ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 ライトファンタジー 第三部 第ニ章 第二話 ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  tempo rubato ma quasi con fuoco/王の命令(2)(第58部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2808文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  戦闘に制約は無い。得物を拳にしようとも、得物を不可解な力にしようとも、すべては自由の下で許される。  故にチチルは、自身のあるがままを活かすため、歩むことを初手に選んだ。  十歩分の一歩。超身体能力によるその接近は、反射的に応じるに苦。よってミシェルは、チチルが歩むことを選択したと同時刻に、優勢を築くための一手を発動していた。  ――雪崩。  在り得ない起こり。激流はチチルの視界内で、まるでわたがしが棒に纏わりつくかのように、ミシェルの手先に形作る。  わたがしを喩えにしたが、激流の様はそれに合わない。激流は、喩えるなら、万を越える数の氷柱の大行列。全体で偽似個体の風景を創り上げる、群。  それは、盾の役割を担う。回避するために、チチルの接近が終了してしまうからだ。  そして、激流は布石の意味も持つ。そんなことは皆目見当もつかぬチチルは、選択のミスを犯した。  粉砕してしまうべきだった――ミシェルは、妖しい笑みを浮かべる。 「……≪超檻(ドデカパーティ)≫」  次の瞬間、激流は八方へ放散した。空から降り落ちるときと同様の、ひらひらとした雪の姿で。  範囲は、チチルを飲み込んで尚余るくらい。範囲外との格差は、風景の白くぼやけていることくらいで、放散からまだ時間が経っていないために体感温度はまだ変わらない。ミシェルにとっては、予想通りの程度だ。  呟きが、連続する。 「≪超氷花(ドデカブリザード)≫」  霧散した激流は、元の姿を渇望して流れをつくる。  チチルは、それに否応なく飲まれた。  雪の霧散範囲を示す輪が、急激に縮まっていく。それとともに、雪の集う箇所で水色の球が創られた。  だんだんと色濃く、だんだん固形的に。そして、それに引き寄せられるチチルへと――花咲かせた。  無数の突起が、チチルを串刺しにせんとする。チチルは、突起の射程から逃れられないと判断して、氷の花に向き合った。  突き出される、拳―― 「≪小竜波≫」  渾身の一撃が、棘を打破して更に伸びる。花の中心部に一列の亀裂を叩き込んで、そのまま突っ走り、花を真っ二つに裂いた。  そして、チチルとミシェルの間に一本の道ができた。  チチルがミシェルに目を向ける。挑む、という眼差しを。  ミシェルがチチルに目を向ける。来い、という挑発の意を籠めて。  視線と感情が交差した一瞬はすぐに過ぎて、第二幕が開けた。  チチルの先手。躓いてしまうのではないかというほど屈んで、チチルは前方に跳躍した。  裂けた氷の花を両脇に、弾丸のごとく突き進み――しかし、障害を築いてやれぬほどミシェルは弱者でない。  先手が始まった後に、来た。 「≪|氷道化(アイシクルクラウン)≫」  ミシェルの全身より溢れ出す、  霧状のそれは、チチルが辿り着くよりも早いうちにミシェルを包み込むと、たちまち状態変化を起こした。  ひとつの状態をすっ飛ばした、昇華――形成されるは、鎧の域から飛び出した針山。  直進するチチルを跳ね返すどころか、串刺しにして打倒できてしまいそうな代物だ。チチルはそれを見据え、しかし速度をさらに跳ね上げる。  自殺行為だ。速度分、氷の針の威力が増してしまうというのに。