【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE5:妹の願い、姉の思い、闇の進行章(第5部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  11606文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE5:妹の願い、姉の思い、闇の進行章  ――「私の大好きなお姉ちゃん」――  ――「お姉ちゃんを、悲しませたくないから」――  ――「だから、お願い」――  光がおちる。  一人の少女の、手の中へ。  羽が生える。青白い半透明の羽。  少女の【存在】と、光の【存在】が融け込み、混ざりあう。  ――「何の取り柄もない私にどうか・・・・」――  祈りを捧げる少女に応えるように、翼は開花するようにその姿を広げる。  虚無と驚美の世界を、時間を、空間を、瞬間を、創る。  ――「お姉ちゃんや、みんなを助ける力を――」――  意識が浮上する。第三者の視界が白く染めあげられ、少女の声だけが脳裏に残った。  フレイア、私の名前。お父さんとお母さんがつけてくれた名前です。  私の兄さん――本当の兄さんではないけど、成り行きでそう呼ぶことになって……別にそう呼びたいわけじゃなくて……つ、つまりは勇者リュークスのことで――が、昨日の夜はものすごい疲労で気絶しちゃいました。  私は顔面蒼白。お姉ちゃんは混乱して霊柩車を呼びそうになりました。  まあ結局朝には起きてきたんですけど、お姉ちゃんの看護のおかげだってわかってないみたい。一日中、回復魔法をかけてたんですし……  でも、満面の笑みを浮かべるお姉ちゃんを見たら、そんなことどうでもよくなりました。  ちなみに昨日起こったこと――正式には兄さんが起こしたこと――は記事になってました。 【|救夢(すくいゆめ)】とかいう意味不明な記事ですが、夢のなかに思い人がでてきたんですから、心の夢でいいかと思います。  でも気になるのは、倒れる直前に言った兄さんの言葉。 『国の中に闇エネルギが存在する、一つじゃなく無数に。 意志持つ闇――もしかしたら、おまえたちに迫るかもしれない。 ああ、もう無理……寝る。絶対寝る。ってか強制的に寝ちまいそう……』  国の中に闇が存在した形跡も、存在する気配もない。  それでも兄さんは闇の技を放たれたようだから、意識しておくことにしよう。 「(兄さんの言うことだしね?)」  兄さんの言うことは信じられる――その言葉を心で思い描くだけで赤くなりそうだ。  今はそんなことより…… 「(結晶足りたのかな?)」  今私がいるのは宝石店。 結晶や原石があれば加工し、装飾品にしてくれる。 売ってるものは高いけど、加工だとお金はかからない。 できるだけ形がいいのを持ってきたが、三つ、最低でも一つ作ることができるだろうか。 「ペンダントとしては、こういう形になりますがよろしいでしょうか?」  四つの結晶がくっつけられ、十字架を作っている。 ――きれい。こんなにもきれいだなんて。  私はその十字架を何度か向きを変えながら眺め、満足して笑みをこぼす。 ――これならお姉ちゃんも喜んでくれるよね。 「あの、この形のものをあと二つ作れますか?」       ○  ○  ○  そのころセレとリュークスは…… 「弟君、大丈夫?」 「ああ、疲れはとれてきたよ」  リュークスは拳を閉じたり開いたりし、体をゆっくりとストレッチ運動させる。  セレは額に浮かぶ汗を軽く拭い、端末にアクセスして検索をかけている。  闇の力のこと、国にある魔力の計測結果のグラフ作成――わかったことは微量だった。  リュークスは自分自身での捜索を行おうとしている。 「なんかわかったら携帯端末に通信送ってくれ」  携帯端末――拳ほどの、四角い鉄板。