【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE15:願いを叶えるための形の(第41部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  6606文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  模倣神《じんぞうしん》たる二体はぶつかり合う。  同時に双腕にての撃を放つ其の神は、異質空間攻撃体なる神。  ぶつかりをやめることで撃を回避する此の神は、星祝の零式なる神。  回避にて開いていく距離――タイミングを計っての、槍による打突が空間たる神へと舞い戻った。  打突を与えられし神は、己が身の一部を盾と変貌させて危険を処理――打突の放ち主は即座にて追撃たる必殺の陣を起動させた。  【極光流星雨】【望武招来】【白キ希望浴ビテ贖罪セヨ】  三つの波が、超時空を駆ける。  三重に噛み付かれる神は、苦痛という言葉を知らぬように零式へと飛来した。  振られる片腕。回避。だが、そのまま腕を折っての肘による打突が零式の顔面にのめり込む。  神の持つに相応しい力量が、互角たる神を負傷させた。  生まれるスキ――無情にも神は拳を固める。  連打の嵐が零式を叩き、粉砕し、無力へと降格させ――  それはあまりにも皆無な変化でしかなかった。  斧が唐突に振り上げられる。  その射線にいた其の神は、片腕をごっそり断ち切られた。  声に生らぬ絶叫。弓形に逸らされた其の神の身体が、狂痛の蝕みを知らせる。  此の神たる零式は僅かに身を退いて、斧を振り下ろした。  其の神の、残る片腕がもぎ取られる。  絶叫は重ねられ、其の神は攻撃手段を失った。  此の神は無情なる二の斬を終えて、さらに距離を取り。  【輝雪ヨ舞エ】  己が顔面を中心とした砲台を展開。孕む絶対は必殺にして最凶最大の、無限をも超える力量の一撃。  それは白き花散りばめて、舞い散らせ――神秘と不可思議と不気味の、定かならぬ光をまず其の神へと送り。  鈍く重い電子音を合図に、撃ち出された白き絶望は、其の神の中心に根を張った。  穴は穿たないで、まるで其の神の一部となるかのように完全定着し。  完全氷結は始った。  内からの侵蝕に抗う術はなく、力は失われ行動は縛り消され。  五感のすべてを奪う封印たるその氷結は、蔦のように八方へと身を伸ばして其の神を蝕む。  蔦は何重にも、何十にも、重ね積まれる。  次第に、身を震わせて抵抗の意を表していた其の神も動きを止めて。  ――此の神は圧勝を魅せた。  此の覇者は悪魔なる剣を担う。  其の覇者は何をも隠して未だ佇む。  此の覇者と其の覇者はお互い緊迫の糸を張らせて、対峙していた。  此の覇者は動き出す。  単なる一歩――それは距離を無しへと縮めた。  飛来に携える斬撃が其の覇者へと伸びる。  其の覇者は無言で――マントに包み隠されし身体をそのまま、抵抗なしで斬撃に咬ませた。 「ちっ……」  此の覇者は二つのことに驚き、舌打ちを漏らす。  ひとつは其の覇者が身動ぎもしなかったこと。  もうひとつは――剣が其の覇者から離れないこと。  左右に動かしても、こちらへ引き寄せようとしても、まるで動かない。  此の覇者は見た。  剣が、其の覇者に埋まることで裂いたマントが、ひらりひらりと舞い落ちる様子を。  そして、隠されぬ包まれぬ其の覇者を。 「……【|無数圧倒(インフィニット) |死誘手々(デーモンハンズ)】」  同時に、伸びてきた。  此の覇者の剣を掴んで離さなかった――其の覇者に巣食う地獄の誘い手が。  此の覇者は跳んだ。  その手にはしっかりと剣が握られている。此の覇者へと誘い手が伸びたことで、剣を握り押さえていた力がなくなったかのようで。  此の覇者の太刀が作った、其の覇者のマントの亀裂。  そこから伸びる無数の手は、まるで柱か何かのように太く、密度があり、絶対値による圧倒をもっていて。  意思あるかのように、目あるかのように、此の覇者へと射線を曲げてきた。 「くそっ――」  はやい。だが、此の覇者はもっとはやい。  手の作る柱を螺旋状に動きながら前進。其の覇者との距離が縮む。  