【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  tempo rubato ma quasi con fuoco/王の命令(10)(第66部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2669文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  ――うァ……  ――う……ァァ……ァァア!  地に埋まった身を、自由に動く両手に力を籠めて引きずり出す。マントにくっつく砂埃を適度に払い、クロシュは辺りを見回した。  居ない。どこにも。拒絶よって大地以外が削除された広大な空間に、立っている者は自分だけ。  ゆっくりと、実感が押し寄せた。  ――勝っ……た……?  数珠繋ぎとなってやって来る、感動と嘲笑。 「勝った……!!」  勝った。勝った。勝った。ハハ、ハハハ、ハハハハ。勝った。勝ったんだよ。俺が勝ったんだ。ハハ、ハハハ!!!  ズサ……ッ 「くひ」  枯れ木が、その様に似つかわしく力量をもって直立する。  クロシュの心のざわめきが一気に静まり、ぼぉっと再び燃え上がり始めた激動の感情が瞳に宿る炎となる。 「まだ生きてんのか。死に損ないが」 「死に損なう? 愚かだな。そんな希望など無いと、明白に語ったであろうに――いや、語った相手は其方ではなかったかな? まあ、いい。なら、もう一度語るのみ」  枯れ木のような腕が、左右に伸ばされた。クロシュは、気づいた。左腕がへしゃげ、腕ではなくなっていると。  ――尋常じゃ無(ね)ぇ精神の、持ち主。  元々通常と見ていなかったではないか。クロシュは、余裕気に笑う。奴は疲労しているという絶対たる確信が、クロシュに余裕を与えていた。 「我が力の意義は"決定" 抗いを抗いでなくし、すべてを有無に判別する。判別者は我。他の誰でもない我のみ。 貴様達は神と闘っているに等しい――それを"決定"することで、解り易く示してやろう」  そしてナタリフは、クロシュの確信は妄信であると嘲るように。 「≪|王は肯定する(・・・・・・)≫」  力を、開放した。  ――・≪王は肯定する≫  聞いて、後に感じた。  拒絶に満たされた世界は、黒い。それは、経験から確実性を証明できる真実。  なのに、だというのに。 「世界が……蒼い!?」  真実の変化が言い述べることは、ただひとつ。  ――染め変えられた。  ――改変された。  ――俺の世界だったものが、相手の世界になってしまった。  白っぽい蒼に満ち、拒絶とは違って、大いに澄み渡る世界。それとは裏腹に、クロシュの心に恐怖という雲が立ち込めていく。 「心せよ。拒みの"同胞"」  ナタリフの挙動が、変貌した。  枯れ木のようだった身に力が満ちて、姿形が黒から白に移り変わる。  醜かった顔は、若返り、美少年のものとなった。  だがそれは、すぐに隠される。巨大ブーメランのようなくの字の仮面が、ナタリフに|装着さ(つけら)れたからだ。  磨きぬかれたその仮面は、青空から降り注ぐ光を照り返している白銀色。マントと合わせて、雰囲気が一変したといっていい。 「貴様は、知っている」  目を瞠るクロシュが、背後からナタリフの声を聞く。 「貴様は知っている。王は、腕を二つしか持たないことを。そして、疑問に思ったことがあるな。なぜ在る腕が三つなのかを。 決定、拒絶、選択。私は真実を知っている。貴様は知りたくないであろう、真実をだ――」  振り向けない。その最中、ナタリフが新たに携えた得物を展開した。  羽。羽のような太刀。それが、二本。質量がありそうだというのに、ナタリフは軽々と抜刀した。それとともに、太刀から羽根がひらりはらりと舞い落ちる。 「――選択も拒絶も、決定も、そんなものは存在しない力なのだ。あるのは"肯定"と"否定" 決定がどれを肯定するかを選んでいるように、どれを否定するか選んでいる力がもうひとつ存在する。なんだと思う?」  返答は無い。されど、嬉しげにナタリフは言い募った。 「答えは、両方だ。拒絶と選択。それらは二つではなく、一つなのが在るべき姿。拒絶が"否定"の意義を継承していることからして、選択が在ってはならない偽物の≪王の命令≫ 貴様は知っている。知っていて、俺を消滅させようとした。なぜだ? いや、尋ねるまでもない……貴様は人間なのだ。愚かなる"同胞"よ。嘆かわしい。俺は、悲しみに暮れてしまいそうだ」  悲惨げに、眉を顰めるナタリフ。その表情はすぐに変わって、次に不敵な笑みが浮かぶ。 「故に、私は決めたのだ。決断したのだ。救うと。救いを欲する"同胞"に手を差し伸べると。素晴らしい友情だろう? 答えろよ。貴様は答えなくてはならない。いや、答える道しかない。なぜなら、貴様は人間だからだ。 人間は弱い。故に、貴様は弱者。俺は、人間を超えた。故に、俺は強者だ。強者と弱者の摂理は、知っているな?」  クロシュは戦慄いた。置いてきぼりにされ、独りぼっちにされて泣きじゃくる子供のように、恐怖しか抱いていなかった。 「おしゃべりが過ぎた……せめて、過去を顧みて、捨てる覚悟をするがいい」  ――・≪王は肯定する≫  バァン――  一発の弾丸が、ナタリフを貫いた。  ぐふっと血を吐き出して、ナタリフがせせら笑う。 「まさかな……設置されているとは気づいていたが、まさか弾丸をショートカットさせてくるとは」  遠くに位置している紫の盾を、そこにうっすらと映るレスナの姿を見据えて、ナタリフはせせら笑う。 「だが、何もかも足りぬ。弾丸は届いても、生を根こそぎ奪うほどの力が届かぬのなら――無意味なり」  ナタリフに明いた穴が、みるみるうちに塞がって治る。ふぅと息を吐いたナタリフは、愉快げだった。 「届いたものは、弾丸だけじゃない」  声がした。何事かと、ナタリフがクロシュに向き直る。 「届いたものは――たくさんある」  ナタリフは見た。  クロシュに生じる、力の奔流を。クロシュに迸る、力の激動を。  それは復讐のようにドス黒くはない。どころか、美しく鮮やかなまでに、紅い。 「アンタへの復讐を誓って、アンタへの復讐だけを考えて、生きてきた|つもりだった(・・・・・・)。 でも、そうじゃない。俺は、たくさんの想い出をつくって、これまでの毎日を生き抜いてきていたんだ。 届いたよ、ナナ。お前の想い。俺に届いた」  ──『王は            拒絶                      する』 「俺はアンタを倒す。そして、これからも築いていくんだ」  半瞬後の未来を察したナタリフは、慌てて力を集束させる。間に合うか。そんな最中、クロシュは最後の一言をナタリフに――そして、自分に籠めた。 「俺は……俺の居場所を守る!!」  同時、紅色の紋様を走らせる己が身を奮い立たせ、クロシュはナタリフに拳を叩き込んだ。  ──『王は            肯定                      する』  ――――青白い世界に。  "肯定"の神と、  "拒絶"の神とが、降臨した。