黒い液晶といくつかのボタンがついている。  リュークスはそれを懐にしまうと、少し色のはげた茶色のマントを羽織った。 「まああまり期待しないでね、弟君」  セレがそういうと、リュークスは苦笑いを浮かべながら部屋をでていった。  セレは頭につけた桜色のリボンを軽く整えると、もう一度端末に向かった。  キーボードを叩く音が響き、液晶の中にウインドウが浮かんでは消え浮かんでは消えをくりかえす。 「やっぱり情報が少ないな……」  スカイブルの瞳を細めたセレ。  その背後に、黒い斑点が収束し、人の姿を形成した。 『汝、力欲する者』 「!?」  セレはイスから滑るように離れ、手から三角形の魔力を放った。 斑点の塊は腕を振るい、魔力を霧散させる。 『汝の求めしものを我は与える』  闇の斑点は展開し、セレの思考を鈍らせる。  方程式の絶対を示したいセレ、ただただ力を求めるセレ、瞳から光がなくなり、力を求める欲に染まる。 「……私が求めるものは……」  そこで口が止まる。斑点の背後で漆黒の剣士がセレを眺める。  剣士は口を開いた。 「今まで自分より下だと思っていた妹が、本当はもっと強かったんだよな」 「!!」  憎しみのスイッチ――セレの瞳が見開かれ、魔力が荒れ狂う。 「挙げ句の果てに、勇者にも一瞬で超され――才能ない無能者はつらいよなぁ」  セレが拳をつくる。  魔力が跳ね上がると、セレを照らす青白い光が、セレの中から生まれる。  それは、光の柱を身に纏っているかのようだ。 「……私は……誰にも負けない……最強」  セレが手をのばす。  闇の斑点へ、その力を受け入れるように。 「……フレイアちゃんにも……弟君にも……誰にも、負けない!!」  斑点に包まれたセレ。それは白の紙が黒く塗りつぶされるかのような不気味な 光景――  剣士はそれを満足気に眺めた。 「【闇の娘】が増えたな。こいつはなかなかの上玉だぞ、クックックッ……」  剣士のつぶやきが聞こえ、セレの中に【植え付けられた】         「……」  夢霧は国の上空で魔王の帰りを待つ。  同時に、セレが堕ちたことを悟った。  一度【闇の娘】になれば二度と戻れない。私の中に眠る【昔の私】のように、勇者に触れることは許されない。必ず絶望するだろう。 「歓迎するわよ、【絶望の闇】とともに、ねぇ?」  夢霧は妖しく微笑んだ。  これから起こるだろう、リュークスとセレの、お互いが望まぬ戦いを思い描いて。          そのころ、リュークスは…… 「闇の気配……いったいどこから……?」  リュークスは真顔で辺りに目を走らせる。  強いようで弱く、近いようで遠い――そのとき、セレの魔力が大地を震わせた。 「セレ……いったいなにがあったんだ……」  リュークスは身を翻して、急ぎ足でセレの元に戻ろうとする。 「兄さん!」  そのとき、三つの黒い箱を抱えたフレイアが駆け寄ってくる。  その姿は落ち着きがなく、目を辺りに泳がせている。 「落ち着け! 今はセレのとこに戻るぞ!!」 「! はい!!」  一瞬で落ち着きを取り戻したフレイアはぶつぶつと何かをつぶやく。  すると、二人の下に魔法陣が現れ光の粒子をまき散らす。 「座標地点移動距離移動時間超短縮魔法……ワープか」  リュークスは念には念をと、大剣を持って構える。  体内であふれる魔力を手のひらから、剣に通していくと、柄にある深紅の宝石が淡い光を漏らし始める。  刀身の真ん中にある、無数の文字に光の粒が流れ、刀身がゆっくりと動き始める。 「フレイア!」  剣が高速に動き始めた頃に、リュークスはフレイアに合図を送る。  魔法陣が浮遊したかと思った途端、辺りを大きな闇の力が覆う。 「伏せろ!」  リュークスは大剣を魔力で軽くし、反対の手でフレイアの首元をつかみ、押し 倒す。  