【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  tempo rubato ma quasi con fuoco/王の命令(5)(第61部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2810文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  ゆらりゆらりと、大剣の剣先がチチルへと向いた。  チチルは、それを真正面から見つめる。  大剣の全長は禍々しいほど黒く、脈打つ血のごとき赤が走っている。大気ほどに炎気が溢れ、それが大気を焦がし、剣のあげる唸りとなっている。  持ち主は、大剣を得物としているとは思えない背丈だ。その分の成長力が胸に集中して、幼稚な容貌に不似合いな色気を醸し出している。  大剣がつくる暴力的な茜色の風景の中で、二つに束ねられた金髪が妖美に揺らめく。持ち主・ミシェルは、言った。 「……負けない」  チチルとレスナはどんな関係なのか。もしかしたら、己には割り込めないようなものなのかもしれない。  でも、少なからず、そうでない可能性もある。ただの昔の女。もしそうだったならばと、ミシェルは思う。  ……ボクの色気で、お兄さんはイチコロなんだ。君がどんな萌え要素をもってこようとも、この世の男の妄想にど真ん中ストライクで突っ込むボクのスタイルには、敵いっこないんだもん。  覇神を対等の存在であると認め、その上で魔女は勝ちを狙う。  |抱いてくれた(・・・・・・)彼を、それほどまで愛しく思ってしまっているのだ。  絶対強者の席は、たったひとつ。魔女と覇神は、一息分にらみ合った後、席を奪い合うために動き始めた。  "――全てが曝け出され、二者による最終幕が始まる。"  大剣を片手に持ち替えたミシェルが、もう片手を振って指揮を執る。  すると、今までと同様に、指揮を受けた無数の氷が激流を描き始めた。向かう先は、もちろんチチルだ。  こちらの不利な地形を設置して、隙を作ろうとでもいうのか。チチルは憶測して"粉砕"を籠めた拳で激流に対峙する。 「ッ!?」  そして、チチルは目を丸くした。  拳を打ちつけた氷が、砕けない。拳は激流に埋まり、奥へ奥へと誘われていって、チチルの腕の半分が一気に飲み込まれてしまう。  ――しまった。  チチルは必死に身を動かし、激流の射線から逸れた。片腕が丸飲みされたままで、チチルは激流の動きに翻弄される。  それだけではない。激流から零れる礫が、チチルの全身にぶち当たっていく。チチルは、更にその先の悪夢も予想していた。  一分一秒でも早く、逃げ出さねば――チチルは、拳に爆発的なまでの力を迸らせる。 「≪小竜波≫」  撃が瞬いた。そして、氷の枷が拳から一瞬だけ離れる。  その一瞬を突いて大きく飛び退き、チチルは激流との距離を空ける。  だが、そこにも輝雪の束が回り込んでいて――そんな先読みの策謀もあってか、チチルがどれだけ歩を重ねようとも、一時の平穏すら訪れそうにない。  いつしか、激流が包囲網を築いてしまっていた。どちらを向いても、迫る輝雪ばかり。普段なら打破するが、神秘的なれど重厚なあの壁は打ち破れぬと先ほど痛感したばかり。  故にチチルは、今この瞬間にも着実に消えていっているだろう脱出口を求めて、弾丸の速度を纏い宙を猛進する。 「≪小竜波≫」  そしてチチルは、氷が描く嵐の外へと飛び出した。  激流はまだ射線を改めていない。しかし、また追っ手となるのは明白。振り払えているこの機を逃さず、チチルはミシェルへと双拳を突き出す。 「≪滅多≫」  まるでポッドから射出される一陣のミサイルのように、拳大の|丸撃(がんげき)が拡散する。  拡散したそれは、個々違う軌跡を描いて、しかし吸い込まれるように同じ対象へ――ミシェルへ向かっていく。  檻から抜け出されるなど、どうということはない。ミシェルにとって輝雪は本命の得物の付属にすぎぬ。無くとも困らぬ、ようは、ミシェルの本領の一部にも入らぬ力なのだ。  故に、ミシェルは揺るがない。大剣を一度振るい、段違いの威力をもってして丸撃を消し去る。  チチルも、その程度は予想していた。ミシェルの大剣の力量は、すでに目にしているのだから。  ただ、一瞬だけでも注視の浅みを作ることができれば、それでいい。  その一瞬に、チチルは光速で疾駆してミシェルとの距離を詰めた。位置は、ミシェルの振り切った大剣がちょうど目と鼻の先に在る、ミシェルの側面。  ミシェルは驚いた。その同じ時に、チチルは詰めた。 「≪滅多≫」  第二波が、爆ぜる。  零距離近くでのその発砲を、大剣から揺らぐ炎気が防いだ。  だが、全部は許容できない。丸撃のいくつかが炎気の盾(まく)を破り、ミシェルに殺傷を行う。どれもかすり傷にしかならなかったのが幸いか、ミシェルはただちに大剣を手元へ引き寄せて、応戦を始めた。  密着が絶好の状態というチチルにとって、薙ぎが強力なミシェルは分が悪いといえよう。特に傷を負わせることもできず、チチルは距離を離さなければならないのだから。  そして、当然やって来るものがある。チチルは物音でそれを察して、更に歩を重ねた。  数歩前の彼女の居場所に、駆けていくものがある。しかし、今彼女の居る場所にも、同様のものが向かってきていた。  気味が悪くなるほどねちっこく、追尾してくる。さらに、粉砕できぬ質であるという性質(たち)の悪さまで付加されている。  そう逃げ続けてもいられまいと、チチルは口をぎゅっと結んだ。  ――――終幕は、直ぐ。  そして、波状になって追いかけてくる輝雪の群に振り返った。       ○  ○  ○  世界を統べる四素巨龍体の、産まれてから滅亡するまでを見届け。二者の、覚醒と覚醒の交錯も見届け。  二人の傍観者は、佇む。  佇む場所は、此処でない其処。此処に重なって存在する、異空間。  其処にあるのは、傍観者二人のみ。形状は此処に似せてある。  此処が、雑踏までを描いて完成した絵だとしたなら、其処は、街という背景だけの未完成の絵。  見上げる先は、其処の空ではなく、此処の空。故に、覗くと表現するのも間違いではない。  二者の壮絶な戦闘を見上げる街は、ひとつでない。此処をそのままに、此処に重なるようにして、其処すらも含む。故に、二つなのである。  其処は、二つ目の街。二人の傍観者のためだけの街。  だが、ここにも、もうすぐ人がやって来る。  ――・≪王は拒絶する≫  二人の傍観者が、傍観席から立ち上がって役者になってしまえば、すぐにでも。  そして、その"すぐ"はやってきた。同時、傍観者の一人がパッと消える。  ――・≪王は選択する≫  もう一人も、すぐに。  先に消えた方と同じマント――高級感溢れる、灰色の――の音を一切たてず、湯煙のごとく消失した。  そして、其処はなくなり。  |其処の見上げていた(・・・・・・・・・)|此処の空も(・・・・・)、|パッと(・・・)。       ○  ○  ○ 「……え?」  レスナは、すっとんきょんな声をあげた。  当然といえば、当然であろう。摩訶不思議なことが、起きたのだから。  我が目を疑い、指の平でこする。しかし、現実は変わらない。  何度も見上げ、何度も見上げ。レスナは、じょじょに飲み下していった。  どう止めようか、考えていた最中のことである。  爆音と、極光と、絶景をもたらしていた二者が、  ――――突然失せたのは。