だが、柱を作る誘いの手は、此の覇者を生捕するクモの巣かのように八方へと展開した。  支柱は先ほどまでの柱の縮小版。展開する手は壁のよう。  此の覇者はすぐさま速度を緩める。  制御速度のせいもあってブレーキ後も僅かに前進。壁をつくる手のゆらゆらとした動きが、まるで力を込め伸びようとしているかのようだと思って一歩ほど後退。  その脇を、伸び過ぎ去っていったはずの柱が抉った。  それだけではない。壁をつくったときのように、誘いの手が針や槍のような鋭さをもって展開したことで――剣にて防げなかった足元と肩口が負傷してしまった。  此の覇者は弾かれるようにして無事な片足を駆使して跳躍。距離を過剰すぎるほど大分に開けた。  負傷の確認――片腕が上がらないことと、片足が無感覚になったこと。 「たれが――」  悪態に籠もる感情はドス黒い。  其の覇者は壁を柱へと収納、異様で畏怖的なくねらせに時間を少し費やして―― 「平和のみの楽園創造がために――何が何でもあなたには退いていただきますよ」  マントを脱ぎ払った。  途端、曝け出されるプラス三本の柱。  此の覇者は即座に、地無き地を蹴った。  半瞬遅れて一気に此の覇者を追跡しはじめる誘いの手。  二本が相打ちした。一本が難なく回避され、一気に其の覇者へと距離を詰めた此の覇者を阻害するように残り一本の柱が隔てを作る。  そこへと伸びる三本、此の覇者は振り返ることもせずに下方へと回避。阻害の壁だった一本と突進により槍と化していた三本が衝突した。  できる、混沌とした球体。あまりにも醜い。  此の覇者は、其の覇者へと罵声を送った。 「これでいいのか……? こんなものを使ってできるものに、生まれるものに、手に入れるものに――アンタの求めるものはあるのか……?」 「ええ、ありますよ」  其の覇者は笑った。あまりにも穏やかに。あまりにも優しく。 「≪万象の箱≫で、この世界のような間違いとおかしさのない、平和と幸に包まれる世界を――創る。 レイシアがこの世界で得た絶望と痛みと悲しみは、彼女が得るべきものではなかった。 彼女の運命はあまりにもひどすぎて……だから、私達は決めたんです。世界を造り替えると」  混沌は弾けた。  槍の雨――手の雨が、此の覇者へと降り注ぐ。  此の覇者は動かない。  それは、動けない意を表しているのではない。 「……それは間違っている、といっても、無駄なんだろうな」  ――動く必要がないということと。 「なら……何も言わずに、止めさせてもらう…………立ちふさがるのなら、な」  動かずとも為せるということを、いっているのだ。 「第一振解放定義に沿って――復讐を開始する」  ……虚無の剣が、ひとつの鳴(なり)を奏であげた。  ふたつの傷が、それを肯定とする。間違いはないと発言する。  それは無数にして単一なる斬撃。大型の、超がつくほど大型の。  手の雨は負けた。誘いは対象に抗いぬかれ、絶対的なまでの死が報復の削除を行う。  雨は飲み込まれた。しかし、斬撃はそれだけで留まることなく、さらなる死を欲し。 「が…………」  ひとつの生命から、戦意なる心を奪い去ったのだった。  ――此の神は勝利を魅せた。  ライトファンタジー〜君の待つ向こうへ〜  シドゥは刀身のない剣を手に、硬直していた。  リュークスは、宙に|生えて(・・・)こちらを狙ってくる刀身の斬撃と銃撃を受け流す。  すぐさま刀身は宙の内へと消えた。  リュークスはふぅっと息を漏らす。  空間制御の術式を何重にも巡らせた幾何学収納体なる剣は、いかなる防御をも無力化することのできる転移剣だった。  リュークスが魔力を高めて外界からの干渉を拒絶しているからこそ体内から外へ|生える(・・・)ことはないが、それでも外界から内へと|生える(・・・)ような容赦ない攻撃は無敵。  ただひとつ――リュークスが人でなく空想具現化となっていたことで、シドゥと対等に渡り合えていることが救い。  それでも、一撃必殺の|生える(・・・)の後にある銃撃の波は、防ぎきるには荷が勝ちすぎていた。  まさに『科学の剣』  魔力も妖力も何もない。ただ鍛冶にて鍛えぬかれ、細工をいくつか施しているだけ。  なんと機械的で、冷たいことか。 「レイシアは死んだ……死んでしまったんだ」  シドゥは嘆く。  