ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 ライトファンタジー 第三部 第一章 第十一話 ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  largando/トワイライト(11)(第54部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2613文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  リスの尻尾のようにくるんとカールするツインテールは、淡い桃色を帯びている。瞳は黒い真珠を埋め込んでいるようだが、クリッと猫のように大きく覗き込みすぎたら吸い込まれていってしまいそうだ。胸元を覆う花柄に装飾された装甲は、ショートパンツと同じく深い紫色をしている。身の丈に合わない超質量のガントレットは大きく、どこか可愛らしくも見えた。  その身が虚像なのではないかと思えてしまうほど、魔人(ナタリエ)は圧倒されていた。  魔人は必死に対応する。右からの攻撃を両腕で相殺し、即座の切り返しは距離を置くことで躱(かわ)す。反撃など、頭に置くことすらままならない。  魔人は、上半身に衣服を着けていない。元は衣服の一部であったろう破片も、女の子の連撃を受ける中で失せた。 「クソッ!!」  なんとか応戦に喰らいついていた魔人だが、隙を付け狙われてついに懐に打突を受ける。身を抉りこんでくる一撃に、魔人は吹き飛ばされた。結果的に魔人と女の子の距離が大きく開き、魔人にとって好都合な状況が作り上がる。  前方を憎しみに満ちた瞳で見据え、魔人は両腕で空を切った。  炎の波が魔人の背後から湧き上がる。炎神≠フ場合よりも波は大きく、荒々しい。炎の波は女の子へと大口を開け、今まさに喰らいつこうとしている。  魔人から見れば、炎の波は大きな大きな壁だった。紅蓮に猛るその壁が、見る間に遠のいていく。壁が激流になってしまうころには、壁の向こうに立っている者はいないだろうと、魔人は振り切った腕を戻すことを急がなかった。  そして、魔人は見る。見たことで、魔人の表情が見る見る戦慄きに満ちる。 「――ありえねぇ」  魔人の視界の中で、壁に穴が穿たれた。穴を穿った拳撃の余波が広がって、さらに穴が押し広がっていく。  壁が激流へと身を横たえたときには、女の子は魔人への"障害の無い"道を拓いていた。いや、拓くだけで済まず、すでに女の子は魔人へと駆け出している。一歩で十歩分の距離を詰められるその子ならば、魔人との距離を詰めていたといっても過大すぎはしないだろう。  反射的に両腕で構えを取った魔人は、女の子の一撃を間一髪で防ぐ。弾丸のように鋭く、重鈍器のように重く、その子の拳は魔人の腕に叩きつけられる。魔人は痛みに呻いた。それとは別の意思で、魔人の腕に帯びる炎がその子の拳に絡もうとする。数秒にも満たないその出来事を避けるなど、人間の行えることではない。しかし女の子は、拳を直撃させた反動を利用して炎の触手から逃れた。間髪入れず女の子は飛び上がり、上方から脚を振り下ろす。魔人の背中に渾身が叩き込まれた瞬間だった。  追撃が連続する。総てに渾身が宿り、総てが手を抜かずに魔人へ襲いかかる。  魔人は応戦しようと試みて、痛感した。  こちらがひとつの行動を起こせば、相手はふたつの行動を起こす。今は、こちらがひとつの行動を起こそうとする間に相手が八つ以上の行動を起こしている。  ――次元が違う。  勝てるわけがない。魔人は、ぼろきれのように連撃を叩き込まれ続けた。  ある時、女の子の顔と魔人の顔が異常に近くなる。女の子が魔人の顔を両手で挟み込み、近づけたのだ。  そして、魔人は縦に持ち上げられ、女の子の背後を打っ飛ばされる。  何度も転がった後、魔人は久々に息をした気分で荒く呼吸を繰り返す。なんとか女の子へと敵意を向けた。  絶好の機会。今しか攻撃の瞬間は訪れない。今ならばまだ打倒が可能。魔人は、与えられた一瞬の時間の八分の一を思考に使う。いや、思考に使わざるを得なかった。幾億に及ぶ己が技のどれもが、女の子を葬るに値するように思えない。時間が無い。魔人は焦る。とにかく攻撃しろ。そうしなければ敗北が決してしまう。攻撃しろ。やつの弱点を辿り、灼熱を叩き込め。弱点とはどこだ。探せ。弱点を狙い撃てる灼熱も探せ。いや違う。探すな。探している暇などもう無いぞ。ともかく猛るのだ。進まなければ総てが絶望的なのだ。攻撃しろ。攻撃しろ―― 「あああああああアアアアアアアアアアアア!!」  魔人が絶叫をあげる。ともに、強度が高いために連撃でも壊れなかった籠手が女の子へ向く。復讐の器に選ばれたそれは、威力も速度も魔人のどんな技よりもずば抜けている。魔人はともかく攻撃した。  ≪爆沈せよ、絶大な力をもって≫  条文を通して魔力が"絶大"に籠められ、意義の全うを始める。打ち出された"絶大"は五つ。総てが女の子に伸びる。魔人は恐怖に苛まれた。"絶大"があっけなく敗れる予想(イメージ)を思い浮かべてしまった。そして世界は、その予想を現実のものとした。  女の子はこう動いた。まず、片脚を引いて待つ。"絶大"の位置取りを確認し、タイミングを見計らってわざと前へ踏み込む。脚を大振りし、高速の渾身に"絶大"を巻き込む。巻き込まれた方は、巻き込まれていない方へと衝突し、火柱を爆発させる。軌道が近距離の"絶大"総てが誘発されるが、しかし女の子は圏外に佇んでおり全くの無傷。そうして、女の子は、いともかんたんに"絶大"を打ち負かして魔人へと歩き始めた。  ――次元が違う。  勝てない。魔人は開いた口が塞がらずに、へなへなと膝をついた。  女の子が目の前に来ても動じず、拳(チェックメイト)が突きつけられた頃にはもう魔人は死体も同じ。  敗北を覚ったのだろうか。神に近い速度を有する存在には勝てぬと、己の人間らしさを感じたのだろうか。  ――砂に埋もれた火は、あっけなく消える。  ――でも、もしまだ火種が残っていたとすれば。 「ナタリエを殺さないで」  ――燃料(こえ)で今一度燃え盛ってしまうことだろう。  燃料(そんざい)へと、魔人の悲愴な面持ちが向いた。 「ボクが決着をつける。追い詰めてくれたのは嬉しいけど、下がってくれるかな。可愛いお嬢さん?」  グレーのチャックミニスカート。茶色のチュニックシャツ。幼児な顔つきと背丈に合わない、服を押し破らんばかりの双丘。  海原のように青い双眸。稲穂のような金色に輝く髪。  魔人にとっては、見知った顔つき。魔人にとっては見知った容姿。魔人にとっては忘れるはずがない存在。 「ナタリエ、立て。そして、ボクと戦え」  その少女が、綺麗に整った表情を妖美な笑みに歪めた。  ――今一度火が燃え盛らないはずがない。