ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 ライトファンタジー 第三部 第一章 第七話 ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  largando/トワイライト(7)(第50部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  3329文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  崩壊址の物々(ぶつぶつ)が散乱する廃墟都市に、レスナは膝をつき少女は立ち|男(ナタリエ)は飛来した。  男が、レスナから少女に目を移す。 「よう、探したぜ――さっきはよくもやってくれたな」 「探さないでって書き置き、見てくれなかったの? ――何度でも打ちのめしてあげるけど、どうする?」 「どれだけ逃げても、てめぇは俺に殺されるのさ――ぶっ殺してやる」 「バカね、殺されないために逃げてるのよ、生きるに決まってるじゃない――返り討ちにしてあげる」  男がニカッと笑い、跳んだ。  男と少女の彼我距離は十三歩ほど。その距離を男が駆け行くための時間が、少女に与えられた反撃の猶予となる。 「させない!」  男と少女の直線上に、レスナが割り込んだ。レスナが男を牽制すれば、上手く物事が進めば少女から危険が消え去ることとなる。しかし男は、レスナが割り込んでくるのを予期していたかのように表情を崩さなかった。 「雑魚の相手でもしてな」  男は片手を横に振るう。  ボォォォォォオオオオオ――  男の動きを合図としたように、熱波を連れた"炎神"がレスナへ猪突猛進のごとくぶち当たった。  視界隅に微かに映っていたのだろうか、側面からの突然の来襲にも関わらずレスナは"炎神"に気づいて間一髪防御を果たす。  しかし、この場で防御を選択することは、男に踊らされることにすぎなかった。 「ちぃっ――」 「がァァァァァァァアアアア!!」  "炎神"の拳撃とレスナの銃が、衝突を続ける。  やはりレスナは人。人外の存在の筋力に敵わず、レスナは後退を余儀無くされてしまった。  それは同時に、男と少女の直線上から強引に退(ど)けられてしまったということにもなる。  そうして男は、一枚上手な思考力をもって失速すらもせずに障害を除去し、少女を見据えた。 「炎よ。煉獄と成れ」 「氷よ、隔てて!」  炎と氷が、再び咆哮を交えあう。 「くそっ!」  タイミングを見計らって"炎神"の拳撃から逃れたレスナが、銃を刀剣へともどして"炎神"を切りつけた。  "炎神"の身が疾走にあるために、刀剣は深く"炎神"を抉る結果となった。炎神が呻きを上げる。その隙に、レスナが距離を取る。  接近戦に不利を感じたのだろう。それか、中距離からの射撃で一気にかたを付ける算段なのかもしれない。レスナはその両方ともを内に抱いて、拳銃(リヴォルバー)を抜いた。  バァン――  一発の弾丸が、"炎神"の眼に牙を向く。弾丸は溶けてしまったようだが、人でなくともやはり眼は非弱なのだろう、"炎神"は怯んで足を竦ませた。  その一瞬を逃さず、レスナは刀剣を今一度銃へ変形させる。  身をあらわにした銃口(マズル)が"炎神"にギロリと目をひん剥く。  バァン――  先ほどと同じく、一発の弾丸が発砲された。  威力には天と地ほどの差があり、今度はいとも簡単に"炎神"が吹っ飛ばされる。  レスナは、間髪入れずに発砲を連続させた。追撃に追撃が重なり、ひとつの弾幕の欠点を補うようにさらに弾幕が張られ。その弾数は、すでにひとつの銃がなせる物量にあらず。  ついにレスナが引き金から指を離したとき、静寂というものが圧倒的な存在感を見せ付けた。  砂煙が立ち昇る。それのせいで、発砲の先が見通せない。レスナは目を凝らし"炎神"を探ろうとした。 「ッ!!」  その頬に、痛みが押し付けられた。  穂(ほのほ)の拳。不確かだが、確かな痛みとしてここにある炎の腕。揺らいでいるが、確かな魔としてここにあるそれは、  無傷の"炎神"  ニヤリと、双眸であろう赤い二つの炎が細く伸びた。  まるで、殴られた瞬間に時が止まってしまったかのよう。