しかし、チチルはそんなことを考えてはいない。そんな概念には居ない。  チチルは真っ直ぐ進んで、ミシェルの纏った|道化(フルアーマー)へと 拳を伸ばした。 「≪小竜波≫」  ……ミシェルの思い描くとおりには、成らず、  打破された一部分から開扉するように、ミシェルの姿があらわとなっていった。  目を合わせるミシェルとチチル。チチルが、言う。 「――ミシェルさん」 「ッ!!」  次の瞬間、ミシェルが両手を上げた。  その指揮に従う、二つの氷の残骸。それは、チチルを前後から押しつぶさんとする濁流となる。  チチルは、焦ることなく飛び上がった。そして、もう片脚を振るい込み、濁流へ蹴撃を放つ。  濁流は側面から叩かれ、無数の亀裂を全身へ走らせる。衝撃で吹っ飛び、粉々に砕け散りながら、それは宙で霧散した。  二つともがその結果に叩き込まれる。そんな些細な脅威で揺るがぬほど、チチルの挙動は覇者に出来上がっているのだ。  も一度廻ったチチルは、とんと両足を揃えて直立。しかし、ミシェルが居ないとわかった途端、直立は崩された。  ――そして、来た。  降り注ぐ氷雨。一粒一粒は、大槍程度の大きさと鋭利さで、ひとつでも懐で当たれば致命傷になると明白。致命傷を受けた後がどうかは、言うまでもないだろう。  チチルは、雨を見定めて跳んだ。角度、高度、勢いともに精密。雨の合間を縫って、粒のひとつに飛び乗り、もうひとつの跳躍で安全圏へ飛び出す。  雨の流れに逆らうように、チチルは上へ少し上がった。目前には、安全圏との境界線が。足を伸ばせば届く位置に、まだ氷雨は降っている。  故、チチルは足を伸ばした。  ひとつの粒に足裏を叩きつけ、第三の跳躍。  さらに高く、さらに上へ。  第四、第五も連ねるが、第六は必要無かった。  ――雨の起点たるミシェルより上に、チチルが在る。  目を合わせるミシェルとチチル。チチルが、言う。 「――ミシェルさん」 「ッ!!」  ミシェルが動いた。それよりもはやく、チチルが動いた。  空中にいる二人では、近い距離を必要としないミシェルの方が有利かのように思える。ミシェルもそう考えて、チチルへと氷弾を放った。  その反動で、距離を開けるために。  策謀は見事に現実となって、ミシェルはチチルとの彼我距離を作ることに成功した。しかし氷弾はチチルの足場に使われてしまう。チチルは跳躍を果たせるのだから、ミシェルの空けた距離も詰まってしまうのは明白な事実。ミシャルもわかっている。|分析はとうに終えたの(・・・・・・・・・・)|だから(・・・)。  チチルは、喩えるに覇者。  万の軍勢を相手に、ただ独りであっても抗いきれる存在。万と咲き誇る花の中、一輪だけ日光の下に輝く選ばれし存在。  覇者の力量を理解し、覇者には生半可な力が通用しないと把握し、されどミシェルは笑みを強めた。  なぜなら――ミシェルが魔女だから。  生半可でない≪力≫を有する、覇者に対抗し得る存在であるから。 「…………反撃開始だよ」  その≪力≫というのが、今呼び覚まされた。  ――この世界は、四つの元素から成り立っている。  水、土、光、風。  それらは『超常現象』という形をもって、神の感情を表現する。  水ならば、奔流となり。土ならば、地を揺らし。  光ならば、天空に轟き。風ならば、猛り狂って。  呼び覚まされたのは、どれひとつ漏らしていない|総て(・・)。  水竜。ミシェルの背後から、ミシェルの頭上を越えて巨体を構える、飛竜。  土竜。水竜よりも一回り小さめで、ミシェルの脇の宙に腰を下ろしている。  光竜。天に暗黒を満たすことで、金色の己が身をより際立たせる、巨翼竜。  風竜。天に満ちる暗黒に時計回りの渦を巻かせ、木が根元から折れん程の風を世界に爆ぜる存在。赤い双眸は向く。自らから比べれば小さき、その覇者へ。  ――魔女が、天地を掌握しし力を駆使する。