今までフレイアの頭があった場所に、黒い魔力が通り過ぎる。  その魔力は地面に触れると大きな爆発の柱を起てた。  もう一つ迫ってくる闇。  リュークスはそれを、大剣で薙払った。 「避けちゃうんだね……私の思い通りにならない……」  そんな声が聞こえてくる。その声の持ち主に二人は驚愕する。  一番闇を嫌っているはずの光魔法使いであり、いつもリュークスやフレイアを支えてきたお姉さん。  セレスティアの姿があったのだから――          ――なぜセレが――  そんな考えが俺の中をよぎる。  漆黒のドレス、漆黒のリボンをつけたセレ。いつも以上の力が溢れていた。 「開眼しているのか?」  力とは、レベルが上がるにつれて抑えることができるようになる。  三つの封印、初期封印の開眼と、第二封印の開花、最終開放の開扉。  俺がみるくらいでは、セレがぎりぎり開眼、フレイアが余裕で開花ができたはずだ。 「セレお姉ちゃん……なんで……」 「うるさい!」  セレが手を掲げる。  闇の閃光が、セレに近づこうとするフレイアを押し止めた。 「気に食わないのよ、妹の癖に……私より強くなって……私が死にものぐるいで    手に入れた光魔法を、易々と手に入れて!」   【ダーク・フェンリル召還】【ダーク・タランチュア召喚】    漆黒の狼、黒光りする毛並みを見せつけるように唸る。  漆黒の大蜘蛛、八本の腕で地面を突き破り、紅い目を細めている。 「闇魔法にしかない技【援護者】か!」 【援護者】とは、一対三の戦いの時、足りない二を補うために創られる魔力の塊 。  主の実力が高ければ二体以上の創造も可能な召喚技だ。  だが、闇魔法使いは限られた者しか使えない、魔王と魔神、その恩恵を受ける【闇の娘】だけだ。  つまりこれを使えるセレは―― 「お姉ちゃん!? なんで闇の娘なんかに!!」  開眼したフレイアの背に、八本のピンク色をした半透明の羽が生える。  その中の二つを手に持ったフレイアは、双剣を交差させてダクタランチュアに駆けた。  俺も構えようとしたが、俺の横腹に突進してきたダク・フェンリルの牙が刺さる。 「召されし者よ、餌とともに元へと還れ」 「!?」  ダーク・フェンリルの進むさきには異次元への穴が。  無から生まれた者は無へと戻る――俺はダク・フェンリルに大剣を当てる。  吹き出す血、ダク・フェンリルの動きが止まることはなかった。  穴へと押し込まれた俺、ダク・フェンリルも穴の中へと身を落とすと、穴は見る間に塞がり跡形もなく消え去った。  重みがかかった俺の体は動かない。 「おりゃぁぁぁぁぁぁ!!」  大剣が魔力の循環を早め、高熱を発し、黄金に輝く。  その熱に触れたダク・フェンリルは黒く炭化し、消滅した。  呼吸する間もなく虚空に手を伸ばした俺は、勇者の持つ時の魔力で時空転移す る。  俺の下にある、無色の液体の湖、それに触れるか触れないかのところで俺の体が浮遊感に包まれ、視界がシャットアウトした。         「あ、危なかった……」  視界が戻ったとき、俺は戦場から離れた住宅街の一角に来ていた。  汗が浮かぶ額を拭い、大剣を肩に乗せた俺は、戦場の位置を探る。 「そう遠くないな、フレイア一人じゃダク状態のセレと魔物の相手は無理か。  なら急いで――いや、大丈夫そうだな」  国に近づいてくる魔力、その強大な魔力は空間一つに匹敵する。  今国中の生き物すべてを停止させている闇の結界を抜けるのはすぐだろう。  そして、それほどの力を持つ者は金髪蒼眼の少女だと思える、魔力の性質が一致したからだ。   「とりあえず、お客さんの相手をしねぇとな」  ガシャッ、ガシャッ……  そんな金属と金属の摩擦する音が聞こえると、灰色の鎧を全身に着込んだ騎士があらわれる。 