ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 ライトファンタジー 第三部 第一章 第八話 ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  largando/トワイライト(8)(第51部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2628文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  崩壊址の物々(ぶつぶつ)が散乱する廃墟都市で、|男(ナタリエ)は勝利を確信した。  勝ったと男が思った矢先、五つの珠の向かう先に割り込んでくる影があった。  男は最初、|あの少年(レスナ)かと思うが、視界から確かな情報が入ってきてその予想は覆される。  少女を守るように、珠の射線上に割り込んできた者は"炎神"だった。  馬鹿が、何をしている。男が思い、思うとおりに叫びをあげようとする。  そのとき、珠が"炎神"へと当たり、その炎質な肉体へと飲み込まれていく。  バァァァァァァン――  一瞬の静寂の後、"炎神"の中から自身の熱量を遥かに上回る獄炎が立ち昇った。  それほどの威力を秘めていた珠が、本当に当てたかった存在へと届かなかった証明でもある。  男は歯軋りし、悔しげに地団太を踏んだ。視線が横へと行く。 「よくも……よくもぶち壊してくれたな」  そしてその視線は、レスナをくわっと睨んだ。  刀剣を振り切ったままの姿勢のレスナが澄ました顔でそっぽを向く。  そんな中で、破裂した"炎神"が瞬く間に修復を終えて、それまでどおりのずっしりとした図体を取り戻す。パァンと何かが弾ける音を聞き、頬を引きつりそうになる男だが、なんとか嘲笑を貼り付けた。 「悪(わり)ぃがな、俺の召喚獣は死ににくいんだよ――」 「知ってるよ」  レスナが言い返す。その視界には、まだ宝石がひとつ埋め込まれている"炎神"が。 「でも、死ぬんだろう?」  レスナが、さらに言い足した。  次の瞬間、復活したばかりの"炎神"が、男の目の前ですぐさま氷漬けにされた。  そして、砕ける。  いくつもの破片となって散らばる"炎神"のあられもない姿に、男はぽかんと開いた口が塞がらなかった。 「ナタリエ。君は馬鹿だね。爆沈する相手を間違えるなんて、滑稽だよ。その上、ボクの前にこいつをひけらかし続けるだなんて、君らしくもない」  少女が笑う。その傍へとレスナが近寄り、男はやっと苦渋を顔で表した。 「策に……手抜かりが全くない。お前は、そういうやつだったな」 「褒め言葉として、受け取っておくよ」  男が絶句して搾り出した声を、少女はいともた易く一蹴した。  全力で放った男の一撃を、それに見合う盾を割り込ませて回避。その上で、"炎神"の残りカウントを削る。  鮮やかで、しかしとても難しい、戦略的逆転だ。と、男は余裕が無いというのにそう感動してしまった。  ただひとつ違うのは、残りカウントという概念すらも消し飛ばされたこと。だが、それは予想外なことではなく、少女が氷を使うことを知っている男にとっては当然だと納得できるほどのことでしかない。 「次に凍て付くのは君だよ、ナタリエ」 「それは……どうだろうな。やってみねぇとわからないぜ」  男が、籠手を構える。もう片手ではくるくると小手でステッキを回し、表情は下卑たニヤつきへと張り直されていた。 「ぜってぇぶちのめす」  男の視線がギラリと自分に向くのを感じて、レスナは刀剣を強く握り締めた。  誰よりも先に、男が跳んだ。  一直線にレスナとの距離を縮めるが、輪廻して壁を形作る氷によって足踏みを余儀無くされる。  男の目の前にできた氷壁から、氷柱が飛び出した。  多方向から男へと向かうそれらは、男が上方へと跳んだことで躱(かわ)される。  回避と同時に、周回して壁をつくる氷の群をさらにいくつか見つけ、男はイラついたように口元を歪める。  そこに、追撃として氷柱の奔流が数本伸びていった。 「はぁっ!」  男は、奔流の一条に向かって炎の礫(つぶて)を打ち出す。  直撃の軌道を辿っていたその奔流が左右に裂け、男の両脇を駆け抜けてゆく。 「ッ!?」  それだけで終わりは、しなかった。  真下に展開している氷壁と、今左右に伸びた氷柱と、さらに意図されたふうに男の上方を駆けてくる奔流と。 「……≪|超檻(ドデカパーティ)≫」  少女が呟いた。  四つの奔流が男を包むように渦を巻いて、ひとつの嵐を作り上げる。  ニヤつきの表情を剥いだ男が、焦るように左右へときょろきょろ顔を向けた。  そして、耐えかねた風に男が籠手を持ち上げる。 「爆沈せよ、絶大な力をもって!」  籠手が火を噴き、珠が放たれ、嵐の一角がいとも簡単に穿たれた。  ――男の背後にある嵐の壁も、ともに。  男が内から外へと嵐を破ったなら、男の背後の穿ちは外から内への勢い。 「なっ!?」  内にいる男は、背後からの勢いにぎりぎりのところで気づき、ステッキで防ぐ。驚愕を隠せず、たらりと男の頬を汗が流れた。  勢いの正体を振り返った男は、苦渋を惜しげもなく顔色に表す。  レスナがいたからだ。  レスナの刀剣は、男のステッキとぶつかっている。  男の脳裏で勢いの正体とレスナが繋がり、背後からの不意打ちを狙われたのだとやっとわかった。  頭脳戦は嫌いではない男も、思ってしまう。 「いけ好かねぇ!」  ステッキを強引に薙ぎ、男は籠手をレスナの懐に伸ばす。  しかし、それを先読みしていたかのように、レスナは氷の嵐の奥へと紛れていってしまった。  だが、男にとってその程度のことは屁でもない。 「爆沈せよ――」  珠が五つ生み出された。ともに、そのうちの三つが嵐の壁へと飛び込んでいく。  爆音。温度を一気に覆す火柱が膨れ上がり、氷が晴れる。  晴れた先で姿形を露にしたレスナ。男は未だ地面に突かぬ足裏を爆発させ、レスナの上に行った。 「――絶大な力をもって!」  残り二つの珠が、ゆっくりと発射を始める。  男が動かず、レスナが動かず、珠だけが動く。  男からレスナへと珠が移りゆくだけの時の流れの中で、|移り行き始める(いま)と|移り行った(みらい)で、男の表情が一変した。  レスナの射殺を確信した笑みから、狐に摘まれて唖然とした表情へと。 「≪|氷人形(アイシクルダミー)≫」  男は、少女の呟きを聞いたような気がした。  その男の視界で、|レスナだった(・・・・・・)氷塊がパラパラと砕け散っていく。  男は覚った。  レスナが氷の嵐に紛れたのは、人形と入れ替わるためだったのだと。  そして、レスナに不意打ちを狙わせるための大掛りなフェイントだと思っていた檻が、本当の狙い目だったのだと。 「≪|超氷花(ドデカブリザード)≫」  男は、また、少女の声を聞いた気がした。  それを合図に、嵐となって渦巻くだけだった氷の群が自身を小刻みに震わせ始め。  一輪の、大きく可憐な花が咲く。  ――はずだった。