ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 ライトファンタジー 第三部 第一章 第四話 ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  largando/トワイライト(4)(第47部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  3535文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  レスナが刀剣を手に取った次の瞬間、レスナを包む風景が一変した。  レスナは周りをきょろきょろと見渡すが、動揺している様子はない。  レスナが居るその場所は、どこかの鍾乳洞のよう。そうでなくとも、左右上下が岩壁なために、洞窟か何かであることは確かだ。広さは、部屋二つ分を並べたほどの幅であることくらいしかわからない。どんな目を凝らしても、道の先を覆い隠す暗黒を抜けて見ることは叶わなそうだ。  レスナは一歩踏み出した。同時、拳銃(リヴォルバー)を腰のホルスターにもどし、刀剣を両手に持ち直す。  砂と擦れ、足音が甲高く響く。長い長い間、途絶えることなく一定に。しかしその足音は、何の前触れなく突然止まった。  レスナの前には、分岐が。  右か左か。この見知らぬ地ではどちらでも同じだろうと、レスナは躊躇の時間を一瞬に止(とど)めて再び歩き出そうとする。  しかし、その一歩は即座に方向を変えた。前方の真反対、一歩前の足跡に沿うように。  そうして踵を返したレスナは、分岐を背に構えて、言う。 「探す手間が省けたよ……」  それに、|その者(・・・)は言葉を返した。 「どうしてここに一般人が……どうやって迷宮(かご)の中に入ってきた?」  男。はためけば翼に見えるのではないかという黒服に、不可思議な白の紋章が走っている。片手はピッチリとした黒い手袋を、もう片手は大柄な籠手を 、それぞれ付けている。男が一歩踏み出した。そのせいで、籠手がガチャっと金属の擦れる音を響かせる。銀色の髪が揺れ、銀色の瞳が細められ、整った容姿がレスナに真っ直ぐ向けられる。 「あなたの召喚した獣を消させてもらった。突然の出現で、民間人が見境なく虐殺される恐れがあったんでね。ついでに、保護者の方にも文句を言おうと思ったんだ」  ……召喚獣の消失に伴う【契約の破綻】に、連れ添ったのか。  男は思う。それならば在り得ると。  【契約の破綻】というのは、召喚士と召喚獣のどちらかが消えた場合に起こることで、まだ消えていないどちらかに連絡を寄越すというものだ。召喚獣が消えた場合、召喚士は召喚獣の死を把握する。召喚士が消えた場合、召喚獣は命令を失って自由の身となる。どちらにしても【契約】という【召喚の目的】の完遂がなくなるので、俗に【契約の破綻】と呼ばれるようになった。だが、月日が経った今となっては、【契約の破綻】という呼称は【どちらかの死の連絡】を指す名称と暗黙の了解がなされつつある。 「まったく、やはり手当たり次第な契約では、絶対服従を申し付けるのは難しいということなのだな。いや、ただのサボリ魔ならまだ許せた。しかし、邪魔物を呼び込むような疫病神になられるのはいかんせん、どうしようもなく苛立ちが募る」 「……完全制御を確立せずに召喚を行うことは、どの聖女もお許しになられていないはずだ。たとえ街の住民の殺害を目論んでいなかったのだとしても、罰は受けてもらう」 「それは無理だ。君も、わかって言っているだろう?」  斜め上からの問いかけに、レスナは感情を押し殺して答えた。 「魔物を従えることのできる召喚士など、聞いたことがない。何なんだ、あなたは?」 「一言で表すなら、魔人」  途端、レスナの前から男の姿が消えた。  しかしレスナは慌てることなく、横へと刀剣を振るう。  ガキィン!  刀剣が何かとぶつかり合った。何かとは、黒く長いステッキ。ステッキの振るい主である男は、先ほどまでレスナと対峙して者と同一だ。しかし、男の印象はそこはかとなく変わっている。  酷く歪んだ男の笑みが、ぞっとするような笑い声をケヘケヘと漏らした。 「ここに来ちまったのがてめえの不運だ。女神様に見放されたと思って、潔く俺様に殺されやがれ」 「くっ――」  男が、ステッキの中ほどを手に取った。そして、くるくるとステッキを小手で回し始める。  遠心力を加算しての一撃は案外勢いがよく、レスナは刀剣を弾かれそうになった。  防に徹してはいけないと、レスナはぐいとしゃがみこんで男の脚に斬りかかる。 