【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  tempo rubato ma quasi con fuoco/王の命令(12)(第68部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  1259文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「くひ」  我(が)の型が人の形に集束したとき、その声を一番最初に聞く。  クロシュは、ナタリフを見据えた。 「くひ……ヒヒ、ヒヒャヒャヒャヒャ!」  ナタリフは、壊れたように笑い声をあげる。嬉しげに、満足げに。自分が敗者であることを、まるで忘れてしまったように。 「格別だ……なんと素晴らしい余興だろうか。格別だったぞ、若き"同胞"よ」 「余興、だと?」 「そう、余興だ。待望するものの来訪を、祝い祭ったのだ。貴様と私が催したのだよ」  そのとき、世界に音が轟いた。ナタリフが、一際喜んで声をあげる。 「くひひ。貴様の姫が泣いているぞ――!」  ──『王は            選択                      する』  愕然と――その悲鳴をもろに受けた。  鼓膜が麻痺して、すぐに聴こえなくある。しかし、確かにあれは、 「ナナ……ッ!?」  なぜ。疑惑が根を張る。疑問が渦巻く。ナタリフが笑う。クロシュは、苦虫を噛み潰すような顔をした。  ――どうする。  ナタリフは今、疲弊している。少なくとも現状では、こちらの拒絶がやつの決定を……肯定を打ち負かすことができる。  だが、それにはある程度の時間が必要だ。なぜかナナが危険であり、戦闘を捨ててでももどるべきなのはわかる。だがそれでは、時間がかかってしまう。  ――護る誓いを成立させられずに、敗退しろというのかッ……!  迷う。暴虐の力を遠方に感じ、それが膨れ上がっていくのもまた感じる。行かねばならない。でも行ってはならない。気持ちが許容を超す。それでも決まらない。クロシュは思う。迷うな。決めろ。どう決めろと。いいから決めろ。決めねばならない。  そのとき、パリンと紫の盾が割れた。  その拍子に、呆けて硬直していたクロシュが"決めて"動き出す。  背後へ。つまり、ナナの方へ。  ナタリフが嘲笑っている。脳裏で掠めるイメージ。ああそうだ、俺はばかだ。笑い飛ばす。  ――護る相手を失っちゃ、何もかも台無しだろうが。  そんなことにも気づけぬなど、守護者失格である。クロシュは弁明を示すつもりで、強く強く念じて、駆ける。駆けることを止める万象(もの)を、すべて拒絶(ねだやしに)して。  ナナ、すぐに駆けつけるぞ。と、一途に一人を思慕しながら。       ○  ○  ○  ――決めたな。気高き"同胞"よ。  満身創痍のこちらを放って、行った。つまりは、決めたということだろう。  ならば、目的は果たせた。 「良薬は口に苦し……このことだったか」  |世界に居残る(・・・・・・)ためとは言え、いささか血を流しすぎた。全力でも最弱でもない程度の力を行使して、彼を良い様に導くのは、万の軍勢を相手にするよりも難しきものであったな。  ナタリフはそう思い、今にもぽきっと折れてしまいそうな身を揺り動かす。歓喜。達成の余韻。三瞬にも満たぬ間に、ナタリフは思考を切り替える。 「では、行こうか。一足早く火に"く"を三つ加えたナタリエの元に――」  そしてナタリフは、望む場所に移ることを肯定して、此の場所から失せた。  主すらも居ない、拒絶の閉鎖空間。黒い穂(ほのほ)が揺らめいた。