『汝 滅スル 我ガ 使命』  騎士は腰につけた長剣を引き抜く。  長剣は白く輝く刀身を持ち、装飾品などいっさいないシンプルなものだ。  その剣の放つ威圧感は、俺の持つ剣にも匹敵する。 「誰だよあんたは?魔王と同じ闇――魔王の恩恵を受けられるのは娘だけだよな 。  ならあんたはなぜ闇の騎士なんだ?」 『我 汝滅スル者 ソレ 真実 汝ノ問イ 無意味』  騎士が動く。  大きな図体とは比例せず、ものすごい速さで近づいてくる。  俺は剣を横なぎにふるった。  騎士の足が止まった一瞬、俺は魔力を開眼しようと力を込める。  だが、時が停止することも、騎士が停止することもなかった。 『コノディメンション サタンノ管理下 汝ノ力 無影響』  騎士はそういうと、剣を縦に振り降ろす。  闇の斬撃が地面を這って、俺に迫る。   【鳳凰斬空撃】    俺の大剣の刃が空間を削るほどに回転し、その摩擦力で炎を生む。  一振り、大剣の纏っていた炎が俺の前を盾のように立ちはだかる。  炎と闇が衝突する。  お互いがお互いを消しあい、あとには両方が消滅した。  水蒸気、土煙、砂埃――舞立つものを斬り裂くように剣を振るう。  現れた騎士の姿、やつは闇の魔力を剣に纏わせていた。  俺は前かがみになって騎士に迫る。大剣はいつでも振るえるようにしてある。   【暗黒斬撃十字紅】    騎士が地面に自らの剣を突き刺す。  剣から流れ出る魔力が地面を伝って俺の足元に集まる。 「!!」  血のように紅い、大きめの十字架。  波動が十字架の中心に集まるように波立ち、地面を腐敗させる。  それと同時に、俺の大剣の纏う炎は吹き消え、俺の体内の魔力が急速に奪われる。 「ドレイン系の、剣技か!!」  俺は奪われる魔力を補うように、大量の魔力を溢れさせる。  大剣は炎を纏い、俺の動きが平然としたものにもどる。  十字架の範囲外にでた俺は、ドレインの効果を受けなくなり、二倍ほどに溢れでる魔力をその身で受けることになった。  急激な変化についていかない肉体は動きを鈍らせ、精神は集中を途切れさせて しまう。 『汝 敗北スル』 「!?」  いつの間にか俺の横にきていた騎士は、俺の上半身と下半身を切り離そうとす るかのように剣を振り降ろす。 「ちっ!」  俺は大剣を騎士の長剣に押し当てるように体を捻る。  だが、足元がおぼつかなくなった俺は、肩を地面に当てるようにして転けてしまう。  顔面に迫る騎士の長剣、俺は魔力を顔面に集め、爆発させた。  騎士の剣は弾かれるようにして騎士の元に戻る。  俺は、視界が回復しないまま上半身を起こし、地面を蹴るようにして起きあがった。 「貴様……やっぱり闇魔法の使い手……いや、もしかして……」  俺は大剣を構える。  騎士が俺の横にあらわれ、剣を振るってくる。  俺は渾身の一撃を、騎士の半顔に放った。  騎士の体が衝撃で吹き飛び、騎士の長剣が俺の頬を軽く裂く。  傷口からにじみ出る血、俺は大剣を構えることをやめなかった。  騎士のシルエットが立ち上がる、俺の予想通りの姿だった。 「やはり、魔物が合成された……キマイラか」  騎士の砕かれた兜、そのなかに人の顔はなく、肉のない白骨と紅く輝く光があ るだけだった。  騎士はゆっくりと立ち上がり、長剣を構える。 「ポーン系魔物と、人の合成か……手加減しなくてよさそうだ」  俺の中に眠る無限の魔力が剣に伝わり、剣が炎の塊に変わる。  剣が変形をはじめ、あるものにかわる。 「俺の力はディメンションだけじゃない。  みせてやるよ――俺の新しい武器での、技をな!」  俺は【大剣だったもの】を振るう。  纏っていた炎が吹き消され、代わりに血のように紅い大鎌が現れる。  まがまがしいようでいて、美しさと威厳を持つ、【隠されし 黄金の 太陽】の真実。 「我が魔力を受け入れし物は姿を変える。  