「ちっ」  男は反射的に距離をとった。それを狙って、レスナが後退する。  二人ともが退いたためか、彼我距離は十歩分も明(あ)いた。 「おいおい、獲物に合わない距離じゃないか?」 「……それはどうかな」  レスナは、刀剣の刃の平に手を当てた。すると、刃が縦に割れ、中から銃口(マズル)が迫り出してくる。さらに柄を鍔の方に折れば、刀剣は銃への変貌を果たしてしまった。  男の顔が歪む。レスナは冷めた瞳で、男に引き金を引いた。  バァン――  銃声。刀身だったものに光が走り、それが双つに割れた刀身の剣先両方に集った。それとともに術式が展開し、その術式が空気中より魔力を抽出・集束という任務を果たして霧散した。その直後に、剣が銃に変わって二秒も経たぬ間に、その音は鳴り響いた。  それとともに、男の右肩から血の息吹が吹き上がる。地面が赤く塗られていった。  バァン、バァン――  銃声が、さらに連なる。男が無我夢中に跳んで逃げたために、二つの非物体弾丸は男の残影を切るだけだった。レスナは手持ち無沙汰なもう片手に拳銃を持つ。  バァンバァンバァンバァン――  音の羅列から、合間というものが取り払われた。両手の獲物から交互に連続で射撃を行うレスナは、汗ひとつかいた様子がない。  それに対し切羽詰った様子で紙一重に避けていく男。 「調子に乗りやがって……!」  男は舌打ちを漏らし、レスナに向けてくるんと一度ステッキを回した。  すると、ステッキの通った後を引くように文字列の群が宙に浮かんでいく。 「炎よ。煉獄と成れ」  その群は円形をつくった途端に弾け、取って代わるようにしてレスナは炎の"環"に包囲された。  レスナは左右へと銃口(マズル)を向ける。そして、弾丸を乱発した。  数発によって、射線上にあった"環"の部分が掻き消える。それを見て取ったレスナは少しだけ身を動かし、射線の向きを変えた。そうして着実に"環"は炎を消されていき、塵ひとつレスナに到達することはなかった。 「時間を十分にくれて、ありがとよぉ!」  男が、ステッキの先をレスナに向ける。膨大な魔力が男から分離し、その量に見合う炎が宙に溢れた。  まるで洪水。しかし、レスナは眉ひとつ動かさず、立ち尽くす。  そんなレスナに、炎の一波がついに覆いかぶさろうとして――ブォンといきなり姿を現した紫の盾によって、退けられた。  防がれたのではない。男にはわかる、"炎があの盾から逃げた"と。 「魔力弾発砲のために瞬間展開していた魔法陣が、宙に残りカスとして漂っていて、それを改変して盾に……とんだ小細工だ、なぁ!」  男は、手元から炎を打ち出した。その炎の色は今までとは違う。今までのが赤やオレンジなら、今回のものは正反対の青。  その炎はレスナを守る盾にぶち当たると、喰らうようにして盾を貫いた。 「飲まれちまえァ!」  今度こそ、レスナへと炎の波が向かう。レスナはその場から大きく跳んだ。しかし、炎の波は地からレスナに手を伸ばしていく。  炎がレスナに辿り着く瞬間、炎の真反対な存在が押し寄せてきた 「はぁっ!」  "熱"に対義する"冷"  "冷"の究極にあたる、それは氷。  氷の、大波。  それがレスナに伸びる炎を根絶やし、勢いを衰えさせずに男へと流動していく。 「ちぃぃっ!!」  男は両腕を交叉させて構える。すると、炎が何重も何重も男に積み重ねられた。そこへ、一足遅れて氷が覆いかぶさる。  レスナからは、炎の球体が氷に飲まれたようにしか見えなかった。しかしレスナは直感する。あの男は死んでいない。 「来て」  表情が強張ったレスナの手に、ひんやりと冷たいものが触れた。  ギョッとしてレスナは見下ろす。拳銃を強く握り締めるレスナの手に触れているのは、すべすべとしていそうな小さな手だった。  手から腕に目を移していき、そして視線が合う。手の主である、小さな女の子。その子は、いつの間にかレスナの真横に立っていた。  流れるような金髪。透き通った青の瞳。着ているのは茶色のチュニックシャツで、胸元にはオレンジの生地が覗いている。ポトムスはグレーのチャックミニスカート。背の高さに不相応なその子のバディに、レスナはあっと目を奪われてしまう。 「早く」  小首を傾げ覗き込んでくるその子に、レスナは頭が真っ白になってコクコクと激しく頷くことしかできない。  レスナが頷いたのを見て、女の子はレスナの腕に己の両腕を絡めた。そして、とてとてと歩き始める。  そうしてレスナは、女の子に引っ張られるようにして、半端呆けた様子でこの場から離れた。  炎と氷の衝突はまだまだ終わる気配を見せない――