夕暮の闇に際立たされる電球の光。それは、寂しげで静かなこの教室を照らしていた。
 きっちりイスを引いた机。斜めに飛び出しているイスや、中から垂れ落ちかけている紙のある机。それらは主の個性を表現しているといっても過言ではない。
 その中、二人の男女がふたつの机に腰を下ろして向き合っていた。
「あっ」
 男がペンを指先で回し、しかし掴み切れずに床へ落としてしまった。
 悔しそうに眉を顰めた男。それを見た女は、溜息を吐いて床に落ちたペンを拾う。
「さっさと帰ろうよ……テスト終わったって言っても、明日からは受験勉強があるんだよ?」
「だから今日中に習得するんだよ。明日からはできなくなるからな」
 そういって女の手からペンを奪い取った男は、再び真剣な眼差しを手元に向かわせ始めた。
 またも漏れる、女の溜息。それは、暖房のないこの教室では白い息となってしまう。
 それを見て、女は思った。
 ……どうして私は、この男を捨てて帰らないのだろう。
「ソニック」という技に熱烈を傾けている男を盗み見て、女は自問の言葉を吟味する。
 しかし、出てこない自答に諦めを感じて、女はハッと目を見開いた。
 男が、使わぬほうの腕を乗せているカバン。それの取っ手に巻かれているキーホルダーは、女にとっては記憶に残るもので。
 ……まだ持っていてくれたんだね。
 女は、脳裏を走馬灯のように駆け巡る記憶に目を閉じた。
 ゆっくりと目を開けた後、パッと男からペンを奪い取る女。
「おい」
 男は不満げにそう唸って、女を睨む。
 睨まれた女は、ニヤリと強く微笑んで手先でペンを回し始めた。
 男が苦戦している「ソニック」だけでなく、それ以上の大技を数個までもやってのけ、女はペンを握りこみ終える。
 感動と悔しさに唖然と口を開ける男を見て、女は思った。
 ……好意に好意を返す程度のこと。
 いっしょにいてやるのは、その程度のことなのだ。
 女はそう思考を終わらせ、男にペンを投げ返す。
 セーターの下に着込んだ制服を少しだけ引っ張り着直し、女は白い息を長く吐き出して、男に目を戻した。
 そして、くすっと微笑みだす。
 少年のようにころころと表情を変えながらペンと手先に悪戦苦闘する男を見ながら、女は頬杖をついた。
 闇に押しつぶされる光の絶景に、背を向けて。