「何してる人、なんですか?」
 セミの鳴る夏の日、君は僕に話しかけてきてくれた。
 日傘の奥から僕と声を交わす君は、思ったとおりびっくりしてくれたね。
 そして、どうしたの? と聞いてきたから、僕はこう返したはずだ。
 祭りのときに出てたのが大好きだったから、かな――君が困った風に笑ったから、僕は連ねてこう言ったよね。
「馬鹿らしいってのは自覚してるよ」
 そしたら君は、ふたつだけ品物を買って、帰っていってしまった。
 セミの音がこんなに大きかったときは、今までにないよ。


「いつまで、いるんですか?」
 焼きイモ片手に、君は呆れながら僕へ近づいてきた。
 君の手にある焼きイモがおいしそうで、僕はグッと手の中にあるものを握り締め堪えてたね。
 そして、どうしたの? と聞いてきたから、僕はこう返したはずだ。
 気の向くままだね。やめたくなったら、やめるよ――君がじっと見つめてくるから、僕は微笑んで言ったよね。
「馬鹿らしいってのは自覚してるよ」
 そしたら君は、ふたつだけ品物を買って、帰っていってしまった。
 ホクホクの焼きイモをもらったことは、これが初めてだ。


「これ以外のもの、売るつもりはないんですか?」
 品を玩びながら、君は何度も何度もそう尋ねてきた。
 白い息を吐きながら、ときたま吹く風に肩を縮みこませる君を見て、僕はこう言ったはずだ。
 寒いなら、帰りなよ? むっと唸ってから、君はこう返してきたよね。
「可愛い女子校生が寒がってるんですから、服のひとつでも貸してくれればいいのに」
 そして君は、買ったふたつの品物を持ったまま、帰ろうとしなかったね。
 店を閉めるときまでいてくれた人は、君が初めてだろう。
 だから僕は、綺麗な赤の品物を握って、思ったんだ。


「いらっしゃい」
 呆然と口を開け、立ち止まっている君に声をかけた。
 真冬の候極まる今日にピッタリのそれらを掲げ、僕はこう言ったはずだ。


「おでん。良い具合に煮込んであるよ」






「冬が過ぎたら、どうするつもりなんです?」
 溶けてしまいそうなほどの大根を頬張った後、彼女がそう尋ねてきた。
 僕はこんにゃくさんとごぼてんさんの上下位置移動をこなしながら唸ってみせる。
「……春と夏は、またリンゴを売ろうかな」
「またですか」
 嫌そうな顔をする彼女をみて、思わず笑みをつくってしまう。
 ――人の不幸は、滴る蜜の味なんだよね。
 まあ、蜜なんて甘すぎるものは、あんまり好きじゃないのだけど。
「……実は、リンゴって大嫌いなんですよね」
 思わず手を止めてしまう。
 そんな僕の反応を見て、彼女はクスクスと笑い出した。
「ほら、あれですよ――嫌いなものを克服する! って感じ」
「ああ、なるほど」
 変に期待しちゃったことを後悔して、がむしゃらに具を移動させる。


「……好きな人の大好きなものなら、自分も好きになれるだろう。って、思ったから」


「……へ?」
 聞き取りにくかったわけじゃない。だけど、僕はそうすっとんきょんな声を返していた。
 やっぱりクスクスと微笑むだけの彼女。僕は打ち負かされて、屋台の外に広がる雪景色を眺め行く。
「……外、寒そうだなぁ」
 この中を歩いて来た彼女は、傘を差してはいたけれど、肩には少し雪が積もっていて。
 帰りも、彼女は肩に雪を積もらせて、帰っていくのだろう。
 前に彼女は「家から学校に行くのに電車を使っていて、その寄道にここへ来る」と言っていたような。
「……次からは、もっと駅に近いところで、開こうかなぁ」
「それはいい。ザットゥイズアグッドアイデア」
 かしわにかぶりつき、幸せそうな顔をした彼女を見て、僕はこう思う。
 ――こんな楽しい時間は、彼女としか歩めない。
 ここまでこそばゆい気持ちになるのは、彼女とが初めてだ。