これが、俺の武器だ!!」  もう一度、大鎌を振るう。  大鎌に蓄えられた魔力が、巨大な斬撃となって騎士を襲う。  騎士は手に持つ剣で斬撃を凌ぎきるが、騎士の鎧に少しのヒビがはいる。 「いくぜ、勇者が行う悪魔討伐劇」      ――無様な死に顔をさらして見せろ――      俺は大鎌を存分に振るった。  そのとき、セレの魔力とフレイアの魔力のぶつかり合いを感じながら……           「【エンジェルフェザー・ダブルクロス】」  フレイアの背後と手から飛び出した半透明の羽は、セレを八方から突き刺そう とする。 「【ダーク・フォス】」  セレの全包囲を包む闇が現れ、球体になる。  羽はそれに防がれると、瞬時にフレイアの背へ戻る。 「私なんかより、強い光を手に入れたフレイアちゃん……必死になってる私をみ ていつも笑顔を見せてきて……優越感に浸ってたんだよね……」 「違う、違うよお姉ちゃん!」 「違わないよ!!」  闇の球体が二つに割れると、セレの背につく大きな翼に変わった。 「私はそんなフレイアちゃんが嫌いで、嫌いで、嫌いで、嫌いで、しかたないの !!」  翼のなかに無限の闇が広がる。その闇が溢れだし、あたりの空間を塗りつぶす 。 「どう、私はフレイアちゃんより強いの、強くて……強くて……何者にも負けな い!!」  セレの手から闇が放たれる。  フレイアは三本の羽を自分の前に、三角形にして設置する。 「【デルタ・シールド】」  魔力の三角形の盾が闇を防ぐ。  だが、フレイアの背後に迫っていたダーク・タランチュアが三つの斬撃を放った。  そんなことも知らないフレイアは防御する間もなく背中に傷を負う。  叫ぶことなく膝をついたフレイア。 「どう、これで少しはお姉ちゃんの苦しみがわかった? 優越感に浸るために力 を手に入れたフレイアちゃんは完璧に、セレお姉ちゃんに倒されたのよ」    フレイアは何も言わずに顔を伏せている。  セレにはフレイアがどんな顔をしているのかわからない。  だが、セレは満足気に目を細めた。 「……違う……」 「まだ言うの? 偽善ぶるのもやめな――」 「違う!!」  フレイアの背から羽がなくなる。  そう気づいたセレの体を、いくつもの線が走る。 「全部、全部違うよ、お姉ちゃん!!」  セレの体は、落ちてきた羽の間に挟まれ、動きが封じられる。  セレの気迫がフレイアの気迫に負けている。そう理解できる。  セレは闇の魔力を高め、羽を消そうとする。  だが、それが無駄だとわかるとフレイアをただ睨んだ。 「まだこんな力を――そんなことしてて、楽しいの!!」 「違うよ! お姉ちゃんは何もわかってないよ!」  話のかみ合わない二人、フレイアは炎の結晶で作った十字架のネックレスを、 セレの首にかけた。 「私、お姉ちゃんに憧れてたよ、それは本当。  でもね、お姉ちゃんの悲しむとこみるのがすっごく嫌で、だからちょっとでも支えになれたらいいって、そう思って約束もした」 「…………」  セレは呆然として聞く。  結晶の輝きを眺め、唐突に涙を流す。 「私、いっぱいいっぱいお願いして、力を手に入れたのに、結局お姉ちゃんを悲 しませることになって、バカみたいだよね、お姉ちゃんがどんなに苦しんでるか、結局わからなかった……」  フレイアも涙を流す。  セレは戦う様子もなく、ただぐったりとして涙を流し、フレイアの話を聞いてい    る。 「お姉ちゃんが悲しまなくなるんなら、私はこのちからもすてる。  守れなかった私に、力は必要ないから……」  セレは首を横に、激しく振る。  フレイアは言葉を発することをやめない。 「だから、ね」          ――そんな悲しいこと言わないで、全部私が悪いんだから――          セレの心の言葉はフレイアに届かない。