【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  f/愚弄(10)(第80部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  4920文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「私が手に入らないから、一億の人間を犠牲にするか。マリス」  その時、この場に繋がる扉が開いた。  目から光を失った、男女入り混じる人間の群。口々に、マリス様と呟く。  聖女の囚人。  それを見て、ミシェルはうげっと呻いた。  ――なんだこれは。  気色悪い。こんな中毒的な人々、見ていられない。というよりこんなヤツのどこをどう崇めるというんだ。人をいきなり喰らおうとするようなデリカシーの欠片も無い竜を連れているヤツの、どこをどう見れば聖女なんだ。可愛さならまだチチルちゃんのほうが上だぞ。ボクが頂点を独占するけどっ。  ミシェルに睨まれているのに気づいて『第一聖女』――マリスは、苦笑する。 「食事にクスリを混ぜさえもしたのに、完全な洗脳にならないだなんて……やはり、難しい人ですね」 「何の話さ?」 「お前がタフだなという話じゃないか、魔女」 「串刺しにされてて死んでない人にタフだとか言われたくないよ、魔女」  マリス、ミシェル、エヴァンジェリン、ミシェルの順に言葉を発し、結果、ミシェルとエヴァンジェリンが美しい笑みを向け合いながら火花を散らす。  そこへ、ゆっくりと歩み寄る彼(・)―― 「お久しぶりです。聖女様」 「……レスナ」  マリスが笑みを強くする。対しレスナは、冷徹な仮面をさらに厚くした。 「見定めの愛(まな)、確かに受け取りました。あなたのおかげで、運命の神はさぞや助かったことでしょう」 「狂っているぞ、マリス。お前はいつだって狂いすぎている。他人(わたしたち)に理解し難すぎる」  レスナの代わりに本音を口にするは、エヴァンジェリン。マリスは、笑ってそれを受け止めた。 「理解されなくていいんです。結果的に、誰もが幸せになってくださるんなら」  マリスの優しい光が灯る瞳の奥、ハイライトの無い空洞が覗ける。 「エヴァ。ここに来たということは、よろしいのですよね」 「ああ、マリス。信徒一億人やレスナの仲間を対価にする必要はない。私からその分を奪えばいい。 不死で良かったよ、お前の手助けができるのだからな」  全然嬉しげじゃない。エヴァンジェリンは肩を竦めて笑い、マリスは目を閉じて祈りを捧ぐ。  桜陽竜が、咆哮をあげた。 「――ああっ!」  エヴァンジェリンを貫く無数の桜色の枝に、光が帯びる。  その光が桜陽竜自身に伝わって、腹で開眼する多数の瞳が同色の光を照射するようになる。  信徒達の前で、レスナ達の前で。  頃合を見計らったように、マリスが片手で指揮を振る。  指揮を受けた桜陽竜がコクリと頷いて、天空を見上げる。 「――」  そして、ある一点に向かって息吹を閃かせた。  息吹の九割は、エヴァンジェリンから伝わったもので出来ている。ある種、桜陽竜はパイプ役なのだ。  彼方と此方の――いや、適確に言えば。 「ッ!!」  なんだ、とレスナが見上げる先の。来た、とマリスが目を爛々と輝かせる先の。  ――氷塞(かなた)と現世(こちら)の。 「輝雪で封印された、『神の代行機関 空想具現化の絶対者』リュークス・ファンタズムの付き人にして戦禍終息神アガルドリムを第二の形に持つ最高魔力継承者――」  塞内に何があるのか、レスナ達にはわからない。  しかし、わかるのだろうマリスが、喜々とした声をあげて呼びかけた。 「――美影さまっ!」  その瞬間。  氷塞は十字に強く雷光を瞬かせて、その中に消えた。  だが十字は消えない。天空に穴が穿たれたかのように中心が押し広がって、それは見る間にじりじりと拡大する。 「……そんな」  失敗。マリスは崩れ落ちた。同時、桜陽竜が桜の枝をひゅるひゅると戻していった。解放されたエヴァンジェリンは、とんっと着地する。 「ッ!!」  が、同時に吐血して、口元を片手で押さえた。  安定を崩して倒れかけるが、間一髪レスナに抱き留められる。 