刀身転移に連続回数制限はないのか、背後に生えるフェイント後に前から迫ってくる剣をぎりぎりいなしたリュークスは、シドゥへの距離を零へ詰めようとした。 「この荒んだ世界がいけなかった。こんな世界で生まれなければ彼女は……もっと輝けたというのに」  だが、所詮リュークスの運動は光速。どんなに短くとも、シドゥとの距離をなくすのに数コンマの時間がかかるのは超えられない壁。  対しシドゥは――必要時間を有することのない転移によって、リュークスを超越した。  リュークスの懐で|生える(・・・)刀身。速度はすぐに緩められず、横っ腹を深く抉り取られたリュークスは、しかしすぐに完全治癒し終えることで損害を零とする。 「【煉獄の螺旋】」  その繰り返しが何十も何百も瞬く間に連続され、リュークスの身体は殺傷を受けては塞ぎ、受けては塞ぎを繰り返した。  そう――シドゥの、空間を玩ぶ剣も、リュークスの前では無力なのだ。  リュークスという絶対者は、やはり絶対的だった。  リュークスは跳躍を重ねる。  光速に光速が重ねられ、残影が残らぬ速さにてリュークスはシドゥの肩を――掴んだ。  片手で、だ。勢いを殺さず、シドゥを掴んだまま超時空を飛行する。  速度は緩めない。常に上昇。連続殺傷が深くなるのも構わない。  リュークスは飛び続けて――唐突に、停止した。  反動で浮き上がったシドゥへと、裁きの一撃を振り下ろす。  そう、裁きだ。裁判なる一撃。それは絶対的。必殺を約束され、条件的必中までもを約束された朽ちの一撃、  だがそれは糧でしかない。ある現象(プリマベーラ)がための糧。篝火では照らされることのなかった、リュークスという存在の得た新たなる力の保有物(プリマベーラ)を展開するがための、余興と指図と予感と信号。  必要なものは揃った。否定されるは今、肯定されるは未来。否定は除外され肯定は存在し続け。  その判断を下す者それ自体を中心として、それ自体を神とする世界が広がって。 「【神現】春(プリマベーラ) 」  二人は。  女神の姦しむ世界へ、|君の待つ向こうへ(・・・・・・・・)と――往訪した。  シドゥは片手を握りこむ。  感覚はある。目にも見える。  シドゥがいるのは、まるで無限かのような煌野だった。  重力がある。シドゥの、花束にうずもれている足元が堅い地盤を訴えてくる。  そして、疑問に思った。  固い地盤から、花は咲くものなのかと。  自答する――不可能だ。  だが、現にそこには花が何千何億と咲き誇っており、花びらがひらりひらりと舞い落ちて。  そこに生まれたもうひとつの矛盾――シドゥは空を見上げた。  淡い肌色の空は暖かい。天球の限りまで全方位くまなく見渡して、しかし花びらを舞い落とすような木がないことを知る。  木があれば空と地の隔てをすべて見ることは叶わないのだから、当然といえば当然のこと。  二つの矛盾――思考しても無駄だ、という結果をはじき出して、考えることを止めたシドゥは。 「ご都合的な世界だな、『春(プリマベーラ) 』 どれだけ強かろうと無理なことを為したいがために、どれだけ勇猛果敢な英雄であろうと無理なことを為すと誓ったがために、こんな――御伽噺の出来事を成すがための世界を、望んだのか」  そしてはたと、自らの言葉が間違っていることに気づく。  彼の者は絶対者ではあるが、それでは成せぬ何かを望んでいるが故に――絶対的でないのだと。  絶対とはすべてを従わす、比較できぬ力量。  それで成せることは数多くあり、しかし彼の者の成したいことはその内になく。 「俺の目指し、手に入れたこの世界――自分勝手に、自由に作り変えられるこの世界。 争いのない世界にしようと思った。だけど、足りないんだ」  シドゥしかいない天球へ、声が響き渡る。 「争いをなくそうとすれば、その根源を根絶やす必要がある。 つまり、人はいなくなるってこと――目指しているものは、望んでいるものは、無理なことだったんだ」  その声に含まれるのは、悲しみ。 「だから、ここには花を咲かせている。壊す者がないからとても綺麗だけれど――見る者がいない悲しさは、とてもわかってしまった」  その声に含まれるのは――絶望。 「俺のしたかったことは優しいことなのに、結果はこんなにも冷たい――だから、決めたんだ。 