戻らない関係、そのことを思ってセレ    はただただ涙を流した。  フレイアは無理矢理つくった笑顔のまま涙を流している。         「仲直りしたところで、ボクの出番だね」  二人とは離れたところで、サクラが言う。  いつからいたのか、まったくわからない。  フレイアが呆然とする中、さくらはセレの横に転移すると触診を始めた。 「サクラさん……私なんてことを……」   「わかってる……言葉じゃなくて行動で示してくれるかな?」          ――ドクン――         「え?」  セレの中から【セレ以外の何か】が溢れだし、球体になってセレを包む。 「魔王が何もしてこないはずがない――自分の手駒には自爆させる、それが奴の やり方」 「!? まさかお姉ちゃんは――」 「そのとおり。だから、これをセレちゃんが抑え込めたら闇に勝つことになる。  元々、闇に勝たないとセレちゃんをリュークス君の近くにこさせるわけにはいかないからねぇ」  サクラはそういうとフレイアを抱える。  瞬間転移を繰り返すうちに、セレの姿が小さく小さくなるのを理解していないフレイアはただ呆然とサクラのなすがままになっている。 「ま、呪縛から逃れるのは不可能なんだけどね……」  サクラは小さくつぶやく。  フレイアは祈るように両手を重ねる。 「お兄ちゃん……私じゃ無理だよ……お姉ちゃんを助けて……」          ――当たり前だ、俺は仲間を見捨てねぇ――          フレイアを撫でる男の姿。  それは幻でも夢でもなく――勇者がいた。 「りゅ、リュークス君!? いったいなにを――」 「サクラさん、もしもの時は頼みます」  リュークスはフレイアから手をはなし、優しく微笑むと、今までフレイアとサ クラの通った道を逆走して、セレに駆けた。 「リュークス君、また強くなってる……」 「……兄さん」  フレイアは願う、あのときの祝福がもういちど起こることを。  ――お姉ちゃんがもう一度微笑みかけてくれることを願って――          騎士は倒れていた。  無惨にも顔面以外すべてを破片とされ、圧敗した。  それと同時に【取り戻した】 「あれは……まさしく、救い手」  残虐のように思える攻撃も、こうして【闇】を取り除くためのもの。  不器用な優しさ――そんな言葉が騎士、いや、国王の脳裏に浮かんだ。 「無様だな、国王よ」  漆黒剣士。  国王の視界には黒い影しか映らないが、威圧がすべてを教えていた。 「貴様は元々捨て駒だ、私にとって貴様の姿を装るなど造作もない」  国王の人格とともに、すべてが消去される。  跡形もない、そういい表すのが妥当だろう。  跡形もなく、騎士の姿もなにもかもがなくなった。  ――漆黒剣士、いや、魔王の姿さえも――          闇の結界、セレの中に眠るすべての魔力が作り出した、いわばセレという生命のすべて。  立ち上がる力すらないセレ、非道にも残り少ない魔力も搾り取られようとしていた。 「ごめんね……フレイアちゃん……ごめんね……」  セレの瞳に光はなく、ただ謝罪の言葉を放ち続ける。  闇はただ拡大を続け、セレの力を枯渇させる。 『そんなに謝りたいの? バカな私……』  もう一人のセレ、闇の人格が黒い斑点の人形となってセレに言う。  セレと同じ姿を持った闇。うっすらと笑みを浮かべる。 『あなたはもう休みなさい、選手交代よ』  闇がセレを消そうとする。  セレの神経をひとつずつ闇の管理下にする。  だが――光は現れた。        ひきさかれる。音もなく、認識する間もなく。  闇は霧散するが、セレから取り除かれたわけではなかった。  セレの中に植え付けられたのは、【絶対服従人格】と呼ばれるもの。  精神のものは誰にも取り除くことは出来ない――本人以外は。  闇を斬り裂いたのはリュークス。