「が――」  レスナは背中の後ろに、予想外の呻きを聞いた。 「ギッ……ガ、ア……ッ!!」  振り返る。声で思い描いたとおり、ミシェルが見えた。  だがその様は、エヴァンジェリンに駆け寄る前と大分違う。  己を抱きしめて、膝をついて背中を逸らす。ビクン、ビクンと電撃に打たれたようになりながら、その瞳は強く強く見開かれる。  ――奔流となって自身の内を駆け巡る、  それは痛み。 「アアアアアァァァアァァアァ!!!」  死ぬほど痛い。  耐え切れず、その場でのた打ち回ろうとするミシェル。レスナはサッと腕に抱き締めて、押さえ込んだ。  だがそれでも、レスナの背中にミシェルの爪は食い込んでくる。在り得ない力。尋常でない。  レスナはぎゅうと抱く力を強めた。ミシェルはもっと痛みに蹂躙されている。  この程度くらい、分け合ってあげられなくてどうする。 「……フ、フフ。そう、そうでしたね。ミシェルあなたは輝雪を自在に操れるのでしたね」  ふとレスナ達に目を向けたマリスが、挫けた心を持ち直す。  そしてゆっくり立ち上がり、片手をあげると、桜陽竜が答える。  その桜陽竜の目は次に――信徒の方へと、向いた。  まさか。嫌な予感がして、レスナは待ってと片手を伸ばす。  その予感通り、現実が描かれた。 「――ッ」  息を呑むレスナ。  桜陽竜は、罪も無い人々をその腹に直接喰らったのだ。  あれだけこの教会を埋めていた信徒が、一人残らず。 「な……んで……」 「不死の魔女は、疲弊してしまっています。もう一度搾り取っても、どうせ足りないでしょう。 レスナ・クリグファルテ。これは仕方の無い犠牲なのです。運命には記されていることなのです」  運命。レスナは、この場所で見定めの愛を求められた日を思い返す。  運命の"番犬"――  レスナは今、自分と決別した。 「レスナ、その神覇崩魔大剣の魔女をこちらへ」  受けることが前提。こう呟けば彼女はどんな顔で驚くだろうかと、レスナは考えを連ねながらマリスに向き直った。 「嫌だ」  すると、マリスは悲しげに目を伏せてならば……と前置きする。 「ならば、あなたにも桜陽竜の力の糧になる運命を。そうして、己の過ちをお正しになってください」  桜陽竜が咆哮する。  腹から無数に増殖して伸びてくる枝。行けるのは背後だけだが、そちらは枝の進行方向であるために逃げ場にはならない。  どうする――レスナは強く、ミシェルを胸に押し付ける。  その時、疾風が駆け抜けた。  枝がすべて"粉砕"され、レスナの前にはすたっと音も無く立つ者が。  チチル。初めて会ったときと同じような、真剣な顔つき。チチルは片目だけレスナの方にやって、囁く。 「邪魔です、二人とも。巻き込まれないように、どこかへ失せてください」  これ以上話さないという無言の圧力。チチルはマントを片手で掻き上げて、一歩、また一歩とマリスの方へ行く。  その背後の気配が、遠く遠くへ行ってしまうのを感じながら。 ◇  剣戟の最中、天空に十字が切り込まれるのを見る。  しかし気には止まらない。クロシュの全霊は、ただ目の前の敵にだけ向かう。  なのに――敵は、この現象を気に止めた。 「フヒヒ……見ておけ、この劇の終幕を。目に刻め。あれこそ、終焉の色」  終焉。クロシュは瞬時に予想した。  また……逃げられる。  一度逃して、二度逃して、また、逃すのか。  いや――今回は、逃せない。  今回だけは絶対に、見逃すわけにはいかない。 「アアアアアアア!!」  クロシュは片手を振り絞る。  籠める力は、今までで一番。集中に圧縮、集中に圧縮。自身では扱いきれぬまで蓄積を繰り返して、拳はそれに飲まれた。  激痛が走る。だが心地よい痛みだ。代償と呼ぶにはちょうどいい具合である。クロシュは口元を吊り上げ、宙を|蹴った(・・・)。  行く先は、まだ十字の方に向くナタリフ。今なら切り伏せられる。  目に映る必殺の軌跡。なぞらせるのは容易。故にクロシュには余裕が残る。限界を過ぎた力を携えた今でも、まだ余裕があってしまうのだ。  ならばそれすらも叩き込めばいい。クロシュは余る片手でもう片手の手首を掴み、必要な分の抑制だけ確保。一番強き力は何か問われれば、クロシュは迷わず暴走の果てと答えるだろう。