【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  tempo rubato ma quasi con fuoco/王の命令(4)(第60部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  3385文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  ミシェルは、ふと思い出した。  己の知識を本棚状に構築し、その中から一冊を取り出す。そして、開く。  文面は、こう。  ――≪力(フォース)≫には、底がある。  故、極限の状況以外では消費を抑えるために三つの封印を施しているのだ。  初期封印の開眼と、第二封印の開花、最終開放の開扉。  チチルは、手加減をしているという風ではなかった。それは、≪力≫を何割か封印して、全力の上限を引き下げていたことなのだろう。ミシェルは予測し、本棚へと本を収め直した。  前に向き直れば、チチルの容姿が目に入る。  薄い桃色をした毛皮を首に巻き、そこから下には、毛皮と同じ色をしたマントをサラッと垂らしている。マントは、全身を覆うほどの大きさに、巨大な魔法陣を縫いこんである。全体の色は毛皮と同じで、魔法陣は一際濃い桃色をしている。  チチルが、身を小さく動かした。その拍子にマントが揺れ、異様なまでに強力な胴用装備が一瞬だけ姿を現す。それは、やはり桃色。  チチルの容姿も、若干変わった。  カールを描いていたツインテールは、彼女の背中と肩に全部下ろされている。肩に下りている髪は指で摘める程度で、背中ではなく彼女の胸元の方へ伸びていっている。背中に下ろされている方は、腰よりもぎりぎり上のラインだ。  白い。雪のように幻想的に。だが、真っ白いわけでなく、やはり胴用の物やマントと統一されている。毛皮を淡い桃色と表現したが、髪はそれ以上に淡色だ。  戦闘中は冷然とした風に切り替えられていた相貌だが、姿が変化してさらにキリリと引き締まったように見える。  より刃に近づいたチチルの視線が、スッとミシェルを捉えた。  ミシェルは、それに堂々と相対して、とつぜんニヤリと微笑む。  ――指揮が執られた。  1グロスもの多量の氷弾が、集い重なり被さって、巨大樹の幹なみの槍となる。  それは一直線に伸びていって、側面からチチルを撥ねようとした。  チチルは、来襲しにくるその槍を見据えて、表情ひとつ変えない。  スッと、チチルの片手が槍の方へと伸びた。まるで、待ち構えるのように。  そして、その"まるで"を現実は描いた。 「……か弱い」  槍の一閃は、迸らない。無造作に伸ばされた、槍よりはひとまわりもふたまわりも細い女の腕ひとつで、いともかんたんに失せさせられてしまったのだ。  チチルは、掌に若干、力を籠める。  形で表すなら、原子並の一粒。その程度の力だけで、槍に変化が訪れた。  瓦解。グシャッと形を潰して、砂塵と化していってしまう。最後の一粒が重力に沿って行ってしまってから、チチルは片腕を下ろした。  チチルの目が、ミシェルに向く。 「歯痒いですよ――ミシェルさん」 「ッ!!」  ミシェルが、怒りを押し殺すように歯を噛み込んだ。  だが次の瞬間、ミシェルの口端がくいっと歪む。  チチルは気づいた。そして、見上げた。  天の一点に、光が集う。神のごとき光の竜に命じられて、光が集っていく。  世界から光が薄まり、闇が濃くなり、その分、天の一点が輝きに満ちる。  みつめられないほど、眩い。四竜のうち、何もせず君臨していた光竜が、咆哮を"溜め"ていた。  氷の大槍は、時間を稼ぐための囮――総ては、ミシェルのあるがままに。 「響け、壮麗たる光明の一閃……」  ミシェルが、チチルを前に、片手を上から下へと振った。  それが指揮となり、合図となる。  合図を受けて――落ちてきた。  天より、害が。罰の一撃が。 「≪|神光撃砲(アー)・|第四神部具現象(リア)・|制裁一閃(ル)≫」  白光が逆光の勢いで其の者へと伸びていく。  そして、天より低い蒼穹で、波動の|翼鳥(よくちょう)がはねをひろげた――  ――ええい、くそ。  体内に封印される"神覇崩魔大剣"並には至らないが、少し前までなら全力だった"竜撃" それが、直撃だというのに、瞬殺どころか傷を負わすことすらできなかったのだ。  