息切れをしながら大鎌を両手で持っている。 「弟……君……」  セレは力なくそう言う。  セレの魔力は風前の灯火、リュークスは嫌な汗を吹き出した。 「(考えろ! セレは人格を魔王に植え付けられている、それを取り除く方法は ――)」 「もう……いいんだよ、私は生きても……つらいだけだから……」 「バカ言ってんじゃねぇ!!」  リュークスは言い放つ。  そして、自らに眠る勇者の膨大なデタにアクセスし、方法を得ようとする。 「私がいなくなったら……フレイアちゃんをよろしくね……」  リュークスが一つの方法を見つけだす。  それは魔王の【闇の娘】と同様に、勇者の【聖光天使】を創る方法。  仲間に精霊の力を宿らせるために使う技だが、新たな人格を植え付けることも可能だ。  リュークスの案とはつまり――闇人格の塗りつぶし。  だが、リュークスはこの技を一度も使ったことはなかった。  成功確率はとても低い――リュークスは顔を青くした。 「絶対に死なせねぇ――俺がセレ姉さんの存在意義になってやる」  自らの心を尖らせ、できるだけ冷徹に言う。  相手の心に刻み込む、植え付ける――どちらにしても冷たくならなくてはいけない、情を忘れなくてはいけない。  指先に集まる冷たき光を、リュークスはセレの額に押し当てる。              俺(リュークス)の意識内でオリジナルの呪詛を唱え、それをセレの意識内に移植する。 『汝我が物  汝我が手中  汝――――我が僕となり 我を存在価値とせよ   汝の意志は保たれ   汝の意志は縛される』  絶対服従の呪詛、人格というデタを書き換えるため、精神を繋げる。 「……あった」  黒い光に包まれた淡い白の光、どっちが消去すべきものかは明白だった。  デタを除去するためのプログラム、書き換えるためのプログラム――同時発動。  黒を修正もとい塗りつぶす白がすべてを覆い込む。  そこに、俺の精神にコピしていたセレの人格を写し込む。  当然だが、闇に染まらぬように小細工を施して、だ。  小細工と言っても、セレの価値観を正しい方へと少し変えただけ。必要ないかもしれないが。  俺はため息を吐き、最終段階へと移行する。  セレ精神へのプロテクト作成、干渉へのパスワド指定――管理者が誰なのかを刻み込む。  二度目の接続はないように思えるが、魔王が再接続してくる可能性も、未知のプログラムを仕込んでいる可能性もある。  念には念をいれる――征服感とともに自分の物をとられたくないというような感覚も生まれていた。 「これくらいか――」  接続の切断――俺の五感が戻り、急激な疲労がくる。  俺はそれに歯を食いしばるようにして耐え、セレの容態を確かめようと目を移す。 「弟君……ムニャムニャ」  ――穏やかに眠っていた。  俺はあっけにとられ、膝をついて笑みを漏らす。  さっきまであたりを覆っていた結界も、国全体を覆っていた闇も跡形もなく消えている。  ご丁重にも、さっきまであったことはなかったことにしたかのように国は平穏だ。 「結果よければすべてよし、だよなぁ」  なぜ闇が現れたのかはわからないが、もう逃げてしまっただろう、考えてもし かたない。  視界でサクラとフレイアの点が徐々に大きくなるのを眺めながら、俺は大げさ にため息を吐いた。 「ムニャムニャ……ずっといっしょだよ……」            技は成功した。  フレイアとセレはお互いの手を取り合い、和解した。  俺たちが住まいに戻ったとき、【希望ヲ生ム光】の情報が届いていた。 「伝説があるみたい、国から少し離れた神殿の」  セレの読み上げた内容はこうだ。  昔、魔王を倒した勇者はその永遠の牙を納める神殿を創らせたらしい。  その神殿に来た者は必ず希望を得ることができ、昔はやったという病も神殿の加護で直ったとか直ってないとか。 