【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  f/愚弄(4)(第74部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  1922文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「怪我はもう痛まないか」 「うん。ありがとう」 「ん」  気にするなと、エヴァンジェリンが微笑む。そうした後、背中の後ろで結ばれた彼女の両手が解け、誤魔化すように伸びをした。  後ろを見ながら歩いているとまた蹴躓くよと、レスナが注意する。  なんとなく、レスナは周囲を見渡した。  先ほどまで登っていたのとはちがう、しかし山頂を目指す道。緋色の空に近づいていっているからか、大地の色からも黒が取り払われている。熔岩のごとき赤に、踏み込む前は思わず躊躇ったものだ。  その地面と同じ色をした山頂が、目前に迫っている。槍のごとき。足をつけることはできないだろうと推測するが、近づいてどう見解が変わるか。  と、上ばかり見ていて彼女が止まったことに気づけず、前後の順列が逆になってやっとレスナは立ち止まった。  振り返る――その動作の途中で。  一瞬見た"横"に、巨大な奇怪を見つける。  レスナは目を丸くして、振り返る動作を中断した。乱入した事項を視止めることに優先順位をつけるなら、今ならきっと何よりも一番だったろう。しかし、レスナには他の事項を思い浮かべるための猶予すら存在していない。 「なんだ……これ」 「前にも話しただろう。目的地だよ」  それは、建造物とも天然物とも言い表せない。  天然物でないのは確かであるが、建造物というのも些か語弊がある。天然と建造の混合。恐怖のごとき、現る象。  この山の一部としてはギャップがありすぎる|氷壁(・・)に、男の人が映っていた。  レスナのものではない。いや、氷の外にある者の姿ではない。その人は、氷の内に埋まる。  復讐鬼のごとく表情で歯を食いしばった様。それから漏れ出す灼熱を根絶やしにするがために、この氷は存在しているように見える。存在をこの場に留めているように見える。そうでなければ釣り合わないように、レスナには感じられた。  人の方からひしひしと感じるもの。それに恐れを抱かずにはいられない。震え始めてしまいそうになる身体。  レスナが困惑しているのを見かねたか、エヴァンジェリンがぽんっとレスナの肩を叩いた。励ます意。それだけで、レスナの心を安堵に導かれる。  まだ人の方を直視はできないが――エヴァンジェリンの動向は認識できる。レスナは、これから何が起こるのかを全く予想できぬまま、彼女の背中をじっと見据えた。 ≪レ・リ・リクエル≫  彼女が氷壁に片手を触れる。  一瞬レスナは、彼女の手が氷をすり抜けてしまうのではと考えた。しかしそれには現実味がない。当然のごとく、彼女の手は氷に触れるだけ。ただそれのみ。 ≪リエ・ス・エルファス≫  次の瞬間、氷に徴が走った。  彼女が起こすことだと勘付く。寄り集まって強固な壁(いち)をつくっていた物が、突然崩れたのだ。  しかし、氷が水に状態変化したわけではない。砂を積み上げて作った何かが瓦解した時のように、無数の粒がいくつかの流れに集って重力に従っていく。  その崩壊侵食は、じょじょにゆっくりと確実に男の人の方へ及んでいった。 ≪キュエ・ミ・セル・グラフプルリ≫ 「――」  だが、侵食がそこに辿り着くよりはやく、彼女の手が"見えない何かの力"に弾かれた。  鋭い閃光が発せられたのでレスナも気づき、痛みに耐えるように顔をしかめる彼女を見て慌てて駆け寄る。  大丈夫か。心配げにレスナが声をかけた。  大丈夫。エヴァンジェリンが答える。  それの次に――騒音は発った。  何事かとレスナが見上げる前で――  崩壊の逆の現象が、今まさに終えられんとしている。  一が無数になったならば、無数が一にかえり。崩され行く均衡は、逆に安定へと導かれる。修復。気の問題か、崩壊よりも早いようにレスナは感じた。 「やはり、無理だったか……過去の英雄。神のご意向について邪魔とされた代行神は、やはりこの物語上にあがれない」  悔しげなエヴァンジェリンの呟き。レスナには半端も理解できない。過去の英雄から断片的に情報を思い浮かべることはできるが、エヴァンジェリンに共感できるほどの量には満たない。  そんなレスナの様子を知ってか知らずか、エヴァンジェリンは一言も詳細を話さずに踵を返した。 「行くぞ。もうこの場に用はない――」  脇を抜けられ、レスナは目で彼女を追うとともに振り返る。彼女が二歩進む分、戸惑うようにレスナは彼女の背中を見つめる。しかしレスナは、一言も何も聞かずに後を追った。  その時、フッと彼女が空を見上げて、レスナも釣られて上を向く。 「ッ!!」  レスナにとって忘れることができない、運命の出来事。  それの要因となった、|ありえない人(・・・・・・)。  ――――魔人(ナタリエ)。  嘲笑を浮かべるその存在が、エヴァンジェリンだけを映す瞳でこちらを見下ろしていた。