ショートショートすと〜り〜ず【  徴  】 水瀬愁 はじめて『ちゃんと読むことのできる』一文字ですね。恋愛じゃない気もしますが、そこは許容してください。 ******************************************** 【タイトル】  ショートショートすと〜り〜ず【  徴  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  1444文字 【あらすじ】  道はいろいろあるけれど、どれがいいかなんてわからなくて。去ってしまうものを、止めることはできなくて。あと数ヶ月。それで変わるすべて。そのことを深く、だけれど幻夢かのように感じ取り、遠近直面を察することなくその瞬間は近づいて、徴(しるし)は悲しみと切なさを伴い、人生を教え諭してくれる。それに翻弄される者しか、この世には存在しないのだろう。そして、きっと―― 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  目に見えないものだけれど、掴めないものだけれど―― 「ふう…………」  ハトのマークが施された、車以上の大きさを誇る正六面体が横たわるデパートの屋上で、ホッと息を吐き出す。  日差しは眩しくない。さすがに残暑などと言われる時期も過ぎた。四季のふたつを巡り、今まさに三つ目から最後の季節へと移り変わる瞬間の今日、といったところか。 「ん? ああ、聞いてるよ」  いけないいけない。電話中だったことをすっかり忘れていた。  モバイルを片耳に押しつけ直し、発せられる声へと耳を傾ける。 「そう…………そろそろ、か」  時間が経つのは、本当に早い。  困ってしまうくらいに――早いんだ。 「まあ、がんばりなよ。欲張りすぎたり、当日かその少し前でハプニングが起きない限りは大丈夫だろうからさ」  変わらないと思っていたものが、いきなりに変わって。  いつも見ていた街並の一角が、唐突に異なっていたり。  そんな変化が当たり前なんだけど、何か胸がさわさわする感覚に蝕まれてしまう自分がいて。 「あ…………僕?」  そんな代わり行く日々に翻弄されてしまうのは、きっと自然なことだろうけど。  それでも――感じることのすべてを記して生きたい。 「あんまり受験とか、執着心ないから……行ける高校に行くよ」  全部なんて無理なことはわかってる。  何度か挫折した。  何度か自嘲した。  そして――今も頑固に、堅固な誓いを貫いている。 「…………まあ、そうなんだろうけど、さ」  そのことが無駄になるかはわからない。  いや、きっと無駄なんだろう。 「確かに、君にとっては小さなことだと思うよ。でも――いや、僕にとっても、小さなことだろうね」  でも、その無駄なことに執着している自分がいる。  なぜなのか、はわからない。  やめる理由もないし、やめたい不満もない。だからやってるだけ、なのかもしれない。 「でもさ、あんまり高いところに行き過ぎると…………見れなくなるものがあるんだよね」  頬を刺激する小さな風。  少し冷たい。この冷たさの色は醜いのか美しいのか。 「だから、さ――気が済むところに行くまでは、馬鹿でいようかなって、思うんだ」  何を記したいかはわからないけど。  何を求めているのかさえ、わからないけど。  記したい何かがあるのは確かで。  それを探す|目(・)が失われることを拒んでいる心があるのも、確かで。 「もうすこしだけ、小説家もどきをやっていこうかな。満足するまでは、ね」  でもきっと、それを見つけるまでに振る棒は、たくさんあってしまうのだろう。  自分すらも、戸惑いに埋もれることがあるかもしれない。  いや――今も、疑いの心を抱いている。 「ごめん……ああ、うん。そのとおり…………ごめん」  それでも走りたい衝動が背を押している。  走りたい。例え人生すべてを棒に振ってでも。  先にあるのが悔みなのか、満ちなのかはわからないけれど。 「それじゃ…………受験がんばって。同じ学校には行けないだろうから、会う回数は少なくなるだろうけど」  我が道を行く暴君に、電話にて距離を無とする相手の方は理解を示してくれている。  裏切っているのは確かで、裏切りに伴う幻痛があるのは確かで、心に傷を残す刃の現象であることは揺るぎない確かで。  それなのに、それなのに―― 「……わかった。約束するよ。それまでお別れ、かな」  だから決めて行こう。  まだ構ってもらえている内は、独りじゃなくて済むから。  音を発しなくなったモバイル片手に、肘と重心を背後の柵へと預け、空を見上げて。  今日の空はいつもよりも近いなと、思いを垂れ流す。  それでも求めてみたい、なんとなく――