【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  tempo rubato ma quasi con fuoco/王の命令(8)(第64部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  3664文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  白い雲が泳ぐ、澄み切った青い空。  その下には、ミシェルとチチルとレスナ、その三人が並んで立っていた。  目の前には何があるか――  壮麗で、壮絶で、壮大に君臨する、第五聖女が住まい治め鎮座しているその場所は。 「でっかいですぅ……」  チチルが感嘆の声をあげてしまうほどの、砦である。  白い城壁。重く大きな扉。それには、いくつもの鎖が纏わりついている。  城壁を仰ぎ見れば、人がこちらを傍観している気配がある。監視人がいるのだろう。  レスナは、扉へ向いた。  まるでその瞬間を狙ったかのように――ゴゴゴと、響きが轟き始める  鎖がめいいっぱいまで伸び、ギシギシと錆を擦らせる音がする。三人は待って、待って、焦ることも焦らすこともなく、ただただ待った。  待望に応えて、響きが治まる。残るのは、たった二文字で表現できる事項とその場景。  ――開扉、したのだと。 「よく来たね。いや……よく、堂々と我が御前に出向けたものだよ。クリグファルテ?」  とてつもなく巨大な赤いじゅうたんが、伸びて伸びてまだ伸びる。両脇に飾られている品々は、どれも高級そうなものばかりだ。  ある程度じゅうたんが伸びた先で、二つ三つほど段差が盛り上がる。その手前で、一人の高貴そうな女性が表情を強張らせていた。  薔薇のごとく赤い髪が、腰まで伸びる。白を基調として金色や青色の線をちりばめた服に、フードの無いマント。それは美しいのだが、着こなす者の様子が様子だからか、美麗という感想は得れそうになかった。 「どういうことだい。アバン」 「馴れ馴れしく呼ばないでくれるかい――君には、その程度の人権すらも残されてはいないんだよ」  不協和音。レスナの尋ねたことではないことを、フルフルは答えた。それも、あながち捨て置けはしない言葉を、である。 「まったく。もしや、マリスのことを何も知らないのかい?」 「聖女様に何かあったのか!?」  食いかかるレスナを、澄ました顔で受け流すフルフル。片腕を上げて、マントをはためかせて、冷めた瞳でレスナを見下しながら宣言した。 「始まるよ。そこで見ているがいい。クリグファルテ――愚かすぎて道化とされてしまった、気高き番犬よ」  それが、次なる幕明けを語る合図であると。 「――ッ!!」  ……レスナは、己が身で痛感させられる。  ──『王は 「ぅゥ……」         決定を 「あ……ァァ……」             命ずる』 「ァァァァアアアアアアアアア!!!!」  鈍い軋み音をたてて、世界はひしゃげていった。       ○  ○  ○  疼いている。  我が"同胞"が喚いていると知って、歓喜しているのか。  疼く。疼く。疼く――共に、自分も。  殺戮の願望と、成し遂げる決意に燃え上がる。  隣にいた人物が、こちらが止まったことに気づいたのか、不満げに声をあげながら覗き込んできている。だが、気になりはしなかった。より圧倒的な感動によって、些細でしかなくなってしまっている。  世界を見渡す。  周囲に広がるのは、深い森林。足元とその向く先は、草木の生い茂っていない薄い茶色の地面を選り好む。上も、揺れぬ木々の葉に天が閉ざされ、世界に打たれた波動を幾分も知らぬ風に静寂を知らせてきている。  ――少し、遠いか。  遅れるかもしれない。それでもと、決断は迷うことがない。 「ナナ。お前は、ここにいろ」 「お兄ちゃん!?」  拒絶の展開。必要な分だけ体感時間を拒む。ピクリとも動かぬ愛しき人を省みて、聴こえぬと知りつつも宣言する。 「行ってくる――\"存在しない三本目の腕"を、失せに」  そして、"王の片腕"を宿ししクロシュは往った。  ──『王は 「千の悪意と」         拒絶 「数え切れない怨みを籠めて」             する』 「……必ずテメェをぶっ殺す」  鈍い軋み音をたてて、世界はひしゃげていった。       ○  ○  ○  ……在り得ない。  レスナは唖然として、目の前の風景に心奪われた。  白い城壁も。重く大きな、いくつもの鎖が纏わりついていた扉も。全部が消えてなくなったのだ。  クロシュのときのようにかといえば、そうではなく、無数の粉となって大気に溶けていく様をレスナはしかと見届けている。  だが、似ている超能力であるのは間違いないであろう。レスナは、思い当たる節があった。  