【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  tempo rubato ma quasi con fuoco/王の命令(6)(第62部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2553文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  おかしい。何もかもがおかしくなった。  無人の下界。夜の無い空。対峙する相手もまた、姿を消している。  独りなのかといえばそうでもなく――マントを羽織った者が居る。  チチルは、その者に向いた。 「……誰?」  そして、答えが返って来た。 「私は――」  思う他、透き通ったソプラノの声だった。  まるで鈴がちりんと音をたてるかのように、涼しく、麗しく、清らしく。  チチルは、マントのフード部分に手が添えられるのを見る。その最中、言葉が連ねられた。 「――ただの旅人です」  フードが取り払われ、晒されたその者の顔。  チチルは、あっと息を呑んだ。  ……び、美人さんですぅ、ほわ、ほわわわ。  陶器のように白い肌。スッと通った容貌。見る者を溺れさせてしまいそうな、深い黒の瞳。髪は、紫に淡い。 「乱戦を執り行っていらっしゃったあなた方『危険人物』に、御経をすえに来たのです」 「ほえ?」  チチルは、其の少女に見惚れていたせいで言葉の意味をすぐに飲み下せない。  ゆっくりと吟味し、理解していって、チチルは呟いた。 「ということは……闘う、のですか?」 、首を傾げて、だ。  チチルのあまりにも無垢な様子に心が解せたのか、其の少女はクスリと微笑んだ。 「言葉が通じないのなら、そうします。けど、今度からは場をわきまえて闘うと言うのでしたら、もう一方と和解していただくだけで結構です」 「にょにょう……では、そのミシェルさんはどこへ?」  其の少女は、己の眼を一度閉じて、黙り込む。  後に、小さく呟いた。 「そろそろ、ですよ」 「そろそろ?」  チチルには、到底その言葉を理解できはしなかった。       ○  ○  ○  おかしい。何もかもがおかしくなった。  無人の下界。夜の無い空。対峙する相手もまた、姿を消している。  ……知識の上でだけど、これを知っている。  ミシェルは思った。この世界はいけない、危険だと、本能と知識が訴えかけてきている。  即刻、出る――決意した途端、ミシェルはその存在に気づいた。  マントを羽織った其の者。立っている場所は、ミシェルと同じ宙。其の者は、ミシェルより少し低い場所から、ミシェルを見上げていた。高級感溢れる灰色のマントのすそは、宙(そら)で風が走っていないというのにはためいている。  普通じゃない。ミシェルは、すぐさまそう判断した。  だが――判断は、遅かった。  いや、足りなかった。 「≪王は拒絶する≫」  其の者の呟き。呟きに積もっている言の葉が、言の葉に籠もる力が、力の形成する模様が、  そして、模様によって紡がれる"制約"が世界に無理やり適応された。  ――・≪王は拒絶する≫  警戒している"だけ"のミシェルに、それは課される。  ……え?  彼女の手元から、大剣が消えた。  同時、不滅の竜となっていた輝雪も。  二つはどこにいったのか。そんな疑問とともに、ミシェルは解答すらも得ている。  ……戻ってきた――?  己の胸の内を意識した。ミシェルに応じ返ってくるのは、感触。  身(さや)に収まっている、【神覇崩魔大剣 ニルス=レクト】の存在感だ。  なぜ。疑惑の文字が脳裏で躍る。ミシェルは戸惑った。そのとき、二つ目の制約が築かれた。 「……え?」  ミシェルの二度目のすっとんきょんな声は、響くほどの音量になる。  ――・≪王は拒絶する≫  ミシェルにとって予想もつかぬ出来事が起きた。  自らの身の移し様を、ミシェルは空とも地とも限らないというのに、重力がその枷を食い込ませ始めたのだ。  結果、落ち行く。  咄嗟に、ミシェルは其の者へと手を伸ばした。掴めばどうなるのかはわからないが、それでもキリキリと痛むまで伸ばした。  しかし、届かない。ミシェルをこうした其の者は、ミシェルを見下ろしてニヤリと微笑む。  ……あれは、勝利の笑みだ。  ミシェルは其の者を睨みつけた。その瞳に宿るのは、悔しさに違いない。  "自在"も"全力"も失くして、ミシェルは地に縛り付けられた。  無い夜空の広がる天空を独占するのは、謎を纏って本質を隠す其の者のみ――       ○  ○  ○  もうひとつの、空の無い世界で、  チチルは、其の少女の言葉に意識を傾けていた。 「私たちは、特殊な閉鎖空間を瞬時に展開する能力を所持しているんです。ですから、この世界は本物ではありません。 あなたと戦っていた方は、私と共に旅している人の閉鎖空間に導かれたので、ここにはいません」 「うむぅ……」 「もっとも、この場所にずっと閉じ込めているというつもりもありません。あのまま戦わせていては街に流れ弾がいくのではないかと思いましたので、被害をなくすためにも閉鎖空間を展開させていただきました。ある程度落ち着いてくだされば、元の世界へお連れするつもりです」  が……と、其の少女が言葉を濁す。チチルは首をかしげた。  チチルに、プレッシャーをかけたつもりはない。だが、その仕草が続きを促すことになってしまい、仕方なく、其の少女はぽつぽつと言葉を漏らしていった。 「その、ええと……兄が、少しばかりやんちゃな性格でして。もしかしたら、ミシェルという方を痛めつけてしまっているかもしれないんです」 「お強い方なんですねぇ」 「そうでは、なく――この特殊な閉鎖空間の中では、私たちは負けにくいんです」  其の少女は、身を翻して世界の端(・)を眺めた。パサッとマントが音をたてる。  少しだけ考えた後、其の少女は呟いた。 「そろそろ、ですよ」 「そろそろ?」  二度目のその言葉。"そろそろ"は、今度こそ訪れた。       ○  ○  ○ 「……え?」  レスナは、すっとんきょんな声をあげた。  当然といえば、当然であろう。摩訶不思議なことが、起きたのだから。  我が目を疑い、指の平でこする。しかし、現実は変わらない。  何度も見上げ、何度も見上げ。レスナは、じょじょに飲み下していった。  ――帰ってきた。  二者が新たな二者を連れて、空に舞い戻ってきていた。  一瞬の安堵の後、レスナは全身の毛を逆立てるような想いを抱いた。  空からゆっくり降りてきている四者の様、  二人が普通に直立していて、一人がもう一人に抱えられている。  抱えられている一人というのが――見覚えのある金髪を、上の空の方へと虚しげに揺らめかせているのだ。  遠くから見ているのでも、生気があるようには見えない。最悪の現実を思い描いて、レスナは呆然と立ち尽くした。