ミシェルは敗北の苦味を噛み締め、舌打ちをついた。  チチルが優勢である今、それを覆すには波を断ち切る必要がある。絶え間ないであろうチチルの連撃を回避することも考え、氷が集結して形作られた翼をはためかせてミシェルが脱兎のごとく飛び退いていく。   向かう先は、光竜の付近。他のどの竜でもなく、四竜で最強を誇るその一匹へ。高速移動によって、ミシェルの視界で光竜の姿がドンドン大きくなる。  瞬く間に光竜の傍へと辿り着いたミシェルは、くるりと回りながら彼の巨躯の股をくぐり、背後に回った。  そして、一息も入れずに指示を飛ばす。 「"レックスカイザー" 神の第五の双腕で、世界を丸ごと≪砕き潰≫せ!」  光竜が、世界から集めた光で出来ているその身を揺り動かした。肯定の返答だ。  次の瞬間、竜の目がギロリとチチルに向く。生半可な者であればそれだけで自我を瓦解されてしまうだろうが、チチルは違う。チチルは、難なく視線を受け止めて、向き合う。  チチルは、ミシェルと違い、翼を持たずに宙に"立っている" 浮くのでも跳ぶのではなく。まるで、彼女にしか見えない地面があるかのように。  そしてチチルは、不可視の地面を踏み込んで、駆け始めた。  あっという間に、光竜との彼我距離はおよそ五歩分まで縮められる。その距離は遠いわけではないが、近いわけではない。チチルにとっては不利な距離で、光竜にとっては有利な距離だ。 「――」  光竜が咆哮を上げる。同時、その金色の装甲皮からぬるりと灼熱業火の球が|発生(とびだ)した。  それらは、チチルを平面的全方向――上下左右、その他斜めの方向――から、チチルへと牙を剥く。  だがチチルは、恐れすらも抱かなかった。  そして繰り出される、実に八度に渡る連撃。  吹き荒れる風を押し返す、横一文字の脚の振り薙ぎ。  その流れに沿って鋭く打ち出される、脚撃と掌低。  サイドステップのように跳躍し、がむしゃらに力を籠められた回し蹴りが豪を振るう。  ステップが終了しても、残響のように脚撃が二発放たれ、チチルの一連的行動は終了する。  その行動により巻き上げられた疾風が、双つ、必殺の意に満ち足りる斬撃となって走った。  ――音よりも速く、結果が導き出された。  結果の名は"打破"  神の名を与えられし獣の"破滅""瓦解""粉砕"  光に満ち溢れていた身から光が失せ、威厳を迸らせていた身から力が失くされ。  それは、神で無きただの躯へと、瞬く間に変貌してしまった。  そして、障害を叩き伏せた者が、さらに前へ行く。  ――攻め入る。 「――ミシェルさん」  目と鼻の先にミシェルを見据えて、チチルが何度目かになる呼びかけをした。 「――チチルちゃん」  初めて、返事が来る。  チチルがミシェルを見、ミシェルがチチルを見、今、真正面に二人が向き合った。  だが、静寂は訪れない。光竜が死滅しても、まだ全てが消え去ってはいない。  三つが、チチルの背後と左側面と右側面をそれぞれ狙って、己の強力な技を続々と発動していく。  ひとつ、一発の水弾。ひとつ、無数の嵐弾。ひとつ、己が身を使った偽似隕石。前にミシェルを置くチチルに、逃げ道は全くない。  当然だ。逃げる必要が無いのだから、そもそも在らなくていい。  チチルが片腕を振るえば、世界が戦慄き。戦慄きは、宙を駆ける衝動となり。衝動は、あまりの強靭さ故に刃のごとき風と化す。  そんな衝動が駆けたから、神の獣は叩き落されてしまった。  勝負の分かれ目。境界線越しの、どちらかとどちらか。勝利と、敗北。上と下で表すなら――下へ。  敗北の方向に投げ出された竜たちは、光竜の後を追った。  風の閃刃によって両断された竜たちの躯は、粒子集団となって空気に溶け消える。  ――チチルの前に位置する者に、変化(へんか)が訪れた。  チチルは、それに気づいた。見知ったそれ。見知った恐怖。最凶であるがゆえに持ち主さえも殺してしまうそれが、鞘から抜き払われた事実(へんか)。 『垓量封印術式解除要請受信 星祝零式主核系列体操作掌握申請開始 対封印解除妨害暗号解析 形成象形認識 空間適合超補助魔力膜展開 具現座標認識 転送座標認識 封印式輝雪昇華開始』 『全・一斉現界』 「黄昏より、舞い上がれ――【神覇崩魔大剣 ニルス=レクト】」  ――戦禍終息神アガルドリムに沈められし太陽が、黄昏の檻より飛び出した。