ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 ライトファンタジー 第三部 第一章 第三話 ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  largando/トワイライト(3)(第46部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2549文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  腹の底からこみ上げてくるような、この低い音程の唸り。間違いない。  ……魔物。  なぜ街中にそんなものが。レスナはそう疑問を抱いて困惑しつつも、血が凍った思いで神経を尖らせた。  レスナは、人外の存在が察せられるわけでない。レスナが感じ取ったのは何一つ変哲のない、変哲がないからこそ異質な――殺気。  己の知らぬうちに、腰に差した刀剣の鍔に触れるレスナ。 「ミココは、ここに居て」 「え――って、ちょぉっと!?」  キリリと顔つきを引き締めたレスナが、窓枠に手をかけた。  窓は運良く閉められていなかったらしい。カーテンが、外出を止めるようにレスナを包み込む。  しかしレスナは、カーテンを一蹴するようにグッと己が身を押し進め。 「はぁぁぁあああああああああああああ!!」  抜刀とともに、会心の縦一字を斬った。 「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」  肉を断った感触が、レスナに伝わる。それに意識をとられかけたレスナは、着地とともにぶるぶると頭を左右に振った。  そして、真っ直ぐ見据える。  レスナが何を見据えるのか、それは明白。 「GARUUU……」  低い威嚇の声を口蓋から漏らすこの魔物に、違いない。  魔物の図体は、実に建物一つ分。大木が動き出したのではないかと思ってしまうほど、魔物の身体はゴツゴツとした木の幹に酷似していた。ゆっくりと魔物の身が動く度、ミシミシギシギシと音が鳴る。  レスナが切ったのか魔物の片目には傷があり、未だドクドクと血を垂れ流していた。その血は、ドス黒い深緑色をしている。傷のない方の目が、やっとレスナへ向いた。黒い空洞の中でぼんやりとしている赤い光は、怒りの感情が籠められているように見える。 「俺が憎いか」  レスナが尋ねた。答えるように、魔物が大口を開ける。皮膚の一部だろうか、茶色い欠片が毀れた。 「GAAAAA!」 「……そうか」  レスナは、強く刀剣を握りこむ。それを攻撃の予備動作と予想したのか、魔物が少し身構えた。  だが、その予想と大きくはずれて、レスナはサッとその場から三歩分後退する。  同時に抜き出された拳銃(リヴォルバー)が、黒光りを返して魔物に咆哮を上げた。  連続の三度。それが響いて、魔物の図体の三箇所から緑色の噴水が湧く。 「AAAAAAAAAAAAAAAA!!」  |我武者羅(がむしゃら)にのた打ち回る魔物。鼓膜を突き破る音量の悲鳴を前に、レスナは無表情を作って一歩一歩近づいていく。  片手に銃を持ったまま、もう片手に刀剣を持ったまま。  そしてレスナは、ついに魔物の目の前に辿り着き。 「ならば。憎い相手である俺に、総てをぶつけて来い」  ――その瞬間。  ボッと、魔物の瞳に強い光が燃え上がった。  攻撃の手の回っていない魔物の背が、音をたててひび割れる。  そして、数十の破片を散らして|超質量双翼(ガイアドレイク)が身を露わにした。  翼が出現したのと同時、予想外にも魔物の巨体がふわりと簡単に浮き上がる。  翼がはためくと、すぐに魔物は中空へと垂直に飛んで消えた。  レスナの位置から見上げれば、魔物はすでに点程度の大きさ。銃での狙撃も、射線がどんなに正確でも飛距離が足りなくなることが明白なため不可能に近い。  しかし、レスナにはわかっていた。あの魔物は黒い感情をぶつけにくる、と。  だから、レスナは静かに構えてただただ待つ。  だんだん強く握りこまれていく刀剣。手と刀剣が同一と化した錯覚をレスナが得た頃、点の動きが変わった。  小さくなるから、大きくなるへ。魔物は"|悪意による打突(ダークネス・ストライク)"を纏って、地に降り落ちる弾丸にならんとしている。  来るとレスナは感じた。視線を、飛来してくる魔物に固定する。息を呑み無我の境地へ。ただひとつのモーションだけが脳裏に浮かび、それ以外の一切が除去されているレスナは、フッと目を細め。  一閃を振り上げる。  途端、魔物を覆う"悪意"が裂けた。 「総てをぶつけたら……」  勢いを殺され、宙で一瞬の静止を余儀無くされた魔物は、開いてしまったその裂け目のすぐそこまで距離を詰めてきたレスナを見る。 「……地に還れ」  レスナは、銃を持つ方の腕を裂け目突っ込んだ。  そして、発砲音が何度か連続する。  魔物という物質から常に発せられていた闇色の気が、それと同時にさっぱり途絶えてしまう。  ガサガサガサ……  飛びずさり、魔物との着地地点を少し離したレスナは、無事着地を終えた後に音を聞く。  まるで建物が崩れていくかのような、瓦解の音。それは、地面にゴォンと叩きつけられた魔物より響いていた。  魔物はすでに"悪意"に包まれてはおらず、ぐったりと地面に横たえられたその身は今この瞬間にも朽ち果てていこうとしている。  レスナは、意味は無いにしろその"死の瞬間"を見届けることとして、魔物の躯を前にじっと立ち尽くしていた。  パァン――  次の瞬間に魔物の最後の一塊が砕けて、レスナは弾かれるようにして刀剣を投げ込む。  スッと直線に飛んだそれは、突き刺さった。  魔物の躯があった場所でもある、"黒い霧の入口"に。  その入口は、今この瞬間にも渦を巻いて霧散してしまいそうなのに全然消えずに留まっている。それはまるで、突然差し込まれた刀剣に邪魔されているかのよう。  レスナは投げた後のモーションから立ち直り、ゆっくりと音も無しにそこへと近寄っていく。 「来るな!」  その途中、彼は突然声を張り上げた。  横へ。ちょうど泊まり場所と決めた宿の入口へ。  ――開け放されたドアにへたり込むようにして硬直している、ミココへ。 「……あと少しもすれば、自警団がくる。この宿の者も起きるだろう。君は、何も見なかったことにして部屋に戻れ。そうすれば、これからも君は平々凡々とした旅の毎日を送れる。『突然出現した魔物の召還士』という濡れ衣を着せられて罰せられるのは、嫌だろう?」  ミココの返答はない。しかしレスナは、自分は役目を終えたといった風に再び歩き始める。 「ミココ。君は、関わらなくていい。関わるのは俺だけで十分だ」  対象の本人に聞こえるよう配慮していない、レスナの呟き。そしてレスナは、キッと前を向く。  身構えるように慎重に、しかし素早く早足で、レスナが刀剣を抜き取り。  ――――消えた。