【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  f/愚弄(5)(第75部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  2122文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  ――居た。  運が良い。ナタリエは思う。だだっ広いこの世界で手がかりなしにエヴァンジェリンを捜索して、まさか見つけることができようとは。  女神が微笑んでくださっている。ナタリエは思って、笑みを強めた。変なことを考えたと、自分を笑ったのだ。  眼下に、エヴァンジェリンがいる。自分にも異常は何ら無い。総てが良好。都合良い。良すぎて、逆に不安になってしまうほど。  だが、ここで惑う必要など全くない。ナタリエは片手に力を込めた―― 「ッ!?」  その目が、ある気配を察してエヴァンジェリンから離れる。間髪入れず、拳が繰り出された。  拳に纏われた力は魔力、ナタリエの意図を構造に用いて形状は決断される。球という簡易形状で打ち出された魔力は、全身を作る黒に熱気を感じさせないながらも冷たい畏怖を誘う。  しかし、放たれた方向にエヴァンジェリンはいない。だが、何も無いわけではない。  そこには、ナタリエにとって、因縁の相手の次に憎むべき他人(・・)がいる。  その者の名はレスナ――  ナタリエが、嬉しげに鬱陶しげに、ニヤリと口端を歪めた。 「また会えて、運命の女神を呪い殺してしまいそうな程喜ばしい」  レスナの返答は、一太刀。  それは黒炎弾を切り裂いて突き進み、ナタリエにいきなり一矢を報いる――  レスナのそんな想像とは裏腹に、刃はグググと進行を押さえられた。  出鼻を挫かれる。レスナは、ナタリエの笑みが強まるのを見た。  猶予が無い。ナタリエは炎を行使して重力から逃れているが、レスナにそのような奇術は滾っていない。跳躍によって作られる時間は極めて短い。  レスナは刀剣から手を離した。その手で、銃を引き抜く。  【トリガーオルゴール】 三発連続する音色はナタリエに総て直撃した。 「……そうだったな。お前は、銃も使う者だった」  三つの傷口。急所に近いものだけ押さえ、ナタリエは笑う。  噴き出した飛沫に、レスナは異常を見て取った。重力に惹かれて落ち行くスピードが、極端に遅い。  次の瞬間、飛沫はピタリと止まった。不確かさが目の前で確かに変わる。レスナの警戒。ちょうど、ナタリエが零す。 「≪欠≫」  命令――この世から其れを欠かせ。  血は蠢きだした。  レスナに迫る。血が固形化していて、これは鋭利な物による打突なのだと認識。レスナは応戦を繰り出す。  近いものから順に狙い撃たれていく血は、音色の直撃の後も迫ってくることは無い。レスナは最後に、一撃でも加えようとナタリエにマズルを向けた。 「対応してくると思ったぜ……」  ナタリエは、懐から聖柄の小刀を取り出す。投擲かとレスナは予想。しかしナタリエは予想に反して、  自らの左肩にそれを突き立てた。  赤い血が宙に広がる。意図されたかのように、その形状は翼のよう。 「≪結≫」  一言。たった一言。己の血を代償に契約を築き、己の血と契約を結ぶ。そのための一言が響いて、その次にはもう結ばれていた。  翼が変わる。引き金等のパーツの無い、銃口があるだけのただの砲。銃口は小さめの正方形で砲は四つの長方形を全面にしている。血の赤でも、時間が経ったあとの血の黒でもなく、その砲の色は濁った深緑。  レスナの知らぬそれの名は【クーマ】≪喰らう馬(ま)≫ 血により呼び寄せられたのではなく、ナタリエの血そのもの。  馬の名に恥じぬ迅速をもって【クーマ】は駆け行く。行き先は、主に仇名す敵。 「――く」  狙って撃つ。予測して撃つ。どれも掻い潜られ、レスナは苦虫を噛み潰すように顔をしかめる。  逆に、ナタリエは喜々とした顔で口を開いた。 「≪決≫」 「ッ!!」  砲弾が充填され、レスナの眼下で【クーマ】の銃口に熔岩色が滾る。  そして、一撃が決まる――  その瞬間、レスナが身を捻る。突進しながらの【クーマ】の射撃は元々急所を狙えてはおらず、レスナが無理やり逸らしにかかったことでさらにずれ、重心の揺らぎが重力に曳かれる具合に作用する。結果、レスナは射線から逃れ、余波によって肩口が小さく擦られたのみ。  運の良いやつだと、ナタリエは鼻で笑った。  しかし、直後に顔が強張り眉は顰められる。  強引な回避行動で体勢のレスナが、必死になってスイングのモーションを整えている。なんらかの意味がそこにあるのか。だがレスナに許された攻撃手段は銃のみだと、ナタリエが予想外の射撃のみを注意すると決めたときハッと閃いた。  刀剣はどこに消えている。今、どこにある。  警戒範囲をがむしゃらに拡大。迫る脅威に直感的ながらも気づいて、ナタリエは反射回避を行う。  だがレスナとちがって良好な偶然は作用しない。レスナにとって右、ナタリエにとって左の宙空をゆるやかな弧を描いて滑空した。  そして、ナタリエの右足の付け根に直撃する――刀剣。  柄の部分がチカチカ発光している。その点滅速度と光の色は、レスナがスイングした片手に握られているものと同じ。  遠隔操作。ナタリエの脳裏に四文字が浮かぶ。  ふいを突かれた。先読みの一手として、これ以上素晴らしいものはないだろう。気づけていなければ致命傷、さすがだと場違いにナタリエは感服する。  余裕には理由がある。己の性質が、それにあたる。 「≪結≫」  血は従者として、持ち主とまだ結ばれる――  六つ追加出現した【クーマ】に、レスナは目を見開き、ナタリエは笑みを強くした。