も勇者は嫌いだ、なにもしてないのに狙われて、仲間や周りの人に被害を与えてしまう。 耐えられないほどのプレッシャもあるし、自分のせいだと思う罪悪感もある。 力があるっつっても、魔王を倒すことしかできない、目の前の仲間を救うこともできない、かける言葉も浮かばない」  火の海、船の上空、セレの背負う何か――俺は抱きしめることも、言葉をかけることもできない無力な存在だった。  シスタは訝しげに俺を見て、口を開こうとするが、ガタンという音が響く。  俺が目を向けた先――大男が足音をたてずに現れた。 「客人か。悪いが、少しシスターと話がしたい」  分析――大男の背中に大きめの斧がある、拒否すれば戦いが起こり子供たちを起こしてしまう。  警戒しながらも、俺はシスターから一歩離れる。 「大丈夫」  シスターは俺の横を通り過ぎる。  彼女の声が耳元で響く。 「じゃあね、優しい勇者様――かわいい勇者様」 「!?」  俺が振り返ると、大男とシスターの姿はなかった。  俺はスタンドグラスを眺める。 「やっぱり怪盗は――――」  夜の町、ぼんやりとしたネオンの明かりがともる。  黒装束を着た、赤い髪を惜しみなく見せている怪盗美女。  彼女の目の先には装飾品がいたるところにつけられた豪華な杖がある。  怪盗の狙う獲物――彼女は宙へと舞った。 「…………」  勇者と呼ばれる男と怪盗と呼ばれる美女、視線が交差する。  男はなにもいわない。  美女はなにもいわない。  交差する視線はすぐにはずれ、お互いの場所へ戻っていった。 「…………」  勇者は無言のまま、黄金に光る大剣を背から引き抜いた。 『怪盗だ!? 怪盗が杖を盗んだぞ!』  遠くからのそんな声を背に、怪盗は杖を大事そうに抱えて跳ぶ。  一度で建物の屋根に上った怪盗、屋根の道を駆ける。  少しして、怪盗は杖に目を移した。 「これで、孤児院も――救われるんです」  そのとき、はるか上空に闇のエネルギが集まった。  それを察した怪盗だが、今は夜。闇の魔力は黒色。どこに集まっているのかわからない。  そして、落ちた。  ジェノサイド・サタンブレス・エンド  空に何かが現れる。怪盗は反応できない。  怪盗の目に、黒くまがまがしい魔力でできた巨大な刀身が映ったときには、避けることは不可能だった。 「あのさ、今までの勇者は信用できないバカばっかだったかもしれないけどよ」  怪盗に触れるか触れないかの位置に、男が現れた。  リュークス、彼は大剣で迫ってくる刀身を抑えている。  闇の魔力がふたりの左右を通り過ぎている。  怪盗は目を丸くして、固まっている。  そんな怪盗に、リュークスは穏やかな笑顔を見せていた。 「確かに偉い方は上の方しかみないようなバカで、どうしようもないクズだけど――」  リュークスの大剣が炎に包まれ、あるものの形をつくる。  リュークスはその大剣を振るった。  エクス・プロミネンス・ドラゴラムロード  炎の竜が、大剣から伸びる。  闇の刀身を縛るように宙を進み、中から膨張、爆発した。 「今回の勇者に、ちょっとは期待してくれねぇかな」  魔法が発動する。  それは国全体を包み込む五星陣、時戻しの陣。  効果は明確、過去の人間であいたい奴の魂をこの時間に存在させること。時魔法の一つだ。  そして、もう一つの魔法を発動させる。  人の魂を夢のなかで具現化させる魔法。青と黄色の、二つの魔法陣がリュークスを中心に国全体を範囲において廻る。 「な?」  リュークスは微笑む。  怪盗美女は目を伏せ、杖を握りしめていた。 「…………はいッ!」  滴がひとつ落ちる。  リュークスはハンカチを投げかけた。  そして考え込む。闇の刀身がでてきた空間を、穴が開きそうなほど睨んで。  夢のようなときが、刻々とながれた。 「お帰り、弟君♪」 「おそかったですね」  シスタと怪盗美女はやはり同一人物だった。  子供たちに希望を与える手段『プレゼント』をやる為の資金稼ぎに盗みをやっていたようだ。  膨大な数の子供に与える膨大な数のプレゼント、怪盗になるしかなかったと言える。  孤児院がつぶれるにつれ、孤児院の密度は増す。シスタは一人で経営していた。  だが、プレゼントでは心の傷は癒えない。  リュークスにしかできない救いをやった。いないと思われる親に会わせるという救いを。  心の傷を癒すことができたかもしれない、だからシスターは怪盗をやらなくてすんだ。  帰る前に聞いたのだが、大男はシスタの孤児院によく寄付をする方らしい。嘘かどうかはわからないが、たぶん嘘だろう。  シスターもただのシスターではない、本当はもっと別の、実力者だと感じた。  そんなこんなで、Bの模造剣を持って戻ってきた俺はセレとフレイアに向かい入れられた。 「…………」 「どうしたんですか? 兄さん??」  何か忘れてる気がする。  力を使った後にくる何か、その何かは力の大きさに比例してきつくなる。  冷や汗のようなものが流れる。 「そういえば弟君、力使ったよね? 国全体に影響きてるから、気絶するくらいの疲れがくると思うから、気をつけてね♪」  それだ――そう口が動く前に、意識がシャットアウトした。  ――あぁ、遠くで声が聞こえるが、今は深く眠りたい。 「国全体に影響を与えるほどの力――強くなったな。 村にいた頃より強くなり、私を楽しませてくれる!」  漆黒の剣士――彼は国のはるか上空で、国を見おろす。  剣士の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。 「こちらの札、『絶望の王 キング』『魅惑の嘆き クイン』『狂者 ジョカ』 最後の札は、元は貴様のだったな、リュークス」  剣士は手をあげる。  世界の夜空が黒く塗りつぶされ――星の光が消えた。  だが、それに気づくものはいない。 「剣、能力とともに、我が貴様と同等にもてる力がもうひとつある。 それは精霊、貴様の持つ《表》に相反する《裏》の力! 鋼、氷、雷などがあるが――それを受け継ぎし《闇の娘》もそろいつつある! 『――』が発動するには鍵の少女の死が必要だ! 止めて見せろ、勇者よ! 足掻いて見せろ、勇者よ! ゲムスタトのときは近いぞ!」  剣士の叫びが響いた。  それを聞くものはなく、空には漆黒の闇が広がっていた。