姿を現していない、三人目の能力者。それしかないだろうと、レスナは抜刀を決断する。 「フヒヒ。動くな、動くなよ」  途端、声がした。  ピタリと手を止め、レスナは仰ぎ見る。 「誰だ――」 「ナタリフ。王より片腕をもぎ取った人よぉ」  黒い人。カラカラに枯れた木のごとく老いた体(てい)で、縦の一字を斬っている。  黒い人の腕が、横に真っ直ぐ伸ばされた。景色を巻き込み、渦のごとく歪んでいっているよう幻視させられてしまう。それが相手の能力なのか。否か。レスナは図りかねて、飲み込まれぬよう警戒しながら注視する。 「何のようだ――」 「用? フヒ、フヒヒヒ。よもや、言うまでも無き物象を述べよなどと。余興にもならぬつまらなきことを、促されようとはな。 そうか。貴様が番犬か。女神の道化か。これはおもしろい。フヒヒヒヒッ」  異様な笑い。また知らぬことを囁かれ、レスナは訝しげに思う。  と、その時、ナタリフの背後を投槍が射る。  ――・≪王は決定を命ずる≫ 「我に死を招こうなどと、愚かな」  その投槍は、その斬撃は、盾という盾に防がれたわけではない。なのに、弾かれて、地面に降り落とされた。  レスナは気づく。この場にいる者が、多大な数であることを。  予想は容易。何階層かでできた砦が消失し、そこに居た者がいち平面上に集結させられたのだろう。鉄の鎧をまとう兵士達には、動揺と恐怖が走っている。彼(か)の来訪者に歯向かう戦力には、換算できはしまい。 「――影が」  |霜雷(ミスト・キリン)の繰り手、フルフル。溜めの構えを奮い、来訪者と対峙し、舞台に踊り出る。  影と吐き捨てられたナタリフは、不満げに口元をへの字に曲げるのがわざとらしい。  威力を孕むフルフルの双腕を前にしても、なんら雰囲気を揺るがすことはない。レスナはその点を見据えて、ナタリフに隠された威圧の一角を感じ取った。 「来るが良い。素晴らしい余興を、魅せてくれるのならな」 「……衰残だけでは、済まさぬ」  そう言って、フルフルが先手をとった。  大気を焦がして在る、霜雷。うっすらぼんやりしている気体状ではあるが、その威力をレスナはひどく理解している。もしナタリフが油断していれば、この一撃で決まるであろうことも。 「ッ!!」  先手の内容は、横薙ぎの手刀。  身が身だからか、避ける動作どころか身動ぎひとつしないナタリフ。フルフルがナタリフの懐に飛び込む速度が高速だったため、フルフルの能力の高さが強調されるが、  ……おかしい。  レスナは、疑問を思った。何かを隠していると予想できるのに、何の反応もしないだなんて、もしやナタリフは既に何かを仕掛けているのではなかろうか。フルフルは、上手く踊らされてしまったのではないだろうか。  そして、レスナの想像は現実に描き出された。 「≪王は決定を命ずる≫」  先手の結果は、投槍のときと同じだ。  攻撃側が何かに阻害され、受ける側が無傷を保つ。やはりと思うレスナとは違い、フルフルは驚愕しすぎて目を丸くしたまま硬直してしまう。  その隙を、突かれた。 「つまらぬ。失せよ」  冷ややかな目とともに、そう言い切ったナタリフ。彼はフルフルの腕を鷲掴みすると、手首だけで横に押した。  ちょっとだけ、フルフルの身がその勢いに突き動かされる。だが、投げられてしまうはずはない。  ――・≪王は決定を命ずる≫  しかしその現実は、ひとつの条文の加護によって糸も容易く覆された。  ひとつだけ立ち昇る、砂埃の柱。そこにフルフルが着弾したのだと、意識の隅の方でレスナが思う。  ……まさか、あの者の≪王の命令≫は。 「気づいたな。気づいたか、番犬よ。フヒヒ。そう、我が力の意義は"決定" 抗いを抗いでなくし、すべてを有無に判別する。判別者は我。他の誰でもない、我のみ」  攻撃が、身体のちょっとした防御の意思に"決定"があるせいで防がれてしまう。  微弱な力で押されただけで、吹っ飛ぶことが"決定"されてしまう。  それだけでない。それだけに収まらない。レスナの思考が、最悪のケースを思い浮かべる。 「ああ。ちなみに、己の生すらも確固なものに"決定"できるぞ。私は。フヒヒ、貴様達は神と闘っているに等しい。フヒ、フヒヒヒヒ――」  笑いを止められなくなったナタリフ。レスナの心では、渇いた風に響く。  世界には、悪魔の嘲りのように響き渡った。  ──『王は 「……む?」  ナタリフが、どちらかを向いて固まった。レスナは、そんなナタリフを眺めて不審に思う。            拒絶  ……何かが、来ている?  理由もなく、思い浮かぶ人物がいた。そんな最中、ナタリフの表情が卑しく歪む。                      する』 「歓迎するぞ……共に血祭りを祝おうじゃないか。我が"同胞"よ!」  "決定"の悪魔のいる元に、  "拒絶"の魔神が降り立った。