形をとらぬ奔流。それこそが、三度目の正直。  最後の一歩を、踏み込んだ。  これで―― 「消え失せ――やがれぇぇぇ!!」  クロシュの思い描くとおりが現実と成る、予想外。  ナタリフは避けることもしなかった。避けれなかったのではない。それは網膜がわかっている。  こちらが今までで最大威力のものを繰り出すと解って、あえて受けた――  なぜと思うと同時、ナタリフの身が極光に変換される。  それは蒼。しかし、中心には紅が孕まれている。それはするするとクロシュの片手をすり抜け、十字の方に向かった。  見送るクロシュは、先ほどまでの激情を失って、 「え――」  声を漏らし、落ちていく。  下は、見なくてもわかるくらい遠い。体勢を立て直して宙に|立たねば(・・・・)即死だろう。  でも……それでも良い。  この達成感は、嘘じゃない。  ナナの生きていたあの頃に自分を置いてまで強さを求めて、やっと辿り着いた。  ――なんて、面白みのない感情なんだろう。  こんなもののために、朽ちる必要はない。  こんなもののために、ナナが死ぬ必要もなかった。 「ごめん……」  今行くから。もし次も共に居ることができたら、そのときは復讐以外の人生を歩もう。  クロシュが視界を暗くする中で、十字もその存在を閉じていった。 ◇  チチルは一歩踏み出した。そこで、限界になった。 「≪サンドワーム≫の毒の蝕みで、あなたの生命(ともしび)は消えかかっています。それ以上動けはしませんよ」 「うる――さい、ですよ」  マリスの言動を打ち破るように、チチルはもう一歩踏み出す。  そして、勝ち誇った笑顔を浮かべた。 「歩くことはできたとしても、私と桜陽竜を倒すことはできないでしょう」  蔑むように、冷たい視線でそう断言するマリス。  それすらもまた打ち破ってみせよう。チチルは、視線の焦点を少し上にあげた。  桜陽竜とマリスをちょうど映せる位置。 「無駄なことをしないでいただけますか」 「少なくとも、レスナさん達の逃げる時間が作れるので、無駄ではないですよ」 「運命を歪めるようなことはなさらないで。どうしてあなたたちは、いつもそうなのです」  間違っている。間違っているぞ――チチルは言葉ではどんなに言っても無駄だろうと、別の手段で教え込むこととする。  打破。マリスが無理と言った『運命』ごと、ぶっ飛ばしてみせる。  チチルは構えた。マリスも、己が無理と言ったことを突き通すために、立っているだけ。  チチルには"力"を撃つことはできない――マリスは『運命』を貫く。 「――私は、ただの武闘士じゃないんです」  チチルは、少しだけ戯言を零すことにした。  マリスがきょとんと見つめてくる。  言葉では無駄と思ったばかりなのに。チチルはやっぱりやめようと、言葉を続けず口を閉ざした。  "打破"が、行われる。  『開扉』  開眼、開花、それに続く隠されし"力"の解放。  チチルのは、ただの力の解放ではない。本来なら、自らに眠る滞在能力を活性化させるそれは、チチルにとってはある種『封印』を意味する。  三つの封印。最後が解かれた先にあるのは、勿論。  ――本性。 「ッ!?」  マリスが驚く。無理もないと、チチルは思う。  億人を喰らった桜陽竜に匹敵するほどの、気の量。肩口や脚に、本来の身体の物がくっ付く。本来なら完全体になるのを待つべきだろうが、そういうわけにはいかない。  気だけで事足りる。チチルは、すうっと息を吸った。 「まさか……そんな……ッ!!」  残念だけれど、真実。  チチルは、前に置く足を持ち上げて重心を後ろに移す。後ろに構えた拳に、チチルから立ち昇る気が渦を巻いた。  溜めは十分。チチルは、持ち上げた方の足を伸ばす。できるだけ前へ。後ろの足が立つことを保てなくなってもいいから、前へ。  ザッと、踏み込むと同時、  重心の移動に委ねられるようにして、後ろに構えられていた拳が前へ。  突き出される――――  気が飛びたって、桜陽竜とマリスに伸びる。気の光を瞳に映すマリスを庇うように、桜陽竜が前衛へ。  だが、堪えられたのは一瞬のみ。  気は、桜陽竜をその装甲(ひふ)ごと削り伏せ、それでも勢いは収まらず、  マリスは運命ごと"打破"された――