しかしハッと気づいたときには、レスナは"炎神"の拳撃で吹き飛ばされる自分の中に|いた(・・)。  片手を伸ばし、地面を掴み取って、レスナは勢いの相殺を全力で試みる。滑り行きながらもだんだんと止まり、そして静止したレスナ。  レスナは、赤く爛れた己の頬を片手の甲で押さえた。  本来ならば痛みを和らげようとする本能の行動だが、レスナにとっては傷の具合を確かめるためのものにすぎない。  そう、レスナは眉ひとつ表情を崩していない。  痛みを堪えるという表情でもなく、まるで痛みを感じていないかのように表情は平然としている。  異常な様子だったが、レスナの対峙する"炎神"もまた異常だった。 「直撃を受けて、無傷ということは……≪|自動治癒(オートリレイズ)≫か」  治癒(リレイズ)というのは、回復技術の最高ランクにあたる術式だ。それには派生物があり、派生物の方は体内に一定期間潜伏できるように改められていてストックが可能だ。特性から自動(オート)という言葉が来ているのかもしれない。  |潜伏型術式(それ)をあらかじめ体内に宿していれば、たとえ術系に縁の無い武闘家でも回復を行える。ただしそれにも、回復対象と潜伏対象がイコールであることや、一度発動すれば消失してしまうなどの欠点がある。  レスナが推測してすぐ、"炎神"の胸板に四つの宝石が姿形を作った。  その宝石は総て、血のように赤く月光のように妖しい。  次の瞬間、四つのうちのひとつがパァンと破裂した。  まるでシャボン玉の破裂につけたかのような、どこか華やかなその音は、この場に不似合いだからか、あっという間に空間へと飲まれてしまった。  残るは、三つ。  レスナが目を細め、"炎神"がニタリと笑った。  氷の壁五つの合間を縫って、鋭く尖った氷柱が数本駆けた。  往く先には、炎の球をステッキの両端に灯す男。 「悪ぃけどな、もう遊んでる暇はねぇんだよ――」  球のひとつが、解き放たれた。  轟々燃え盛り、膨れ上がるようにして炎が氷を一蹴する。  絶大な威力を見せ付けるが、少女には耐えうることができるほどの熱波しか届いていないために、実質的には相殺しか行えていないこととなる。今の爆炎は、場の状況のほとんどを初期に戻しただけなのだ。  戻されていないもののひとつ、男のもうひとつの球がさらに解き放たれる。 「――消えちまいな!!」  そして、炎の息吹を|彼方此方(あちこち)に撒き散らす龍が少女へと一目散に駆けていった。  その速度は、少女に指一本動かす暇さえ与えないほど。しかしそれでも、龍を防ぐ盾(こおり)は隆起した。  ガァンと音をたてて、龍が盾に衝突する。龍は盾に負け、悔しむように唸りを上げた。その次の瞬間、盾から龍に向けて無数の棘が伸長し、串刺しにされた龍があっけなく失せる。  ちっと舌打ちを漏らす男には、もう氷柱が無数に迫ってきていた。男は足元を爆発させ、人外の速度を駆使して飛来物のことごとくを躱(かわ)す。  氷の指揮者たる少女は、男にとってまだ遠い。氷柱による包囲網が築き上げられたのを見据え、漬け込む隙があるうちにと男が疾駆した。  前に二歩。迫る濁流を避けるため、サイドステップ。回避後を狙ってきた別の濁流を紙一重で避け、二つの濁流の谷間を選んで突き進む。頃合を見て飛び出し、さらに三つの濁流から逃れた。  そうも動いてしまえば、包囲網は自然と縮小していく。縦横無尽から打突を繰り出されんとしている男は、大柄な籠手を前方に突き出した。 「爆沈せよ、絶大な力をもって!」  男の言葉が響いて、指の付け根辺りを覆う装甲が発光した。同時、五つの環が発せられ、それに幾千の環が瞬く間に集い、できた五つの珠はひゅんと弾き跳んで氷柱の濁流に立ち向かっていく。  規模は、どうみても珠が小さい。  しかし、どこにそれほどのエネルギーがあったかというほどの圧倒的さをもって、珠は濁流を穿った。  いや、穿っただけで済まない。  珠は勢いを失わず、ゆるやかな曲線を描いて少女に向かう。ひとつも減ることなく少女に往く。その速度は弾丸並、しかし威力はいわずもながら氷で防げるほどのものではない。  躱す、避ける、逃げる、そんな選択肢はない。  勝ったと、男が嘲笑を浮かべた。  少女の表情は――