俺が勇者であるために……|旧世界(あのころ)よりもずっとたくさんの人を救える、真のハッピーエンドを紡げる者になるために」  その声に含まれるのは――希望。 「シドゥ――いや、マリオルさん。あなたに見せましょう」  その声に含まれるのは―― 「俺たちの、『世界を替えずに救いたい』という願いを叶えるための|形(・)の」  ――なんなのだろうか。  喩えられない。喩えようがない。御伽噺かのような嘘っぱちを例示とするしかない。それ以外では喩えられない。  世界を幸で満たす。望むものは同じ。方法は別。世界を生かすか殺すか。そんな違いがあるだけだが、大分に違うといっていい。  その違いが生む差は、何か。方法だけでない。差の何かは、成すために揃えられた何か。  シドゥは思う。  成すための完璧だけは、我々も揃えた。  だが、あちらはさらに、成した後の完璧も揃えている。  この違いは何か。  シドゥは思う。察する。悟る。  ――正義と悪の違いだと。 「……所詮、私は悪から足を払いきれていないものでした、か」 「為すために力が必要なのは、こちらもわかっている。あなたが為そうとしていることと、こちらの為そうとしていることは、結局は救済――同じ、なんだ。 でも、違うことがある。『為すためならどんなことをしてもかまわない』じゃ本当に優しい救済はできない」  シドゥに向く者が、四人いた。  一人は聖剣を持つ者。  二人は聖剣を創る者。  一人は――聖剣と成った者。 「……ごめんなさい。マリオルさん」 「謝ることはないですよ」  シドゥはマリオルとして、微笑んだ。  四人の造る『春(プリマベーラ) 』が、悪意をうやむやと消失させる。  それこそが正義の為せる、傷つきと戦いのない、理解のし合いという偉業。  強制のようで、しかし悪意なしでの壁無き協調の決断は自主。  そんなことで恒久和平は約束できるのか――答えは、否だ。  だが、それも人ならばの話。  為す者は無限で未知数の存在。模倣神《じんぞうしん》と言い表すに相応しい存在。  なら、確率も未知数。可能性は無限大。  つまり――判断することができないのだ。  判断しようにも、未知数すぎるが故に理解すらできていない。 「私は……あなたを誇りに思っています。レイシア」  だが、マリオルは微笑んだ。  それは肯定でもあり、理解でもあり、自らの否定でもあり、舞台袖へと退くことの決意でもあった。  マリオルの笑みに対して、聖剣と成った少女は涙を堪えて顔を伏せる。 「私たち古き者が、新しき者のために平和を築こうと、一世一代の舞台上がりをしたのですが……いささか無粋でしたね。調子に乗ってしまいましたよ。 あなたたちを――レイシア、あなたを信じられなかった私の誤り、それの尻拭いをやっていただけますか? 勝手なお願いでは、あるでしょうけど」  マリオルは聖剣を持つ青年へと、笑みを向けた。  青年は、少女のように顔を伏せることなく、しっかりと目を見返す。 「|あれ(・・)を止めるのは元々目標だったから、お願いされるまでもないですよ」 「……そう、ですか」  マリオルは青年から目を離した。  ゆっくりとこの場にいる全員を見渡して、一度静かに目を閉じ、穏やかに目を開け。 「それでは……がんばって、ください。応援してますよ」  ――己が生んだ最凶の贖罪によって、黒薔薇の砂塵と化した。  『春(プリマベーラ) 』は悪意を紡ぎ取る。  それに伴うは、贖罪という代償。  悪意が大きければ死を。  悪意が小さければ|痛(いたみ)を。  そんな聖域に、悪意の直属が足を踏み入れたらどうなるか。  ――消失。抗えぬ方法にて、人としての死すら叶わぬ消失。  為そうとしていたことは正義、しかし手に持つのは悪意。『世界を独裁しよう』『世界を思い通りにできることを望む』という悪意だ。  その悪意はあまりにも大きすぎる、だからこそ消失の判断が下されてしまって。  それはあまりにも冷たい。だが、冷たいことは当たり前なのだ。『春(プリマベーラ) 』は世界ではない。世界になれなかった空間――複雑にはできていない。  そんな、冷たく単純な世界に――複雑にできている世界の住人たる心温かな少女の、冷たく苦々しい涙が流れ落ちた。  ――此の勇者は、正義な何かを成し遂げた。