「いってみるしかないな、セレ」 「荷物は今日中にまとめて、出発は明日でいいよね?」 「あ、ああ……」 「お姉ちゃんがいつもよりはハイテンションな気が……」  俺もフレイアも目を丸くする。  セレはいつも明るいことに変わりはないが、今回は本当にうれしそうにウキウキとしている。 「だって、弟君のお世話をするのは生き甲斐だもん!」 「は?」  なにをいっている――のか、理解してしまった。  絶対服従の呪詛が、お世話という形で働いているのだろう。  俺は乾いた苦笑を浮かべる。 「それに、私は【弟君のもの】で、弟君に従うことが存在理由なんだし……ポッ    」 「な……!?」  ――そういえばそんなことを言った気がするが、少し歪曲されてる、悪い意味で…… 「だから、なんでもいってね弟君♪  弟君のためなら体も差し出しちゃうから♪」  なんて良い誘い――って言ってる場合じゃない! 「服従の印もあるんだから……責任とってくれるよね」  なぜかセレの首元には刺繍があった。  その刺繍は首輪のようになっていて、鎖のような形をしている。  ――あんなの、付けたっけ? 「…………お兄様?」 「ハイ、ナンデゴザイマショウカ?」  内心、顔面蒼白。体中が汗ばんでいる。  サクラさんが祈るようにしている――助けはきそうにない。  フレイアは美しい笑みを浮かべながら、青筋を浮かばせている。 「もう過ぎてしまったことはしかたないと思います、ですが、一言」  ――一発の間違えじゃないのか?  フレイアはゆっくりと俺に近づいてくる。 「この……」  フレイアが戦闘時よりも速いパンチをくり出す。 「変態兄さん――――!!」  俺は吹っ飛んだ。  壁を突き破るほど、意識が遠くなっていく。  だが俺は心の中で叫んだ。  ――不可抗力だああああぁぁぁ――         「奴も気づいたか、勇者と魔王の共通点に」  魔王のそばに仕える者は二人。 【魅惑の嘆き クイン】と【氷帝魔 エレンディア】  キングは死に、ジョカは眠りについている。 「だが貴様は汚点を残した、自らの手駒に精霊の力を与えなかったことだ。  少し強くなった程度の手駒は、私の手駒に張り合うこともできん」  魔王の脳裏に浮かぶ二つの人物画。  蒼の魔術士――赤い髪をした女性の姿だ。 「蒼とまったく関係ない姿だったとは驚いた、そして――シスターをしていたことにも驚いた」  国の中で最高司令官の地位を持つ魔王は、簡単に蒼の魔術士の居場所を探り出 す。 「さて、そろそろ本格的に動き出すか。  得られる札すべてをかき集める」  魔王が笑みを漏らす。  長い耳を持つエルフの女は無表情でそんな魔王をみる。        ――来るべき戦いに向けて、打てる手すべてを打つ――            俺は目を覚ました。  フレイアがにこやかに笑っている。  俺は上半身を起こすと、【競れと同じ十字架の装飾品】が首にかけられていることに気づく。  それは洞窟で手に入れた結晶でできていた。 「え……えとね……」  フレイアも同じネックレスを付け、赤面している。  何度かかんだ後、フレイアは早口でこう言った。 「さ、三人ずっと、一緒だからね!!」  フレイアはそれだけを言ってそっぽを向く。  俺はあっけにとられるが、サクラさんのニヤニヤ顔をみて我にかえる。  ――これがしたくて、結晶集めたりしたのか。  以外に子供っぽいフレイアの思惑に乗ることにする。  俺はできるだけ穏やかな笑みを作り、フレイアとセレ、そして自分に言う。      ――ああ、いつまでも一緒だ――                それが叶う約束なのか、叶わない約束なのかわからない。  それでも俺は願うことをやめない。なぜなら、俺が本当に求めているからだ。  神に願う、三人ともに生き時多きことを――