【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  f/愚弄(3)(第73部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  1883文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「探す側を、探される側が見つけるというのも、ある意味私の存在定義通りだな。実におもしろい」  左胸に血をこびりつかせたまま、彼女が山岳地帯を歩く。  レスナはその後ろを黙って付いて行く。 「……言葉のキャッチボール、してほしいな。折角いっしょに歩いているのだし」  彼女が首を回してレスナを振り返った。不満げに口をへの字に曲げていて愛らしいが、レスナの表情をより堅くさせるだけである。  彼女もレスナと親しくしゃべれないと察して、しぶしぶ前へと向き直った。あーあと、溜息を吐くのが聴こえる。  彼女が嫌いというわけではない。今のレスナは、重要すぎる使命の件が胸の内を占めすぎているだけなのだ。  彼女の背中を睨みつけて、レスナは思考に浸る。  考えることは、これからのこと。  こんなに早く"探し出す"なんて、予想だにしていなかった。見定めるとはどの程度か。わからない。  無能をお許しください――レスナは顔をしかめた。 「あ」  と、その時、  ふらふらと道の端に寄った彼女が、踏みしめた足場の小さな崩壊に脚をとられて、踏み外した。  彼女の方に広がる風景。下方に広がる台地が遠いことを見据え、レスナは瞬間的に青ざめる。  そして、本人も意識しないうちに彼女へと駆け出していた。  今まさに重力に手を引かれんとしている彼女の手を、掴もうと手を伸ばす。呼びかけようとして、レスナはハッと気づいた。  ――彼女の名を、知らない。  そんな躊躇だけ気合が足りなかったか、レスナの手はぎりぎりのところで届かず。勢いのまま道から飛び出してしまいそうだったレスナは、慌てて足を止める。  そうして、レスナはふと疑問に思った。なぜ足を止めるのだろう。  すべきことは終えただろうか。だが現実をよく見据えてみろ。良かったと思えるようなことはその眼に広がっているか。一切無い。あるのは、まだ悲劇の途中。  なぜ止まる――彼女を助けたいとは思っていないと、そういうことなのか。  疑問への回答を予想。しかし正答が欲しくて、レスナは求めるように彼女の方を見る。そして、目を見開いた。  神子はゆるゆると片手を持ち上げて、不敵に微笑んで見せた。  優しいようにも、酷いようにも、悲しさを押し殺しているようにも、隠し切れない感情の波に心の防波堤が瓦解されたようにも、みえる。  美しいけれど、実は――そう思ってはいけない笑顔でなかろうか。   「――」  声にならない絶叫をあげて、激情に身を委ねて、  レスナは彼女に追いつき、彼女を強く強く両腕に抱えた。 ◇  ――生命の損失についての感覚が麻痺しているから、普段から怪我を負うことに注意してなどいなかった。  レスナの面持ちを気にしていたこともあってか、端に寄りすぎていたと気づけてもいなかった。片脚を乗せた足場がいきなり崩れたのにすぐに立ち直れなかったのもそのせい。  でも、そう気にすることでもない。ああ、次からは気をつけないとな、などとちょっとばかり思う程度のこと。  ――のはずだった。もし彼が関わってこなければ。もし私だけの問題であれば。 「ん……」  恨みがましく彼女が目を剥いていると、視線を感じてかレスナが呻きを漏らした。そして、ゆっくりとその目蓋が開けられる。 「起きたか」 「ここ、どこ……」 「洞窟と言えばいいか。少し肌寒いが、水源が近くにあって、さっきの平地よりも暮らすのに困らなさそうだ」  どこからか水が繋がってきて出来ている泉。その青さを反射して、岩の壁や天井に青さが帯びられていた。  山岳地帯のどの辺りかわからないのが困った所――レスナが起き上がろうとして痛みに苦しむので、彼女は思考を中断する。 「不死の私とちがって、お前は傷を負ってもすぐに治らないし危険なんだぞ。助けになど来なければよかった――いや、そこまでその使命とやらがお前にとって重要なのなら、いらぬお節介か」  嘲り笑いも挿んで、彼女はレスナをもう一度横たえさせた。  レスナは岩の天井を見つめて、口を開く。 「……使命のことは、考えていなかったよ」 「え?」 「たとえ死なないのだとしても、傷つくのは痛い。死ねないならいろんな痛みを一杯背負っているだろうから、せめて手の届く範囲の痛みくらいは取り除いてあげたくて」  少しだけ微笑みながら、そう言って。  言われた彼女は、彼の胸板を弱くポンッと叩く。 「身を投げないと届かない距離は、普通は手の届かない範囲と言うぞ――馬鹿な男だな」 「そうだろうか」  腹を抱えそうな勢いで、彼女が声をたてて笑う。柔らかく、嬉しげだ。 「……名前、交わそうか」  ひとしきり笑った彼女は、レスナの髪を撫でる。 「エヴァンジェリン・Q・リリ」 「――レスナ・クリグファルテ」